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三章 十二歳で知った新事実
(15)心配させないでくれ
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「怪我はないか?」
「あ、うん。おとなしく捕まっていただけだから」
私が自由になった手首を撫でていると、ナイローグは私の両脇に手を入れて馬から下ろしてくれた。森の中は馬に乗るより歩く方が好きだから、私は素直に地面に立つ。
手足を軽く動かしながらそっとナイローグの様子を伺ったけど、全身が雨で濡れているだけで怪我をしている様子はない。
さすが、ナイローグだ。
でも……やっぱりほっとする。
剣を抜いて鞘に収め、脱ぎ捨てていた外套を拾ってきたナイローグは、それを私にかけてくれた。
「そうだ、ぺジェムとダゥムは?」
「あの子供たちなら、へインが保護している」
「よかった! ……あれ、兄さんも来てくれたんだ。一緒に家から来たの?」
「俺はカラスの様子がおかしいから、こっちに直接来たんだ。ヘインにはその途中で会った。……あいつ、相当慌てていたよ。動揺がひどかったから、ここには来させなかったんだ」
「へぇ、そうなの? あのヘイン兄さんが動揺なんてするんだ?」
「……当たり前だろう。家に戻ったら妹が家からいなくなっていて、魔法の目印が森の奥へと続いていたんだからな。最近、この辺りで人さらいが頻発していたのは知らなかったのか?」
「人さらい……そんなの全然知らなかったな」
「そうか。それは仕方がないかな。まあ、そう言う状況だったから、村の外に出てしまったらしいと知ったら誰でも慌てるぞ。……ヘインがここに来ていたら、あいつらはなぶり殺しだっただろう。あとは警備隊に任せる方がいい」
ナイローグは何でもないことのようにそう言って、倒れている悪人たちを見やる。
父さんなら、本気で怒るとちょっと直視できないようなことまでやりかねないと思っていた。でも、まさかヘイン兄さんまで?
家族としては、頼もしいと思えばいいのかな。
それとも、愛情が重いと身震いするべきなのだろうか。
一瞬複雑な気分になったけれど、私は何も言わないことにした。そんな私の背を押して、ナイローグが馬を引いて村へと足を進めた。
馬とともに、私たちは森の中を無言で歩いた。
途中で、魔法の印の近くに隠しておいた外套も回収することができた。失くしていたら、母さんに怒られるからホッとした。
でもしばらくして、私は首を傾げた。
しばらく迷ったけど、ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「あの……ナイローグ、今は怪我はしていない、よね?」
「かすってもいないぞ」
「だよね。でもなんか……血の臭いというか、血の気配というか、そういうのを感じているんだけど」
「……お前たち兄妹は鼻が利くというか、勘がいいというか」
ナイローグは低くつぶやく。
たぶん独り言なのだろう。まっすぐに前を向いたままの横顔には、かすかな苦笑が浮かんでいた。
「ナイローグ?」
「お前をごまかせるとは思っていないから、正直に言うぞ。少し前に怪我をした。この休暇はその休養も兼ねているんだ」
ナイローグは私を見ずにそう言った。
たぶん、嘘はついていない。でも少しごまかしている気がする。
なぜ怪我をしたのかとか、休養しなければいけないような怪我ってひどいかったんじゃないとか、そういう情報が伏せられているからじわじわと気になってくる。
それに、もう怪我が治っているとも言わなかった。
もしかしてこの血の気配は、その怪我が開いてしまったためだったりしない?
