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出世を目指した理由

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「ごめんなさい。オレンが怖いわけでは……少し怖いくらいだったけど、怖くて泣いたわけでないのよ。お父様に見せたかったなと思っただけよ」
「……旦那様の葬儀に参列できなくて、申し訳ありませんでした」
「遠い王都にいたんだから仕方がないわよ。それより、本当に立派な騎士になったのね。びっくりしたわ。ねえ、全身を見せてちょうだい。……うん、かっこいいわね」

 私が一歩下がって見ると、オレンは困ったような顔をして目を逸らした。でもやめろとは言わない。乱れた髪を手で撫で付け、少し乱れていた襟や袖口を整える。
 その身支度の手慣れた様子から、普段のオレンがうかがえる。いつもきちんとした姿をして、貴き方々の護衛をし、王国を守っているのだろう。

 なんて立派になったんだろう。
 嬉しくて……でも、なんだか胸がきゅうっと痛む。私はこの屋敷を手放してしまったのに、オレンは自分の力で前へ前へと進んでいる。そんな現実を思い知らされるから。
 そんな苦しさから逃れようと、私は明るい声を出した。

「あら、その階級章、なんだか偉い人みたいね。もしかして出世したの?」
「えっと、まあ、それなりに……」
「よかったわね! オレンは昔からとても頑張っていたんですもの。もしかして、もう結婚もしたんじゃない?」

 できるだけ軽く聞こえるように、そう言ってみた。
 途端に、オレンは顔をこわばらせてしまった。

「……俺は、結婚はしていません」
「でも、女性たちにモテているんでしょう?」
「俺には関係ありません。俺は…………いや、そんなことより、ソフィア様の結婚ですよ! なぜ、あきらめるんですか! 借金なら、金を用意しましたから、それをあいつに突きつけてきます!」
「え?」
「これでも、いろいろ戦功を上げてるんです。まだちょっと足りなかったけど、上官に前借りしてきました。ソフィア様にいただいた宝石も売らせてもらいました。あれは必ず買い戻すつもりなので、絶対によそに売るなと脅しています。だから、意に沿わぬ結婚なんてやめてください!」

 オレンがまた怖い顔になった。
 今度は少しも怖くはない。私のために必死になっているだけだとわかっているから。
 でも……気持ちは嬉しいけれど。

「あのね、オレン。誤解なのよ」
「ハールが好きになったから、なんて嘘は聞きたくないですよ!」
「そうじゃなくて、いないの」
「何がですか!」
「心に決めた人なんて、いなかったの。誰かを待っている、というのも嘘なの」

 何かを言おうとしていたオレンが、ポカンと口を開けた。
 瞬きをして、私が言った言葉を反芻しているようだ。

「ハールったら、肝心なことを伝え忘れていたのね。私が結婚を拒んでいたのは、ハールと結婚したくなかったからなの。ハールが嫌いというより、恋人がいることは知っていたから」
「……え? でも、ソフィア様は……」

 オレンは首を振った。
 口を何度も開けたけれど、言葉にならないようだ。どんどん顔色が悪くなっていく。そして、はぁっと長い息を吐いて、頭を抱えながらその場にしゃがみ込んでしまった。

「…………つまり、ソフィア様が誰かと将来を誓っていた、というのも嘘だったんですか?」
「ええ、そうよ」
「……俺、ソフィア様の結婚式に、騎士団の礼装で出席するつもりだったんです」
「そうだったの?」
「ソフィア様のお身内って、ほとんどいないでしょう? だから俺が出席して、騎士団長にも一緒に来てもらって、予定が空いていたら、だまして王子殿下も引っ張り出そうと思ってました」
「そ、そんなとんでもないことを考えていたの?!」
「今の俺には、そのくらいの人脈はあるんです。そんな俺がかしずくくらいに、ソフィア様は素晴らしい方なんだと見せつけたかったんです」

 どうやら、オレンは考えることが派手なようだ。
 私が呆れていると、オレンはしゃがんだまま私を見上げた。

「……もし俺を見て怯えるような小さな男だったら、ソフィア様をさらって行こうと思っていました」
「え?」

 急に、何を言い出したのだろう。
 私が戸惑っているのに、オレンは真面目な顔で言葉を続けた。

「旦那様が亡くなった後、ソフィア様が想い人を理由にハールとの結婚を拒んでいるときいて、俺は絶望したんです。ソフィア様の心に、誰かがいることに耐えられなかった。だから、俺は不義理をしてしまった。……お嬢様に出世の報告をすることもできなかった」

 オレンは姿勢を変えて、片膝をついた。
 私の手を取り、恭しく口付けをする。唇は肌をかすめただけだったけど、私を見上げた目は……逃げ出したくなるほど熱かった。

「ソフィア様、好きです。借金は俺がなんとかします。だからハールの野郎とは結婚しないでください。そして……そして……」

 急き込むような口調が、ふと緩む。
 まっすぐで熱かった視線が、急に右へ左へとさまよい始めた。

「…………そ、その、もしよかったら…………嫌でなければ……俺と……俺と…………結婚…………してもらえると、嬉しいです」

 オレンの顔が赤い。声も小さい。
 でも、かろうじて聞き取れた。
 聞き間違えでなければ……プロポーズ、された?
 でも、よく聞き取れなかったから、違うかもしれない。

 私が困惑していると、茂みの向こうで、ぐうっ、と変な声がきこえ、すぐに大きな笑い声が起こった。
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