無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

文字の大きさ
12 / 63
三章 十二歳で知った新事実

(11)降り続く雨

しおりを挟む

 その日は、始めから不穏だった。
 三日前から降り始めた雨は、夜が明けてもまだ降り続いていた。

 私の村はしっかりした水路があるし、私という災害除去装置が備わっているから大丈夫なのだけれど、他の村ではそろそろ水があふれ始めていた。こういう時、父さんはあちらこちらの村から呼び出される。
 剛腕の農夫は、土木作業においても有能らしい。
 昨日から五つ向こうの村に出かけていて、危険な水位になってきた川の対策を泊まりがけでしている。
 そして父さん不在の我が家に、今朝は新たに手助けを求めて人がやってきた。

「隣村で、山崩れの予兆があるそうです。避難を始めているがこの雨だ。あの村はこの時期は男手が足りないので、子供や老人の避難が遅れているらしいのです。できるだけすぐに手伝いが欲しいと言ってきましたよ」

 この村の村長さんが話している相手は、暗い雨の日でもきらきらした金髪のヘイン兄さんだ。真剣な顔で話を聞いていた兄さんは、すぐに立ち上がったものの困った顔をして私を振り返った。

「すぐに向かいたいところですが、父さんもいない時に私まで不在になるのは……」
「おや、あんたの幼馴染はまだ戻ってきていないのか?」
「遅くとも今朝にはついているはずだったんですけどね。どうやら、雨の影響で足止めされているようです」
「そうか、それは困りましたな」

 村長さんまで私を見てため息をついている。
 私を残していくことが、そんなに不安なのだろうか。私ほど有能な災害除去装置はないのは間違いないのに。
 ……もしかして、魔力を暴走させてしまうことを懸念しているの?

 これでも私は真面目に魔法に取り組んでいる。ナイローグにもらった魔法書のおかげで、大きな魔力を使えるし制御も上手になったのに、信頼してもらえないのは悲しい。
 やっぱり子供はつらい。
 大人たちの会話に割って入るべきかと考えていると、ヘイン兄さんは今度は母さんを振り返った。

「母さん。ナイローグが今どの辺りにいるか、わかる?」
「ナイローグの居場所?」
「あいつのことだから、もう近くまで来ていると思うんだけど」

 ヘイン兄さんは、いきなり何を言い出したのだろう。
 私が首を傾げる横で、ゆったりと座っていた母さんは軽く目を閉じ、何かを小さく唱えた。その途端に、家の中にふわりと魔力の気配が広がるのを感じた。

 ……今まで知らなかったけれど、どうやら母さんは魔法が使えるらしい。
 何てことだ!
 それも、私の原始的な魔法よりずっと洗練された魔法だった。大きな魔力ではないけれど、とても効率的な感じがする。きっときちんとしたところで魔法を習ったのだろう。
 私が衝撃を受けていると、母さんが再び目を開けた。
 いつもは穏やかな黄緑色の目が、ほのかに金色に輝いている。そうか、魔法を行使していると、あんな目になるのか……私もそうなのかな?

「……近くまで来ているようだけれど、川の増水で遠回りしているわね。それにあの子は皆に頼られているから、すぐにたどり着くのは無理でしょう」
「そうか……でも近くまでは来ているんですね?」
「昼頃には着くかもしれないわね」
「わかりました」

 ヘイン兄さんは覚悟を決めたようにうなずいた。
 そして私の前に立ち、両肩に手を置いた。

「私は隣村に行ってくる。終わればすぐに戻るつもりだけれど、ナイローグが帰ってくるまで、お前は家を出てはいけないよ」
「私だって魔法が使えるから、少しなら手助けできるよ」
「ああ、そうだったね。では、村の誰かが助けを求めに来たら助けてあげなさい。でも絶対に村から出てはいけないよ。それだけは守ってほしい」

 ヘイン兄さんは、いつになく真剣だった。
 こんな顔もできるのかと感動するくらいだ。表情を引き締めたヘイン兄さんは、ナイローグと同じくらい恰好良く見える。きびきびした動きも、さらさらと流れる金髪も、いつもより二割り増しに輝いて見えた。


 村長さんと兄さんを見送った私は、相変わらず姿勢良く座っている母さんに目を留めた。
 その姿はいつも通りに上品で、つい先ほど魔法を使った人には見えない。

「ねえ、母さん」
「何かしら、シヴィル」

 柔らかく微笑む母さんは、うっとりするほどきれいだ。ヘイン兄さんと同じきれいな金髪で、品よく座っていると口うるさい人には見えない。
 もちろん私は騙されない。母さんの優しそうな微笑みが、次の瞬間に説教の鬼の笑みに変わるのを何度も見ている。

 でも、今はそんなことで感傷に浸っている場合ではない。
 先ほど浮かんだ疑問を、思い切って母さんにぶつけてみた。

「あの……母さんって、魔法が使えたんだね」
「ほんの少しだけね」
「少しでもすごくきれいな魔法だったよ! もしかして、私は母さんに似たから魔法が使えるのかな?」
「どちらかといえば、魔力の小さい私より、偉大な魔法使いだった私のお祖母様に似ていると思うわ」
「へぇ……母さんのお祖母さんってことは、私のひいばあちゃん? ひいばあちゃんってそんな人だったんだね。そう言うのも全然知らなかったよ。どうして教えてくれなかったの?」
「どうしてって、今まで聞かれなかったからよ」

 母さんは微笑む。
 花よりも美しいと定評のある笑顔だ。
 でも私は、がっくりと肩を落とすしかなかった。
 普通の母親と言うものは、娘が魔力を持っていたら魔法の手ほどきくらいするものではないのだろうか。そこまでしなくても、娘の将来のために、聞かれなくても魔法についての心構えくらい語ったりするものでは……。

 そこまで考えて、私はため息をついた。
 私の母さんに、そんな普通を求めることは間違っている。
 母さんはそう言う人で、そう言う普通からかけ離れているところがいいところでもあるのだ。

 私だって母さんは好きだ。
 いろいろ思うところはあるけれど、母さんに褒められればそれまでの苦労を忘れるし、「大丈夫よ」と抱きしめられればどんな怖い夢も消えてしまう。
 ただそこにいるだけで、人を安心させる。母さんはそう言う人なのだ。

 逆に言えば、母親的な常識を求めるのは無駄というか。
 母さんはそういう人。うん、仕方がない。

 私はもう一度ため息をついて、窓の外のまだ止む気配のない雨に目を戻した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...