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三章 十二歳で知った新事実
(11)降り続く雨
しおりを挟むその日は、始めから不穏だった。
三日前から降り始めた雨は、夜が明けてもまだ降り続いていた。
私の村はしっかりした水路があるし、私という災害除去装置が備わっているから大丈夫なのだけれど、他の村ではそろそろ水があふれ始めていた。こういう時、父さんはあちらこちらの村から呼び出される。
剛腕の農夫は、土木作業においても有能らしい。
昨日から五つ向こうの村に出かけていて、危険な水位になってきた川の対策を泊まりがけでしている。
そして父さん不在の我が家に、今朝は新たに手助けを求めて人がやってきた。
「隣村で、山崩れの予兆があるそうです。避難を始めているがこの雨だ。あの村はこの時期は男手が足りないので、子供や老人の避難が遅れているらしいのです。できるだけすぐに手伝いが欲しいと言ってきましたよ」
この村の村長さんが話している相手は、暗い雨の日でもきらきらした金髪のヘイン兄さんだ。真剣な顔で話を聞いていた兄さんは、すぐに立ち上がったものの困った顔をして私を振り返った。
「すぐに向かいたいところですが、父さんもいない時に私まで不在になるのは……」
「おや、あんたの幼馴染はまだ戻ってきていないのか?」
「遅くとも今朝にはついているはずだったんですけどね。どうやら、雨の影響で足止めされているようです」
「そうか、それは困りましたな」
村長さんまで私を見てため息をついている。
私を残していくことが、そんなに不安なのだろうか。私ほど有能な災害除去装置はないのは間違いないのに。
……もしかして、魔力を暴走させてしまうことを懸念しているの?
これでも私は真面目に魔法に取り組んでいる。ナイローグにもらった魔法書のおかげで、大きな魔力を使えるし制御も上手になったのに、信頼してもらえないのは悲しい。
やっぱり子供はつらい。
大人たちの会話に割って入るべきかと考えていると、ヘイン兄さんは今度は母さんを振り返った。
「母さん。ナイローグが今どの辺りにいるか、わかる?」
「ナイローグの居場所?」
「あいつのことだから、もう近くまで来ていると思うんだけど」
ヘイン兄さんは、いきなり何を言い出したのだろう。
私が首を傾げる横で、ゆったりと座っていた母さんは軽く目を閉じ、何かを小さく唱えた。その途端に、家の中にふわりと魔力の気配が広がるのを感じた。
……今まで知らなかったけれど、どうやら母さんは魔法が使えるらしい。
何てことだ!
それも、私の原始的な魔法よりずっと洗練された魔法だった。大きな魔力ではないけれど、とても効率的な感じがする。きっときちんとしたところで魔法を習ったのだろう。
私が衝撃を受けていると、母さんが再び目を開けた。
いつもは穏やかな黄緑色の目が、ほのかに金色に輝いている。そうか、魔法を行使していると、あんな目になるのか……私もそうなのかな?
「……近くまで来ているようだけれど、川の増水で遠回りしているわね。それにあの子は皆に頼られているから、すぐにたどり着くのは無理でしょう」
「そうか……でも近くまでは来ているんですね?」
「昼頃には着くかもしれないわね」
「わかりました」
ヘイン兄さんは覚悟を決めたようにうなずいた。
そして私の前に立ち、両肩に手を置いた。
「私は隣村に行ってくる。終わればすぐに戻るつもりだけれど、ナイローグが帰ってくるまで、お前は家を出てはいけないよ」
「私だって魔法が使えるから、少しなら手助けできるよ」
「ああ、そうだったね。では、村の誰かが助けを求めに来たら助けてあげなさい。でも絶対に村から出てはいけないよ。それだけは守ってほしい」
ヘイン兄さんは、いつになく真剣だった。
こんな顔もできるのかと感動するくらいだ。表情を引き締めたヘイン兄さんは、ナイローグと同じくらい恰好良く見える。きびきびした動きも、さらさらと流れる金髪も、いつもより二割り増しに輝いて見えた。
村長さんと兄さんを見送った私は、相変わらず姿勢良く座っている母さんに目を留めた。
その姿はいつも通りに上品で、つい先ほど魔法を使った人には見えない。
「ねえ、母さん」
「何かしら、シヴィル」
柔らかく微笑む母さんは、うっとりするほどきれいだ。ヘイン兄さんと同じきれいな金髪で、品よく座っていると口うるさい人には見えない。
もちろん私は騙されない。母さんの優しそうな微笑みが、次の瞬間に説教の鬼の笑みに変わるのを何度も見ている。
でも、今はそんなことで感傷に浸っている場合ではない。
先ほど浮かんだ疑問を、思い切って母さんにぶつけてみた。
「あの……母さんって、魔法が使えたんだね」
「ほんの少しだけね」
「少しでもすごくきれいな魔法だったよ! もしかして、私は母さんに似たから魔法が使えるのかな?」
「どちらかといえば、魔力の小さい私より、偉大な魔法使いだった私のお祖母様に似ていると思うわ」
「へぇ……母さんのお祖母さんってことは、私のひいばあちゃん? ひいばあちゃんってそんな人だったんだね。そう言うのも全然知らなかったよ。どうして教えてくれなかったの?」
「どうしてって、今まで聞かれなかったからよ」
母さんは微笑む。
花よりも美しいと定評のある笑顔だ。
でも私は、がっくりと肩を落とすしかなかった。
普通の母親と言うものは、娘が魔力を持っていたら魔法の手ほどきくらいするものではないのだろうか。そこまでしなくても、娘の将来のために、聞かれなくても魔法についての心構えくらい語ったりするものでは……。
そこまで考えて、私はため息をついた。
私の母さんに、そんな普通を求めることは間違っている。
母さんはそう言う人で、そう言う普通からかけ離れているところがいいところでもあるのだ。
私だって母さんは好きだ。
いろいろ思うところはあるけれど、母さんに褒められればそれまでの苦労を忘れるし、「大丈夫よ」と抱きしめられればどんな怖い夢も消えてしまう。
ただそこにいるだけで、人を安心させる。母さんはそう言う人なのだ。
逆に言えば、母親的な常識を求めるのは無駄というか。
母さんはそういう人。うん、仕方がない。
私はもう一度ため息をついて、窓の外のまだ止む気配のない雨に目を戻した。
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