恋や友情が、なくても

武内れい

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第二章:気まずさと距離感

30、イライラとぶつかり(後半)

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 廊下の窓にもたれて、私はしばらく動けなかった。

 心の中が、いろんな感情でごちゃごちゃしている。怒り、戸惑い、恥ずかしさ、そして少しの後悔。

(なんで、あんなふうに言っちゃったんだろう)

 でも、言いたくなかったわけじゃない。ただ、伝え方がわからなかっただけ。怒るつもりじゃなかったのに、どうしてもうまく言葉が出てこなくて――結局、ぶつけるみたいな形になってしまった。

 教室のほうから、机やイスが動く音が聞こえてくる。帰り支度を続けるクラスメイトたちの気配。誰かが小声で話してるのが聞こえる気がして、耳をふさぎたくなった。

(変な空気、作っちゃったな……)

 なんとなくそんな予感がした。みんな、私の声、聞こえてたよね。あの言い方、絶対に目立ってた。

 私はランドセルの肩ひもを持ち直して、教室に戻るかどうかを迷っていた。

 でも、そのとき。

「……おーい」

 声がして、振り返ると、颯太がドアのところに立っていた。

 いつもの調子のままじゃない。少しだけ、真剣な顔をしていた。いつもの軽いノリじゃなくて――でも、言葉を選んでるみたいな雰囲気。

 私は何も言えずに立ちすくむ。

「……ごめん、なんか、からかいすぎた?」

 颯太の声は、思っていたよりも静かだった。

 私はびっくりして、目を見開いた。謝られるなんて、思ってなかった。

(え……うそ、謝るの……?)

 でも、すぐに「ううん」とは言えなかった。胸の奥に、まだモヤモヤが残っていたから。

「……わかんない」

 私は、そう答えるのがやっとだった。

「わかんないけど……からかわれると、なんか、ちょっと苦しい。笑っていいのか、ムカついていいのか、わかんなくなるんだもん」

 少しだけ声が震えた。

 颯太は驚いたように目を丸くして、それから、小さく「あー……そっか」とうなずいた。

「……ごめん。悪気はなかったんだけど、そーいうの、よくわかんねーからさ。気ぃつける」

 そう言って、ポケットに手を突っ込んだまま、颯太は私の顔をまともに見なかった。

 その不器用な言い方が、なんだか颯太っぽくて、私は少しだけ気持ちがやわらいだ。

(ほんとに、バカ。でも……ちゃんと謝ってくれた)

 私はふっと息を吐いた。

「……ありがと」

 その言葉は、小さくて、風にさらわれそうだったけど、ちゃんと届いたみたいだった。

 颯太は、ちょっと照れくさそうにうなずいて、「じゃ、先に帰るわ」と言って、靴箱のほうへ歩き出した。

 私はその背中を見ながら、ぽつんと取り残されたような、でもちょっとだけ肩の荷が下りたような、不思議な気持ちになった。

 クラスメイトの視線は――もしかしたら、私たちを見ていたかもしれない。でも、今は気にしないことにした。

 教室に戻ると、レナがちらっと私を見た。でも、何も言わずに自分の机を整えている。

(レナ、今どう思ってるんだろう……)

 でも、その顔は読めなかった。

 机の上には、さっきのままの教科書と筆箱。それを、私はそっとランドセルにしまいながら、ゆっくりと呼吸を整えた。

 怒ること。傷つくこと。ぶつかってしまうこと。

 どれもできれば避けたいことだったけど――でも、それでも話せたことに、私は少しだけ救われていた。

 たとえ全部うまくいかなくても、ちゃんと伝えようとしたこと。その気持ちだけは、間違いじゃなかったと思いたかった。

(ちゃんと向き合った。……それで、いいよね)

 ランドセルのふたを閉めて、私は小さくうなずいた。

 帰り道はきっと、少し冷たい風が吹いてるだろう。でもその風に、ちゃんと前を向けるような、そんな気がしていた。
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