恋や友情が、なくても

武内れい

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第二章:気まずさと距離感

28、誰の味方でもない気持ち(後半)

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 私たちは、それからしばらく言葉を交わさずに、ただ静かに同じ空間にいた。

 窓の外の木の葉が風に揺れていて、それがとても穏やかに見えた。学校のなかにいるはずなのに、ここだけ時間が止まったみたいな気がした。

 静かで、居心地がよくて——まるで、呼吸しやすい場所。

「……湊くんって、読書好きなの?」

 ふと、思いついて声をかけると、彼は顔をあげて、すこし考えてから「……うん」とうなずいた。

「小さいころから?」

「……たぶん」

 そのあと、またすぐに視線をページに戻した。話すのが苦手なのかもしれない。でも、なんとなく、ことばが足りないぶん、ちゃんと向き合ってくれているように感じた。

「私ね、図書室、好きなんだ。においとか、空気とか」

 そう言うと、彼はまた顔をあげて、ちょっとだけ——ほんとうにちょっとだけ、口元がゆるんだ気がした。

「……わかる」

 その一言が、すごくうれしかった。

 教室では、何を言っても誰かがかぶせてきたり、うまく伝わらなかったりすることがある。でも、湊くんとの会話は、まるで糸でつながっているみたいに、少しずつ、確かに進んでいく。

「……さっき、好きって言ったけどさ」

 私は、本棚の影に目をやりながら、そっとつぶやいた。

「なんか、よくわかんなくなっちゃってて……。友達と話してると、好きな人いる?とか、誰と誰がいい感じとか、そういう話になるでしょ?」

 湊くんは、静かにうなずいた。

「でも……なんだろ。自分の気持ちなのに、自分でちゃんとわからないって、なんか、へんだよね」

 苦笑いまじりに言ったその言葉に、湊くんはしばらく黙っていたけど、やがてぽつりと返した。

「……わかんないことって、わるいことじゃないと思う」

 その言葉に、私はちょっとだけ目を見開いた。

「うん、そうかも」

 私も、こくりとうなずいた。

 それは、誰かが“答え”をくれるんじゃなくて、一緒に“わからなさ”を認めてくれるような感覚だった。

「……なんでだろうね」

 私は、自分でもよくわからないまま、ぽつりとこぼした。

「湊くんの前だと、ちゃんと話せる。……ふしぎ」

 彼は、びっくりしたように目をぱちくりさせたけど、すぐにそっと視線を下ろした。

「……ふしぎ」

 そう返す彼の声は、ちょっと照れているような、でもやさしい響きだった。

 ——たぶん、私たちはどちらも、誰の味方でもない。
 でも、今だけは、少しだけお互いの“味方”でいられた。

 そんな気がした。

 図書室の時計の針が、ほんの少しだけ進む。

 それを目で追いながら、私は小さく深呼吸をした。

 湊くんがページをめくる音。外から聞こえてくる鳥の声。カーテンがふわりと揺れて、淡い光が私たちの机のうえに落ちた。

 この静かな時間が、ずっと続けばいいのに。

 そう思いながらも、チャイムが鳴ると、私たちはそっと立ち上がった。

「……じゃあね」

 そう言って、私は小さく手を振った。

 湊くんは、すこし戸惑いながらも、「……うん」と返して、うなずいた。

 図書室を出た廊下は、もうすぐ掃除の時間になるのか、誰もいなくて静かだった。

 でも、私の中にはさっきまでの沈黙が、じんわりと残っていた。あたたかくて、少し切なくて、でも確かにやさしい時間だった。

 好きっていうのがどういう気持ちかは、やっぱりまだよくわからない。
 だけど、安心できるっていうのは、きっとこういうことなんだと思った。

 ——誰かのそばにいて、ほっとする。
 ——言葉がなくても、伝わるものがある。

 それって、すごく大切なことかもしれない。

 私はもう一度、図書室の扉をふりかえって見た。

「……ありがとう、湊くん」

 心の中でそっとそう言って、私は歩き出した。

 明日もまた、図書室に行ってみようかな。
 そんなことを、ぼんやり考えながら。
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