いろいろ心配になってくるけれど、私はそれ以上聞くことができなかった。
私のせいで怪我をしたわけではないのはよかったと思う。
……でも、今のナイローグは声をかけにくいんだ。
横を歩いているのに、いつものナイローグではない気がする。
この感じはなんだろう。たぶん……少し怖い。
改めてそっと見上げると、ナイローグは半年前に村に戻ってきた時より日焼けしていることに気づいた。まるで一日中農作業している父さんみたいだ。村の外に働きに出てから、こんなに日焼けして戻ってきたことは初めてだと思う。
それに日焼けをしているだけでなく、隠しきれないほど疲労しているようだ。休養が必要になるくらいの怪我のせいかもしれない。顔色は悪くはないけれど、ここ数年、ナイローグがこんなにやつれた顔をしているのは見たことがない。
でもそんな変調以上に、剣を抜く前と今とでは全然違う人のように思える。
表情はいつも通りのようなのに、目の光がなんだか違う。うまく言えないけれど、彼自身が血の臭いを嗅いだ獣のようだ。
そんなことを考えていると、横を歩くナイローグがようやく私の方を見て、ぽんと頭に手を置いた。
「あんまり心配させないでくれ。どうやら俺も、お前のことになると頭に血が上ってしまうようだから」
「……うん」
私は素直にうなずく。
そんな私を見下ろして微笑む彼は、いつもの優しいナイローグに戻っていた。
「あ、うん。おとなしく捕まっていただけだから」
私が自由になった手首を撫でていると、ナイローグは私の両脇に手を入れて馬から下ろしてくれた。森の中は馬に乗るより歩く方が好きだから、私は素直に地面に立つ。
手足を軽く動かしながらそっとナイローグの様子を伺ったけど、全身が雨で濡れているだけで怪我をしている様子はない。
さすが、ナイローグだ。
でも……やっぱりほっとする。
剣を抜いて鞘に収め、脱ぎ捨てていた外套を拾ってきたナイローグは、それを私にかけてくれた。
「そうだ、ぺジェムとダゥムは?」
「あの子供たちなら、へインが保護している」
「よかった! ……あれ、兄さんも来てくれたんだ。一緒に家から来たの?」
「俺はカラスの様子がおかしいから、こっちに直接来たんだ。ヘインにはその途中で会った。……あいつ、相当慌てていたよ。動揺がひどかったから、ここには来させなかったんだ」
「へぇ、そうなの? あのヘイン兄さんが動揺なんてするんだ?」
「……当たり前だろう。家に戻ったら妹が家からいなくなっていて、魔法の目印が森の奥へと続いていたんだからな。最近、この辺りで人さらいが頻発していたのは知らなかったのか?」
「人さらい……そんなの全然知らなかったな」
「そうか。それは仕方がないかな。まあ、そう言う状況だったから、村の外に出てしまったらしいと知ったら誰でも慌てるぞ。……ヘインがここに来ていたら、あいつらはなぶり殺しだっただろう。あとは警備隊に任せる方がいい」
ナイローグは何でもないことのようにそう言って、倒れている悪人たちを見やる。
父さんなら、本気で怒るとちょっと直視できないようなことまでやりかねないと思っていた。でも、まさかヘイン兄さんまで?
家族としては、頼もしいと思えばいいのかな。
それとも、愛情が重いと身震いするべきなのだろうか。
一瞬複雑な気分になったけれど、私は何も言わないことにした。そんな私の背を押して、ナイローグが馬を引いて村へと足を進めた。
馬とともに、私たちは森の中を無言で歩いた。
途中で、魔法の印の近くに隠しておいた外套も回収することができた。失くしていたら、母さんに怒られるからホッとした。
でもしばらくして、私は首を傾げた。
しばらく迷ったけど、ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「あの……ナイローグ、今は怪我はしていない、よね?」
「かすってもいないぞ」
「だよね。でもなんか……血の臭いというか、血の気配というか、そういうのを感じているんだけど」
「……お前たち兄妹は鼻が利くというか、勘がいいというか」
ナイローグは低くつぶやく。
たぶん独り言なのだろう。まっすぐに前を向いたままの横顔には、かすかな苦笑が浮かんでいた。
「ナイローグ?」
「お前をごまかせるとは思っていないから、正直に言うぞ。少し前に怪我をした。この休暇はその休養も兼ねているんだ」
ナイローグは私を見ずにそう言った。
たぶん、嘘はついていない。でも少しごまかしている気がする。
なぜ怪我をしたのかとか、休養しなければいけないような怪我ってひどいかったんじゃないとか、そういう情報が伏せられているからじわじわと気になってくる。
それに、もう怪我が治っているとも言わなかった。
もしかしてこの血の気配は、その怪我が開いてしまったためだったりしない?
いろいろ心配になってくるけれど、私はそれ以上聞くことができなかった。
私のせいで怪我をしたわけではないのはよかったと思う。
……でも、今のナイローグは声をかけにくいんだ。
横を歩いているのに、いつものナイローグではない気がする。
この感じはなんだろう。たぶん……少し怖い。
改めてそっと見上げると、ナイローグは半年前に村に戻ってきた時より日焼けしていることに気づいた。まるで一日中農作業している父さんみたいだ。村の外に働きに出てから、こんなに日焼けして戻ってきたことは初めてだと思う。
それに日焼けをしているだけでなく、隠しきれないほど疲労しているようだ。休養が必要になるくらいの怪我のせいかもしれない。顔色は悪くはないけれど、ここ数年、ナイローグがこんなにやつれた顔をしているのは見たことがない。
でもそんな変調以上に、剣を抜く前と今とでは全然違う人のように思える。
表情はいつも通りのようなのに、目の光がなんだか違う。うまく言えないけれど、彼自身が血の臭いを嗅いだ獣のようだ。
そんなことを考えていると、横を歩くナイローグがようやく私の方を見て、ぽんと頭に手を置いた。
「あんまり心配させないでくれ。どうやら俺も、お前のことになると頭に血が上ってしまうようだから」
「……うん」
私は素直にうなずく。
そんな私を見下ろして微笑む彼は、いつもの優しいナイローグに戻っていた。
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