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四章 十三歳の旅立ち

(18)出発と到着

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 父さんと母さんが少し遠出をした日。
 私は、へイン兄さんに見送られて村を出た。

 お小遣いは貯めていたし、兄さんからもかなりの餞別をもらっているから、普通の乗合馬車くらいなら乗っていける。でも私は、まず歩いて行くことを選んだ。
 へイン兄さんが時間稼ぎを約束してくれたから、安心してのんびりと行けたということもある。でもそれ以上に、道中の様子に興味があったのだ。

 まだ成人前だから当たり前かもしれないけれど、私は村から離れたことがなかった。
 一番遠くて隣村だ。
 大きな街なんて見たことがないし、大型馬車だってナイローグを追いかけてくるお姉様方のを見るだけだったから。


 私は村で鍛えた頑丈な足で歩いた。
 村を囲む森を抜けると、隣の村に着く。そこを通り抜けたところから、私にとって未知の世界が始まった。
 森が林になり、木の種類が変わり、見たことのない鳥が増える。

 小さな村を幾つか通り抜けると、外壁のある大きな街が見えてきて、ドキドキしながら街の中に入ってみた。
 初めての街をぐるっと歩き回って軽く堪能し、食事をしながら仲良くなった親切な店のおばちゃんたちに情報をもらって、街と街をつなぐ乗合馬車にも乗ってみた。

 街道の周りが牧場から畑に変わり、山や土の色も変わっていく。
 何度か乗合馬車を乗り継いで、大きな街から街へと移動していって、小さな村から村へは地道に歩いた。険しい山を前に足止めされかけた時には、馬の世話をする代わりに隊商の馬車に乗せてもらったりもした。

 やがて道幅が倍以上に広くなった。
 行き交う人や荷物がどんどん増え、目を丸くしながら進んでいると、ついに都へ到着した。



   ◇◇◇



「これが、都なんだ……」

 特別許可証を持つ商人以外の庶民が都に入るためには、身元保証書を門番に見せなければならない。その入門の列に並んでいる間、私は山のような外壁にあんぐりと口を開けて見上げていた。

 周囲の農地とも、森林とも、河川とも異質な巨大な石造りの壁がそびえたっている。
 石自体は硬い素材なだけだけど、表面が大きな街にあった神殿の大理石のように白く輝いている。でもこの巨大な建造物が大理石のはずはない。私がどれだけ見ても外壁はずっと遠くまで続いていて、しかも首が痛くなるほど高くまである。

 この外壁は、魔法の産物でもあるみたいだ。
 硬くて頑丈な石材を巧みに組み上げ、その上に魔法をかけている。
 だから普段は遠くからでもよく見えるように白く輝いている。でも詳しくはわからないけど、あの魔法の複雑さなら、表面の色とか輝きは変化するはずだ。もしかしたら強度も魔力によって変わるのかもしれない。
 難しいことはまだわからないけど、とにかくすごい!

 私は圧倒されながら見上げてしまった。口が大きく開いていると気付いて慌てて閉じたけど、周囲にも同じような顔をした人ははたくさんいた。
 でも、私はひときわ目立っていたようだ。
 門のところにたどり着いた時、門番兵のおじさんたちに笑われた。

「いい顔だったな、坊主!」
「素直な反応は見ていて気持ちよかったぞ。俺も昔、似たようなことをしたのを思い出したよ」

 身分証の確認をしている間、周りのおじさんたちは親しげに話しかけてくれた。
 笑われてしまったけど、話のきっかけになるなら……まあいいか。
 せっかくだし、美味しい店のおすすめでも聞いてしまおう!

 恥ずかしさに耐えておそるおそる聞いてみたら、市場の出店が朝早くから開いていて、しかも安くておすすめらしい。ふむ、いい情報をもらったぞ!
 早くも食事のことに思いを馳せていると、身分証の確認をしていたおじさんがちらりと私を見た。

「……そうか、坊主はランダル出身か。少し若すぎるんじゃないかと心配だったが、大丈夫かもしれんな。あの辺りの人間は体が丈夫で働き者として重宝されているんだ。この身元保証書は大切にしておくんだぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」

 ヘイン兄さんからもらった身元保証書には、ランダル領出身者であることを保証する、としか書いていないはずだけど、結構いいものだったらしい。
 ランダルと言うのは私の村を含めた広い範囲の名前で、実は最近までそう言う地名だということを知らなかった。そう言えば領主様の名前も知らない。
 私は知らない事ばかりだ。



 無事に都に入った私は、門番兵のおじさんたちに教えてもらった市場街へと向かうことにした。
 今までも大きな街に寄ってきたけど、都はさらに大きい。私が想像したこともないほど大きくて、圧倒的に人が多い。建物も大きくて何階建てにもなっていて、気を抜くと周りを見上げてしまっていた。
 もちろん、通行人にぶつかって睨まれたり舌打ちされたりした。
 田舎者はつらい。

 でも、どんなに人の流れに圧倒されても、私は道に迷うことはない。これは絶対で、初めて来た場所でも目的地は何と無く分かるんだ。
 どうやら、これも魔力のおかげらしい。

 田舎から出て来たばかりの今は特に、便利さが身に沁みる。
 いかにも田舎っぽい無知な子供なんて、こんな大都市で目をつけられるなという方が無理だろう。手足より馴染んだ魔力がいろいろな場所を教えてくれるから、私は精一杯落ち着いた顔を作ることができている。
 都の様子はとても気になるけど、もう少し慣れてから見て回ることにしよう。

 たぶん、魔力をうまく使えば歩かなくても目的地に飛んで行けるようになったりするようだけど、残念ながらその方法がわからない。村で聞いた話では、伝説的な大魔導師は姿形も魔力で変えたりしていたらしい。
 多分、物理的に形を変えるというより、魔法で補助するような形なんだろうな。赤子時代の私が、ふわふわ浮いていたのもそれだと思うけど、歩けるようになってからはその感覚がわからなくなっている。

 だから、魔力の使い方をもう一度整理していけば、いろいろできそうなんだけど……そういう方法が全く見当がつかないんだよね。
 私には客観的に魔法を教えてくれる人がいなかったから、どうしようもない。
 でも都なら魔法を使う人が多いだろうから、いろんな人がいて、いろんなやり方があるはずだ。そういう他の人のやり方も学んでみたいな!

 改めてそんなことを考えながら、私は着慣れた男物の服でのんびりと通りを歩いた。
 直感的に、たぶんこちらだろうと歩いて行くうちに、空腹を自覚させるいい匂いが漂ってきて、足が自然に早まる。
 人混みも増してきて、その流れにのって私はまず食べ物を手に入れることにした。
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