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第二章:気まずさと距離感
26、レナの笑顔の裏(後半)
しおりを挟む午後の授業が始まっても、ほのかはどこか上の空だった。
先生の声はちゃんと聞こえているのに、頭には入ってこない。ノートに文字を書いても、内容よりも、レナのあの笑顔が、何度も何度も浮かんでくる。
「よかった」って、なんで言ったんだろう。
もしかして、レナも颯太のことが気になってる? それとも、私が「好き」って言ったら、何かまずいことになってたの?
ぐるぐると考えすぎて、ノートの文字も乱れていく。横のページに移ったとき、うっかり定規を落としてしまって、小さな音が響いた。前の席のももこが、ちらっとこちらを見る。ほのかは「ごめん」と口の中でつぶやいて、慌てて拾った。
落ち着かなきゃ。ちゃんと授業に集中しなきゃ。
でも、どうしても気持ちが落ち着かない。
気づかれないように横目でレナを見ると、彼女は真面目な顔で教科書を見つめていた。髪がさらりと肩にかかっていて、まるでモデルさんみたいにきれいだなって思う。
だけど、あの鏡越しの表情を思い出すと、少しだけ、距離を感じてしまう。
(私、また余計なこと考えてる……)
その瞬間、自分がすごく小さくなった気がした。
ほのかはレナのことが嫌いなわけじゃない。むしろ、どこか憧れていた。頭も良くて、おしゃれで、クラスの中心にいる子。ほのかなんかよりずっと、明るくて堂々としていて。
でも、そのレナが、自分の気持ちにふれてきたとき、どう答えていいか分からなかった。
「好きじゃないよ」って言ったのは、本当の気持ちだったのかな? それとも、答えを求められて、とっさに逃げただけ?
もしかしたら、自分の中にある気持ちに、まだ名前をつけたくなかっただけかもしれない。
そのあとも、ほのかはできるだけ自然にふるまおうとした。いつもどおりの顔で、授業を受けて、ノートを取り、隣の席の律にプリントを渡すときには軽く笑った。でも、心の奥では、ずっとちくちくする感覚が消えなかった。
授業が終わるチャイムが鳴ると、ほのかは急いで荷物をまとめて席を立った。だけど、帰り支度をするクラスメイトたちの中に、颯太がいないのに気づく。
(あれ、颯太どこ行ったんだろう……?)
そう思った瞬間、自分の心がすっと動いたのがわかった。探そうと思ったわけじゃない。
でも、なぜか、気になってしまった。
その気持ちが、また自分を困らせる。
“好き”って言い切れないのに、気になるなんて、ズルい。
ほのかは自分の机に戻って、ランドセルを背負った。
そのときだった。廊下の向こうから、颯太の声が聞こえた。男子グループとふざけて笑ってる、あの声。ちらっと視線を向けると、颯太とレナが並んで歩いている。
ほんの一瞬、颯太がこちらを見た気がした。
だけど、私はその視線から逃げるように、顔をそらしてしまった。
ほんとうは、目が合ったときに「バイバイ」って笑いたかった。
なのに、それができなかった。
たった一言の「好きなの?」
その一言のせいで、ほのかはいろんなことがわからなくなっていた。
教室を出て、下駄箱に向かう途中の廊下は、夕方のやさしい光に包まれていた。窓の外では、風がそよそよと木の葉を揺らしている。誰かの笑い声が、遠くで響いていた。
ほのかは下駄箱の前で、そっと息を吐いた。
「なんでこんなに、考えちゃうんだろう」
もやもや、ざわざわする。でも、それって悪いことなんだろうか。
よくわからない気持ちがあるってことは、それだけ誰かのことを大切に思ってるってことなのかもしれない。
まだ答えは出ない。
だけどほのかは、自分の気持ちにちゃんと向き合いたいって思った。
そのまま靴を履いて外に出ると、夕方の風がふわりと髪を揺らした。
明日は、もう少しだけ素直になれるといいな。
“好き”って、簡単に言えなくても――。
ほのかはランドセルの肩ひもをぎゅっと握りしめながら、校門をくぐった。
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