無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

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一章 八歳で抱いた夢

(4)本当にそこまでできるのか

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「……なあ、シヴィル。おまえ、狼を手懐けるんだって?」

 草の上に寝そべって目を閉じたまま、ナイローグが聞いてきた。
 母さんの長い愚痴を全部聞き流していたわけではないらしい。いったいどういう流れでこの話題になったのかはちょっと気になったけど、私は正直にうなずいた。

「そうだよ。猫も狼も、私が声をかけると、うなったりしないでそばに来てくれるんだ」
「狼……というと、普通の色のやつか? それとも……」
「普通のオオカミだよ。でも、時々見かける真っ黒で体が大きいオオカミも、ちょっとだけだったけど触らせてくれたよ。あの黒いやつ、めったにそばに来てくれないから嬉しかったなぁ! それでね、この間はクマの背中に乗ったんだ。子連れのクマだったから、父さんもすごく驚いていたよ。子グマたちがとってもコロコロしていてかわいくてね……!」

 私の自慢は、ただの回想となっていく。
 オオカミたちの毛並みや子グマたちの可愛らしさを思い出してうっとりしていると、ナイローグはがばりと起きあがった。

 少し前まで疲れた顔で目を閉じていた彼は、今は目と口を限界いっぱいまで開いていた。
 ヘイン兄さんがやったら愉快なバカ面だろうけど、ナイローグの整った顔は崩れる寸前でとどまっている。兄さんだってきれいな顔立ちなのに、この差はいったい何だろう。やっぱり内面の差だろうか。
 うん、きっとそうに違いない。さすがナイローグ!
 思わずそんなことを考えて感心していると、ナイローグはわずかに眉をひそめて問いかけてきた。

「……おまえ、本当にそこまでできるのか?」
「うん、できるよ」
「ヘインからの手紙には、川から水があふれそうになったとき、おまえが叫んだら流れが変わってくれた、というのもあったぞ」
「えーっと、川っていつの話かな? 川、川……あ、あれか! うん、そう言えばなぜかよけてくれたことがあったな。だから種をまいたばかりの畑が無事だったよ。すぐ横の沼は埋まっちゃったけど」
「……他には、何ができるんだ?」
「さあ?」

 私は首を傾げる。
 いったい、何をそんなに驚いているかもわからない。そんな心を読んだように、ナイローグは苦笑いを浮かべて伸びかけの黒い髪をかきあげた。

「それで、体調は普通なのか?」
「母さんの新作料理で寝込んだ以外は、風邪で熱出したくらいかな」
「なるほどな……」

 ナイローグはなぜかあきれたようなため息をついた。
 それから少しの間、一人で考えこんでいた。
 再び口を開いたのは、じっとしていることに飽きた私がバッタを捕まえようと立ち上がりかけた時だった。

「……あのな、シヴィル。この村の人は誰も気にしていないが、おまえには魔力があるんだよ」
「そうなの?」
「そのくらい気付けよ。赤子のころからおまえはふわふわ浮いていたぞ。今も魔力を無意識に使っているようだな」

 ……そうなのだろうか。
 ピョンと飛び跳ねて逃げていったバッタを未練がましく見送りながら、私は首をかしげた。
 でも、すぐになんとなく思い当たる。
 動物たちは私の言うことをよく聞いてくれる。私を威嚇したり振り落としたりするのは、とんでもなく気性の荒いヘイン兄さんの牧場の馬たちだけだ。
 高い木の上から落ちたこともあったけど、なぜかあの時は擦り傷だけですんだ。悪友である村の子供が川で流された時は、手を伸ばしただけでなぜか川岸に打ち上げられていた。
 なんて運がいい、と思っていたけど、これが魔力のおかげだったのだろうか。そう言われてみれば思い当たることが多い気がする。

 でもナイローグが言ったように、この村の人は私が何をしてもたいして驚かない。
 ヘイン兄さんの時もそうだったのか、私が何をやっても、村の皆は「あのトゥアムとエイヴィーの娘だから」と簡単に納得する。その調子で、ふわふわ浮く赤んぼうだったとしても誰も気にしなかったのだろう。
 ……いや、普通は気にするよね。
 それを全く気にしないなんて、なんだかおかしな話だ。

「都ではいろいろな話を聞く。強い魔力を持つ子供は少なからずいるらしいが、そう言う子供は魔力の制御ができなくて、自分や周囲を……傷つけてしまうそうだ」

 傷つける、と言ったとき、ナイローグは目を伏せた。頭に思い浮かべたものがどういうものか、私には突然わかった。
 燃えている家に、泣き叫ぶ子供。
 なぜか真っ赤に染まった人間のようなもの。
 それ以外にも恐ろしいものが伝わってきて、私は慌てて頭を振った。突然頭に浮かんだ恐ろしい光景は、すうっと薄れて消えていく。
 目の前にいるのは、急に青ざめて黙り込んだ私を心配そうに見ているナイローグだけだった。

 ほっとして、納得する。
 これが魔力というものなのだろう。
 私が無意識のうちに使っていると言う、動物と仲良くなったり怪我から守ってくれたりするようなのん気なものばかりではなく、今のようにナイローグの頭の中のイメージが伝わったり、あの恐ろしい光景を生み出してしまったりするのだ。
 ぶるりと体を震わせ、私はふうっと息を吐いた。

「……よくわからないけど、大変なんだね」
「そうだよ、普通はものすごく大変らしいぞ。普通はな」

 私がまだ怯えた顔をしているのを見て、ナイローグはおどけたように大袈裟な言い方をして頭を優しくなでた。

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