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四章 十三歳の旅立ち
(17)無茶をしてはいけないよ
しおりを挟む「もういいよ。何と言われても、私は村を出て行くから」
「どこに行くつもりかな? あてはあるのか?」
ヘイン兄さんの言葉は、いつもより真っ当だ。
だから私は、きちんと向き直った。
「……とりあえず都に行こうと思ってる。母さんが言っていた……えっと、魔道学院? そういう魔法を教える学校みたいなところがあるんだよね? そういうところに近付いたり、魔法使いさんとお近づきになったり、なんとか手段があると思うんだ」
「ふむ。方向としては悪くないかな。しかし、どうやって生きて行く? 何をするにも金がかかるんだよ?」
「今までの小遣い稼ぎで当面の分はあるよ。あとは働き口を探すよ」
私は、働くことには全く抵抗はない。
農作業は物心ついた時から手伝ってきたし、体がしっかりしてきたらあっちこっちの家に小遣い稼ぎで雇われに行っていた。これでも子供の中では売れっ子だったんだ。
さすがに都では農作業の働き口はないだろうけど、まあ、大雑把で細かい作業はどこでも大きいな子供の仕事だと思うから、体が元気なうちは困らないはず。
帰省した人たちの話を思い出しながらそういうと、ヘイン兄さんはきれいな形の眉を少し動かした。
「ふーん、なるほど。一応、いろいろ考えていたんだな。しかし……母さんには何と言えばいいんだ?」
「家出したって言えばいいよ」
へイン兄さんの口ぶりは完全な反対ではないようだ。
少なくとも「敵」にはならないだろう。だったら力強い味方も同然!
そう判断して、私はこっそり準備を始めてしまおうと自分の部屋へ歩き出していた。
「では、ナイローグには何と伝えようか?」
背中から聞こえたヘイン兄さんの言葉に、思わず動きを止めてしまった。
そうだ、ナイローグのことを忘れていた!
彼は母さんよりも口煩くて、この村の誰よりも常識がある。子供の頃はヘイン兄さんとバカをやっていたくせに、今は大人ぶっていてうるさい。
そんな常識人に「家出しますからよろしく」なんて言っても、にっこり笑って応援してくれるわけがない。
そう確信するくらいには、自分の無謀さは自覚していた。
……それに、ナイローグは都にいるはずだ。
どこでどんな仕事をしているかは、今だによく知らない。知らないけど、こっそり家出したとして、偶然彼に見つかってしまったら……母さん級の説教を受けてしまうことになってしまうだろう。
では、都に行くのはやめる?
地道にコツコツ説得を続けて、せめてあと一年後に村を出ていけるようにしてみる?
……いや、でも、魔法の正統派を学ぶためには少しでも早く都に行くべきなんじゃないかなと思うし……。
立ちすくんで考え込む私を見て、ヘイン兄さんはため息をついた。
「シヴィル、誤解があるかもしれないから言っておくけどね。ナイローグはおまえにはベタベタに甘いよ。多少は厳しく言うかもしれないけれど、必ず力になってくれるだろう。だから万が一のためにも、彼に知らせておいた方がいいけれど……どうする?」
へイン兄さんの優しい声を聞きながら、私はしばらく考える。
短い時間だったけど、よく考えてから首を横に振った。
「……ナイローグには、しばらく内緒にしておいてよ」
「そうか。まあ、そう言う道もあるかな。しかしそうすると、私があいつと母さんに締め上げられることになるな」
「大人なんだから、そのくらい我慢してよ!」
「え、ちょっとそれは……まあ、わかった。では一ヶ月だけ時間をあげよう。その間に都に行って働き口を探すんだ。おまえは農家育ちの野生児だから体力はあるし、動物にも好かれる。その方面で探してみるといいだろう。……でも、一つだけ約束してほしい」
急に真剣な顔になったヘイン兄さんは、腰を屈めて私と視線を合わせて私の両肩に手を置いた。
よく晴れた空のような青い目が、私をまっすぐに見つめてくる。
母さんとよく似ているのに、与える印象が正反対の柔らかさのあるきれいな顔は、とても真剣だった。そんな表情をしていると、不思議なほど威厳があるのはなぜだろう。
「いいかい、シヴィル。絶対に無茶をしてはいけないよ。おまえの身に何かあれば、父さんも母さんも悲しむ。魔法を習得することには賛成だから、都に行くことには全面的に協力はしてあげよう。でもおまえの身に何かあったり、本当の不祥事を起こせば……都にいるナイローグの首が飛ぶ。それを忘れずに行動しなさい」
ゆっくりとした口調で、言葉の一つ一つを私に覚えこませようとしているようだ。
それをおとなしく聞きながら、私は首を傾げた。
父さんと母さんが心配することはわかる。
情に厚い父さんは、私をとてもかわいがってくれている。母さんも表情に出さないだけで、あれで結構私を愛してくれている。
だから変な親だと思いつつ、大好きなのだ。
でも……なぜナイローグが出てくるのだろう。
いろいろな人が集まる大都会には、同郷出身者が連帯責任を負わされる習慣みたいなものがあるのだろうか。
よくわからない。
十三歳になったとはいえ、私はまだ子供でしかない。
それにとても無知だ。
何が正しくて何が間違っているのか、私には生まれ育った村の中のことしかわからない。兄さんの忠告には素直に頷いておくことにした。
それに、基本的に私は悪いことが嫌いだ。
魔王が絶対的な魔力を持つ存在でなければ憧れることもなかったくらいには、悪いヤツは嫌いなんだ。
だから「危ないことは絶対にしない」と誓うことは、とても簡単なことだった。
「わかったよ。ヘイン兄さんの妹という立場に恥じない行動を約束します!」
「うーん、本当にわかっているのかなぁ……。シヴィルは私の『妹』なんだからね? 弟ではないことも忘れないようにしてもらえると嬉しいな」
ヘイン兄さんはそう言って笑い、腰を伸ばして私の頭をがしがしと撫で回した。
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