無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

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一章 八歳で抱いた夢

(3)薄情者め

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 母さんの矛先は、私からナイローグへと移った。
 おかげで、今度はナイローグが延々と愚痴を聞かされる羽目になった。

 話題は主に、女の子らしからぬ私の言動についてだった。最初はこの三ヶ月間の悪事のさらしあげだけだったのに、いつしかどんどん昔の話にまで遡り始めていた。一年前の話をして、何になるんだろう。
 まあ、ナイローグはその頃にはもう村にいなかったから、きっと新鮮な気持ちで聞いているかもしれないけど。

 と言うか、あれだな。……これは長くなる。気の毒に。
 助けられた身ではあるけど、私はナイローグに心から同情した。でも、彼の尊い犠牲を無駄にするつもりもない。
 顔を強ばらせながら母さんの愚痴にうなずき続けるナイローグを見ながら、私はにやりと笑う。そのまま気配を消して、こっそりと家を抜け出した。



 私が外に逃げ出してからも、しばらくの間、ナイローグは母さんに捕まっていたようだ。
 でも、彼は昔から母さんの長説教には慣れている。
 その証拠に、いったい何を口実にしたのかわからないけれど、母さんの愚痴を聞いていたにしては短時間のうちに脱出してきた。一般的には長時間の拘束だけど、これはすごいことだ。

 丘の上に逃げていた私は、家の外に出てきたナイローグを尊敬の目で見てしまった。
 玄関のすぐ前で立ち止まって周囲を見渡していたナイローグは、遠くからの視線を察したかのように私を見つけると、坂道を大股で登ってこちらにやってきた。

「薄情者め。一人で逃げるなよ。せめてへインを連れてくるとか、脱出方法をなんとか考えてくれ」

「うん、ごめん」

 母さんの愚痴を聞かされ続けたナイローグは苦笑している。
 私は素直に謝った。

 元々の原因はナイローグにあったけれど、悪意はなかったのはわかっている。
 彼が言ったように、救出しようと思えば手段はあったのだ。
 ヘイン兄さんを押し込んで親友との再会の場に変えたり、早くも家の前をうろつき始めた村のお姉さんたちを乱入させたり。

 でも矛先が自分に向きそうだったから、私はナイローグを見捨てて逃げていた。
 大人だからそのくらい平気だろう。そう思ったのだ。
 実際、ナイローグは母さんの愚痴から短時間で逃げ出してきた。恨み言を口にしているけど、薄情者の私を怒っている様子はない。
 これだから、優しいナイローグが大好きだ!


 そんなことを考えてニヤニヤしていた私の隣に座ったナイローグは、そのままごろりと横になって長い吐息をもらした。

「ナイローグ?」

 どうしたんだろうとそっと顔をのぞきこむと、兄さんの友人は目を閉じていた。
 驚いてよく見ると、ナイローグの整った顔が以前より少しやせていることに気付いた。目の下にはクマまである。
 なんだか、とても疲れているようだ。

 母さんの愚痴は長くてくどい。
 でも、それだけでここまで疲れる彼ではない。
 私が物心ついた頃の兄さんとナイローグは、それはそれは何度も何度も、それこそ日が傾くほど長い説教を受けていた。私が受けた説教の比ではない。

 真面目に聞いているふりをしながら、意識をほのかに飛ばす術は、はたから見ていても実にすばらしかった。
 私はまだその域まで達していない。

 とすると、久しぶりに帰省した彼は、もともと疲れていたんじゃないかな。
 子供の頃から野山を駆け回ってきたナイローグは、体力は人よりある。そんな彼がこんな顔になっているなんて、大人のお仕事というのは疲れるものらしい。

 村の外のお仕事って、大変なんだな。
 まだ子供でしかない私には、そう思うくらいしかできない。
 それに実は……彼がどんな仕事をしているのか、全く知らないのだ。

 なんとなくぼんやりと、いつも剣を下げているからそういう仕事なのだろうと見当はつく。
 でも具体的にはさっぱりわからない。ヘイン兄さんに聞けばすぐに教えてもられるだろうけれど、普段は気にしたことがないから、いつも聞くことを忘れてしまう。

 だって私は、村にいた頃のナイローグが好きなのだ。
 どんな仕事をしていても、私の子守りをしてくれた近所の優しいお兄ちゃんとしか思えない。
 そんな私を、ヘイン兄さんはおかしなやつだといつも笑う。
 でも、たぶん兄さんだっておかしな人だと思う。いいのは顔と性格だけだ。
 
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