33 / 63
五章 十四歳の再会
(32)ごめんね、ナイローグ
しおりを挟む
「それより、頼みたいことだあるんだ。帰るときに、ついでに表のお店に退居するって伝えてもらえる?」
「いいぞ。もう遅い時間だから、おまえは出歩くなよ」
「うん。わかった」
「また明日くる。そうだな、朝早い時間になるが門まで見送りに行く」
「ありがとう」
ナイローグを見送り、私は扉を閉める。
しっかりとした足音と、剣が動く硬い金属音が遠くなっていく。目を閉じて音を拾うと、彼が階段を下り終えて、路地へと移動して行くのが確認できた。裏の細い通りから、広い表通りへ。そして大家である一階の店に入っていく。店の人と言葉を交わし、すぐに主人のいる奥の部屋へと通されていった。
そこまで確かめてから目を開く。ほとんど片付いた部屋を見回し、私はにんまりと笑った。
私が大人しく明日出て行くと思っているのなら、ナイローグもまだまだ甘い。
明日の朝、ここは誰もいない空き部屋になっている。
「……あ、退去のときって、その月分の家賃を払うことになっていたな」
退居を伝えたら、その場で清算を求められたはずだ。ナイローグに立て替えてもらうことになる。
「まあ、いいか」
彼は稼ぎがかなりいい、立派な大人だ。
魔道書のために私の財布はやせ細ってしまったから、少しくらい立て替えてもらってもいいだろう。彼が覚えていれば、次に会ったときに返せばいい。
「ごめんね、ナイローグ」
いろいろなことへの謝罪をそっとつぶやき、私は残りの荷物を手早くまとめて、窓から外へ出た。
そこには、あのカラスがいた。
最近は全く姿を見なかった。いったいどこにいたのだろう。
久しぶりに見たカラスは、私との再会を喜んでいるかのように親しげな鳴き声をあげた。そして、ついてこいというように嘴をくいくい動かしてから飛び立つ。
私は一瞬だけ迷った。でもすぐに屋根の上を伝ってカラスの後を追い、その日のうちに都の外壁の門から外に出た。
一週間後、私は都からいくつか離れた町に落ち着いていた。
酒作りが盛んな村が近いから、お世話になったスラグさんへ酒樽を送りつける手配をしようと酒場に入った。
そこでは都の話がさかんにされていたので、食事をしながら耳をすまして情報収集を試みた。
すると、とんでもない話を聞いた。
一斉捜索? 魔道学院ってあの魔道学院のこと?
「ねえ、おじさん! その話はいつの話?」
驚いた私は、つい隣のテーブルのおじさんに話しかけていた。
真昼間から酒で上機嫌になっている男たちは、一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、特に機嫌を損ねることなく、私に皿に残っていた食べ物まで譲ってくれた。
「あんた、最近まで都にいたんじゃないのか? 言葉が都っぽいぞ」
「う、うん、一週間くらい前まで都にいたんだ。でも魔道学院でそんな事件があったなんて、全然知らなかったよ」
「そりゃあそうだ。俺は昨日この町に着いたばっかりだが、あの魔法使い様の学校に一斉捜索が入るなんて、前代未聞だと大騒ぎだったぞ」
男たちは酒の勢いのまま、がはがはと笑っている。
それをじりじりとやり過ごし、男たちが私が知りたいことを話してくれるのを待った。でも酒の追加だとか向こうのテーブルのお姉さんが美人だとか、話がどんどん逸れている。
私は皿の残り物を食べ尽くしてから立ち上がった。
「おじさん! その一斉捜索っていつあったの?」
「あ? ああそうだった。それを知りたいんだったな。えーっと、この町に着いたのが昨日で、都を出たのは朝だったから……」
酔った頭ではすぐに答えが出て来ないようだ。
でも幸い、男はまだそれほど酔ってはいなかったらしい。
「出発の前に騒いでいたのは何日だったか……うん、そうだ。捜索は四日前だ」
「四日前……」
私が都を出たのは七日前だ。そして、四日前に魔道学院で一斉捜索があった。
つまり。
「……あの三日後だ!」
私が魔道学院を離れた三日後に、偽装身分証に関する一斉捜索が始まったらしい。時々見かけていた非合法生徒や非合法業者が摘発されたようだ。
すれすれで逃げられたようだ。ナイローグのおかげで助かった。
私は一人で青ざめつつ、小煩いけれど隙がなく気も利くナイローグに深く深く感謝した。
