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三章 十二歳で知った新事実
(12)手を貸してくれ
しおりを挟む昼が近くなってきても、雨はまだ降っていた。
太陽が一番高くなる頃なのに、相変わらず空は暗い。分厚い雲がどこまでも広がっている。一時的に空が明るくなった時はあったけれど、すぐにまた暗くなって雨が強まるばかりだった。
嫌な雨だ。
開け放った窓から身を乗り出した私は、頬に細かな飛沫を感じながら目を閉じた。すると不思議なほど音の世界が広がって、遠く離れた村の外れから、濁流となった川の音が聞こえてきた。
生まれた時から馴染んできた魔法だ。それを、あの魔法書に書いてあった通りの精神集中で効果を広げることができた。ただ音が聞こえるだけでなく、頭の中にその光景まで浮かんでくる。
「……この辺りの川は、まだ大丈夫みたい、かな」
危険な場所まで行かなくても様子を伺うことができるなんて、なかなか便利だ。でもまだ頭に浮かぶ光景ははっきりしていない。危険かどうかはわかるのに、目で見るようには見えない感じがもどかしい。
母さんみたいに、きれいな使い方ができればいいのに。
そんなことを思った時、私は何かを「見た」。
はっきりとは見えなかったけれど、それは私の気を引くものだった。
……あれは何だろう。
気になったものを探そうと、意識をゆっくり動かしていると、今度はカラスの鳴き声が聞こえた。
「こんな天気なのに、カラス?」
目を開けると、森の上をカラスが飛んでいるのが見えた。雨はまだ強く降っている。普通なら飛ばないはずだ。空を見上げても、まだ明るくなるような兆しはない。
おかしい。何かあったのか。
窓からさらに身を乗り出した私は、カラスが飛ぶ森の方から走ってくる人影に気づいた。その人影はすぐに大きくなって、私の家の扉を開けた。
「ヘインさんはいるか!」
「息子は隣村に行っていますよ」
「なんと、いないのか」
荒い息のまま、その人はうなった。
水車小屋のガジルおじさんだ。雨よけの外套はびっしょりと濡れていて、足は泥だらけだ。でもそれ以上に私が気になったのは、おじさんの絶望したような顔だった。
「おじさん、どうしたの?」
「何てことだ。トゥアムさんもヘインさんもいないとなると、どうしようもないのか……」
「落ち着いてよ、ガジルおじさん。私もちょっとは魔法が使えるから、手助けくらいならできるよ」
私がそう言うと、水車小屋のおじさんはぱっと顔を輝かせた。
「そうだ、シヴィル坊がいたな! 一緒に来て手を貸してくれ! 山羊を探しに行ったうちの孫たちが戻ってこないんだ! 逃げた山羊はとっくに戻ってきたのに!」
ガジルおじさんの孫と言うと、私の悪ガキ仲間だ。
上がぺジェムで、下はダゥム。
二人とも私より少し下だけど、どちらも劣らぬ悪ガキ兄弟だ。調子に乗ってハメを外しそうになる度に、私が魔力込みの実力行使で押さえつけて止まらせている。でも、こんな雨の日に遊びまわるほど愚かではない。特に上のぺジェムは、未来のガキ大将級と見込まれているくらいにしっかりした少年だ。
そんな将来有望な悪ガキが戻ってこないなんて、普通じゃない。何かがあったのだ。事故か事件か、とにかくこんな天気の日だからいいことのはずがない。
私は急いで外套を被って、外に出た。
雨の中、カラスが森から飛んできて私の上をぐるりと回る。
「……おじさん、先に行くね!」
「おい! あんた一人はダメだ!」
「大丈夫だよ! 見失ったら、あのカラスの後を追って来て!」
雨の中を駆け出しながら、私は振り返ってそう伝える。
年配のおじさんは、現役野生児な私について来れない。へイン兄さんがすぐに戻ってくることを祈りながら、私は森の中へと入って行った。
後を追って来てくれるだろう人のために、私は雨の日でも目立つ目印をつけていく。ナイローグにもらった魔法書にあった目印は簡単な魔法だ。洞窟探検の時に使おうと覚えていたのが役に立つようだ。
三つ目の目印をつけ終え、私は森の中で上を向いた。
やはりカラスが飛んでいる。ときどきカァカァと鳴きながら私から見えるところにいた。
「もしかして、あの方向なのかな?」
私はカラスが向かう方向へと意識を飛ばした。
遠くに、かすかな子供の気配があった。今のところは命の危険はないようだ。でも同時にとても嫌な感じがある。とても嫌な空気を持った人たちが一緒にいるようだ。度胸のある悪ガキたちがとても怯えているのも気になる。
私は足を早めた。
深い森のほとんど通ったことのないところを抜け、どんどん村の外れへと向かう。
怯えた子供の気配がはっきりとしてきた。
「……これはまずいかも」
自分を落ち着かせるためにそっとつぶやき、私は音を殺して魔法がとらえた気配に近づいた。
木々の間からのぞくと、大きな人影が幾つも見えた。さらに目を動かすと、必死で泣くのをこらえる子供が見えた。
子供は二人いる。年かさの方が癖の強い赤毛だ。顔は見えないけれど、あの気配はガジルおじさんの孫のぺジェムだろう。もう一人の泣き顔はよく見えた。こちらは弟のダゥムだ。どちらも怯えているようだけど、怪我などはなさそうだ。
でも、そこでホッとすることはできない。
彼らは物騒な雰囲気の男たちに囲まれていた。表情や気配からは良心を感じない。それぞれ使い込んだ武器を持っていて、彼らが連れている馬の背には、この雨のどさくさで盗み集めたと思しき袋が載っている。
中身は金品だろう。
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