恋や友情が、なくても

武内れい

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第二章:気まずさと距離感

27、誰の味方でもない気持ち(前半)

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 昼休みが終わってからの教室は、少しだけ空気が重たかった。授業が始まっているはずなのに、私の心だけ、まださっきの廊下に置き去りにされたみたいだった。

 黒板の文字をノートに写す手が止まる。さっきのレナの「よかった」の声が、耳の奥で繰り返し響いていた。

 ——どうして「よかった」なの?

 その意味を考えようとするたび、胸の奥がきゅっと痛くなった。

 そのまま、数時間が過ぎて、気づけば午後の授業もすべて終わっていた。チャイムが鳴ったとたん、教室には荷物をまとめる音と、机を引くガタガタという音が広がる。
 みんながそれぞれの帰り支度をはじめるなか、私はランドセルに手をかけたまま、ぼんやり窓の外を見ていた。

 空は晴れているのに、気分は晴れない。なんだろう、今日の私はずっとひとりぼっちみたいだ。

「……ちょっと、寄り道しよ」

 そうつぶやいて、私はランドセルを教室のロッカーに置いたまま、そっと廊下へ出た。

 誰にも気づかれないように、足音を立てないようにして、向かったのは学校のいちばん奥、図書室。私がほっとできる場所。

 静かな図書室は、ほとんど無音だった。誰かがページをめくる音だけが、かすかに響いている。カーテン越しに入ってくる午後の光は、やわらかくて少しオレンジ色を帯びていた。

 私は入口のところで、そっと室内を見渡した。机の一番奥、窓際の席に、誰かがひとり座っている。

 それが雨宮湊くんだと気づいたのは、彼の特徴的な丸いメガネが光に反射していたからだった。

 教室ではあまり目立たない子。でも、なんとなく気になっていた。授業中も、すごく静かで、でも先生の話はちゃんと聞いている。休み時間も、ひとりでいることが多い。

 私と……ちょっと似てるかもしれない。

 立ち止まって迷ったけど、なんとなく今日は話したくなった。

「……この席、いい?」

 そう言ってから、(しまった、声小さかったかも)と思ったけど、湊くんはちゃんと聞こえたみたいだった。びっくりしたようにこちらを向いて、それから少しだけ目を丸くして、ゆっくりうなずいた。

 私は彼の向かいに座り、机の上の開いた本のタイトルをちらりと見る。漢字がいっぱいで難しそうな本だったけど、表紙の色がやさしい緑色だったから、不思議と安心感があった。

 私も何か本を読もうかと迷ったけれど、手元には何も持っていなかった。カバンは教室のロッカーに置いたままだったし。

 だから、私はただ座って、窓の外をぼんやり眺めた。

 木の枝が風に揺れている。春のはじまり。遠くに見えるグラウンドでは、下級生たちがまだ遊んでいるのか、かすかに声が聞こえる。

 そして、ふと口から言葉がこぼれた。

「好きって……よくわかんないよね」

 自分でも、どうしてその言葉が出たのかわからなかった。でも、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 湊くんは、少しだけ顔をあげて、私を見た。

 その目は、驚いているようでもあり、困っているようでもあり……でも、どこかで「ちゃんと聞いてるよ」って言ってくれているような気がした。

「……うん」

 それだけの返事。でも、その「うん」は、私にとってすごく大きな意味を持っていた。

 なんだろう、教室では誰にも言えなかったことなのに、湊くんの前だと、ちゃんと声にできた。

 彼は、私をジャッジしない。笑ったりもしない。ただ、ちゃんと聞いて、うなずいてくれる。

 私の心に浮かんでくる、もやもやした気持ち。それをそのまま、そこに置いても大丈夫だよって、言ってくれているようだった。

「……ありがとう」

 私はそうつぶやいて、机の端をそっと指先でなぞった。

 湊くんは、また「うん」と小さく返して、静かに本に目を戻した。

 その沈黙が、なんだかやさしくて、あたたかくて。私はもう少しここにいたくなった。
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