無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

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五章 十四歳の再会

(29)ついに手に入った

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 この数ヶ月ですっかり慣れた王立魔道学院の廊下を歩きながら、私は腕に抱えた本を見下ろした。
 大陸の中で、正統派魔法なら随一と言われる王立魔道学院の教本だ。一冊で都の一等地で家が買えると言われるほど高価なもので、王立魔道学院の生徒でもこれを買えるのは実家が貴族や裕福な大商人であるような、ごく一握りだけだ。
 その高価で貴重な教本が、ついに手に入った。
 私はついつい、本を見つめながらうっとりと微笑んだ。

「ああ、ついに手に入ったな……」

 高価な本を撫でながら、ほうっとため息をついた。
 腕の中にあるずっしりと重たい本。
 この重み。この厚み。先ほどちらっと中を見たけれど、びっしりと文字が書かれ、ところどころに不可思議な図形が描かれていた。
 すばらしい。すばらしすぎる。
 私はぎゅっと本を抱きしめた。

 本当をいえば、偽装身分証明書を使って魔道学院の廊下を歩くことも、門外不出と言われるこの教本を手に入れることも、魔道学院の生徒でない私には許されていない。
 最高機密機関のくせに、素人相手にかんたんに侵入を許す方が悪いとは思うけれど、一応は犯罪だ。本来の私の主義に反する。
 でも、私は気にしないことにしていた。
 魔王を目指しているのだ。たいして他人に迷惑をかけない瑣末な罪など、魔王の箔付けにもなるまい。偽造身分証明書はそこそこで回っていて、不審な生徒などはよく見かけるし。
 何より、この魔道書。
 コネと学生割引と教官の弱みなど、とにかく考えつく限りの手を使って入手することができた。もちろん何人もが使い込んだ古いものだけれど、お貴族様ではないから十分だ。貯め込んだ給金のほぼ全てが吹っ飛んでしまったけれど、気にしない。魔獣飼育所の高給万歳!
 これさえあれば、もうこっそり魔法講義に忍び込む必要はない。
 うんざりするほど高慢な名門貴族学生の持ち物に意識を同期させて、実技試験を盗み聞きする必要もない。
 魔法術にはそれぞれコツのようなものはあるだろう。でもそんなのは遠回りすれば体得できる。
 後は実践あるのみ。早く試してみたい……!

「うふふふふふ……」

 私は思わず笑っていた。
 ちょっと不審者っぽく見えたようだ。周囲の目が集まってしまった。でもこの程度の不審な言動は、ここの学院生ならわりと普通だ。常に呪文をぶつぶつつぶやいていたり、意識を何処かに飛ばしながらフラフラと歩きながら笑っていたり、そんな光景は魔道学院内ではただの日常なのだ。
 向こうに立っている人がじぃっと見ている気もするけれど、それも気にしない。眉をひそめられても、こちらに歩いてきても、今の私は腕の中の魔道書しか見えない。
 ああ、幸せってこういう気分なんだな……。
 私はひたすらうっとりとしていた。


「……シヴィル?」

 突然、名前を呼ばれてしまった。
 魔獣の飼育場でも、魔道学院用の偽装身分証明書でも、もちろん私は本名は名乗っていない。今の私は十七歳のターグ少年だ。どう見ても子供にしか見えなくても、今の私は成人した男子学生なのだ。なのに誰にも知られていないはずの名前を呼ばれてしまった。
 夢見心地から一気に現実に引き戻される。
 いやいや、きっと幻聴だ。そうに違いない。
 とりあえず人違いのふりをしようと、そのまま歩いていると、通り過ぎた辺りから足音が近づいて肩を掴まれた。

「おい、シヴィル。無視するな」
「あのー、どなたかとお間違えでは?」

 困惑した顔を作って振り返ると、そこには背の高い男が呆れ顔で立っていた。

「あのなぁ、どう見てもお前はシヴィルだろう。一応変装しているようだが」

 肩から手を離したその男は、じろりと頭から足先まで目を動かした。男装して髪の色を変えて少年魔導師見習いの格好をしているのを確かめて、腕に抱える教本に目をとめる。
 その一瞬だけ、男は目を細めた。
 一方私は、自分の顔から血の気が引くのを感じていた。
 確かに人違いではない。なんでこの男がここにいるのだろう。

「……ナイローグ?」
「そうだよ。お前の兄貴の親友のナイローグだ。覚えてくれていたようで嬉しいぞ」

 ちらっと周囲を見たナイローグは、わずかに眉を動かす。背の高い男が小柄な少年と並んで立っているだけで目立っているようだ。
 ナイローグは私の肩に手を回し、強引に押して廊下の隅に寄った。



 改めて向かい合うと、ナイローグはとても背が高い。
 私が小さいままだから、ますますそう思う。この一年、魔獣飼育所のマッチョ牧童さんたちを見慣れていたけれど、ナイローグはマッチョ牧童さんたちよりも背が高いようだ。肩幅もある。
 それに、相変わらず稼ぎのいい仕事をしているようだ。着ている私服は布地も仕立ても上質で、記憶にあるより長く伸びた黒い髪を束ねている紐にも手の混んだ模様がある。腰に剣を下げているところをみると、そういう職種なのだろう。
 ……だったら、どうして王立魔道学院の廊下で顔を合わせることになったのか。だいたい、ここの内部って帯剣したまま入れただろうか?
 私は恐る恐る顔を上げる。
 高いところにある顔は、以前と同じく嫌味なほど整っている。そして少々怒っているようだ。
 彼の沈黙が怖くて、私から口を開いてしまった。

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