無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

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七章 十六歳の前にそびえる壁

(39)いい人

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 悪人集団の根城から少し離れた街に戻った私は、歩きながらため息をついた。
 文字通りの門前払いにあうのは、これで何度目だろう。
 指折り数えかけて、ため息をついて断念した。ついでに気力も尽きた気がする。もう一度ため息をついた私は、ぼんやりと周囲に目を向けた。

 この街は、地方の小都市にしては人通りが多い。
 都より西にあるため、この辺りは南部の戦争とは直接関係なかった。でも戦争が終わって流通が回復して、各地から色々なものがどんどん入るようになっている。通りに並ぶどの店も、忙しい忙しいと言いながら活気に満ちている。
 そんな店先に、戦争の時に功績を上げた人物の似姿が飾られている。広場に並ぶ柱と屋根だけの簡易な店も、上階が住宅になっている立派な店舗も、ほぼ全ての店が飾ったり売っていたりしているのは、つい最近集結した南部戦役の英雄たちの絵だ。若い将軍や気品溢れる貴族出身の王国騎士など、描かれている人物は様々だ。
 でも通りから見えにくいところには、半分隠すように元敵国の騎士の美しい似姿も売られていたりする。これが密かに人気があって、国も特に取り締まっていない。見目よければ気にせず売買するのは庶民らしい。

 私は、そんな似姿絵を買ったことはない。
 どの絵もなかなか魅力的に描かれていると思うし、かっこいい男の人たちを時々眺めるくらいなら、まあ楽しいといえば楽しい。
 でも私の身近にはヘイン兄さんがいた。単純な顔の良さなら兄さん以上の人は見たことがないし、顔と性格がよくても、いきなり斬りつけて魔法の上達具合を見るようなとんでもない人だったら嫌だ。
 そう思うと、街のお姉さんたちのように、顔だけ見てきゃあきゃあ騒ぐ気にはなれなかった。

 それに、もう一つ。姿絵ランキングで一番人気の騎士様は、私がめざす魔王の天敵だ。国内にはいくつか騎士団があるけれど、最強と言われるその騎士様と部下たちが動けば、戦争の終結によって人材が流入して伸びかけている悪人業界が縮小してしまう。というか、壊滅してしまいかねない。
 私の就職先が消滅するのは困るのだ!
 ……と言っても、今のところは門前払いしかされていないけれど。

 また、ため息が漏れてしまった。
 足も鈍って立ち止まる。後ろから歩きてきた人とぶつかって、舌打ちされてしまった。反対から歩いて来た人にも肩があたったけれど、その人は私の半分結い上げた髪を見下ろして、ガキが色気づきやがってとかなんとか文句を言っていた。
 きっと私を子供だと思ったのだ。だから舌打ちだけで許してくれたし、年齢不相応の髪型をしていると言われたのだろう。
 もう十六歳になった成人女性に対して、失礼だ。一体どこに目をつけているのか。
 普段ならそう言い返すところかもしれない。でも、今はそんな気力はない。

 今日の門番のおじさんは、とても親切な人だった。
 他のところなら、私を見た瞬間に追い返されていたはずだ。実際に話も聞いてもらえなかった。たまに変な趣味の男がすり寄ってきたり、そういう商売を企んでいる男が親切そうに話しかけてきただけだ。
 そういう時、私は容赦無く魔法で吹き飛ばすことにしている。
 つまり、それなりに魔法を奮っているはずなのだ。
 なのにどうして、私の評判は広まったり上がったりしないのだろう?
 そこまで考えた私は、またため息をついた。

「たぶん、私の性格のせいなんだろうな……」

 本当はわかっている。
 私は基本的に、悪いことが嫌いなのだ。
 だから、悪人を一発で納得させるような手段に出られない。悪人心をくすぐるような残酷な手段は絶対に無理だ。

「今日もなぁ、門番のおじさんを魔法で吹っ飛ばしたり、雷をどーんと落としたり、そのくらいすればよかったんだろうな……」

 小さな結界を作って見せるより、もっと分かりやすく目の前で魔法の威力を示せば、それも悪人たち好みの派手で残忍な方法でやればいいのだ。
 それはわかっているけれど、できないものはできない。

「……おじさん、いい人だったなぁ」

 悪人なのに、子供のように幼く見える私を本当に心配してくれた。だから追い返そうとしたし、門の上から再度追い返した。
 基本は悪い人なのだろうけれど、いい人なのだ。
 そういう人は嫌えない。おせっかいな人も嫌いではない。
 私はまたため息をついた。

「……なんか、ナイローグを思い出すなぁ……」

 都の魔道学院でナイローグに見つかったのは、もう二年前になる。
 あれから二年も経っているけれど、その間で彼と会ったのは二回だけ。魔獣市の時と、魔道具市を歩いているときだ。
 いつ見ても仕立てのいい服を着て、剣を下げて、姿勢が良くて、それなりに元気そうだった。
 私の顔を見つけると、即走ってきて捕まえてしまうくらいには元気だった。
 でも、この一年ほどは彼の顔を見ていない。
 
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