「いいぞ。もう遅い時間だから、おまえは出歩くなよ」
「うん。わかった」
「また明日くる。そうだな、朝早い時間になるが門まで見送りに行く」
「ありがとう」
ナイローグを見送り、私は扉を閉める。
しっかりとした足音と、剣が動く硬い金属音が遠くなっていく。目を閉じて音を拾うと、彼が階段を下り終えて、路地へと移動して行くのが確認できた。裏の細い通りから、広い表通りへ。そして大家である一階の店に入っていく。店の人と言葉を交わし、すぐに主人のいる奥の部屋へと通されていった。
そこまで確かめてから目を開く。ほとんど片付いた部屋を見回し、私はにんまりと笑った。
私が大人しく明日出て行くと思っているのなら、ナイローグもまだまだ甘い。
明日の朝、ここは誰もいない空き部屋になっている。
「……あ、退去のときって、その月分の家賃を払うことになっていたな」
退居を伝えたら、その場で清算を求められたはずだ。ナイローグに立て替えてもらうことになる。
「まあ、いいか」
彼は稼ぎがかなりいい、立派な大人だ。
魔道書のために私の財布はやせ細ってしまったから、少しくらい立て替えてもらってもいいだろう。彼が覚えていれば、次に会ったときに返せばいい。
「ごめんね、ナイローグ」
いろいろなことへの謝罪をそっとつぶやき、私は残りの荷物を手早くまとめて、窓から外へ出た。
そこには、あのカラスがいた。
最近は全く姿を見なかった。いったいどこにいたのだろう。
久しぶりに見たカラスは、私との再会を喜んでいるかのように親しげな鳴き声をあげた。そして、ついてこいというように嘴をくいくい動かしてから飛び立つ。
私は一瞬だけ迷った。でもすぐに屋根の上を伝ってカラスの後を追い、その日のうちに都の外壁の門から外に出た。
一週間後、私は都からいくつか離れた町に落ち着いていた。
酒作りが盛んな村が近いから、お世話になったスラグさんへ酒樽を送りつける手配をしようと酒場に入った。
そこでは都の話がさかんにされていたので、食事をしながら耳をすまして情報収集を試みた。
すると、とんでもない話を聞いた。
一斉捜索? 魔道学院ってあの魔道学院のこと?
「ねえ、おじさん! その話はいつの話?」
驚いた私は、つい隣のテーブルのおじさんに話しかけていた。
真昼間から酒で上機嫌になっている男たちは、一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、特に機嫌を損ねることなく、私に皿に残っていた食べ物まで譲ってくれた。
「あんた、最近まで都にいたんじゃないのか? 言葉が都っぽいぞ」
「う、うん、一週間くらい前まで都にいたんだ。でも魔道学院でそんな事件があったなんて、全然知らなかったよ」
「そりゃあそうだ。俺は昨日この町に着いたばっかりだが、あの魔法使い様の学校に一斉捜索が入るなんて、前代未聞だと大騒ぎだったぞ」
男たちは酒の勢いのまま、がはがはと笑っている。
それをじりじりとやり過ごし、男たちが私が知りたいことを話してくれるのを待った。でも酒の追加だとか向こうのテーブルのお姉さんが美人だとか、話がどんどん逸れている。
私は皿の残り物を食べ尽くしてから立ち上がった。
「おじさん! その一斉捜索っていつあったの?」
「あ? ああそうだった。それを知りたいんだったな。えーっと、この町に着いたのが昨日で、都を出たのは朝だったから……」
酔った頭ではすぐに答えが出て来ないようだ。
でも幸い、男はまだそれほど酔ってはいなかったらしい。
「出発の前に騒いでいたのは何日だったか……うん、そうだ。捜索は四日前だ」
「四日前……」
私が都を出たのは七日前だ。そして、四日前に魔道学院で一斉捜索があった。
つまり。
「……あの三日後だ!」
私が魔道学院を離れた三日後に、偽装身分証に関する一斉捜索が始まったらしい。時々見かけていた非合法生徒や非合法業者が摘発されたようだ。
すれすれで逃げられたようだ。ナイローグのおかげで助かった。
私は一人で青ざめつつ、小煩いけれど隙がなく気も利くナイローグに深く深く感謝した。
0
あなたにおすすめの小説
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる