41 / 63
七章 十六歳の前にそびえる壁
(40)一度、村に戻ってみようかな
しおりを挟む南部での戦争状態が一年ほど続いていたから、ヘイン兄さんに言われたとおりに北とか西とかにいた。戦争中なら偽造身分証くらいならどうでもよくなっているだろうと、都のすぐ近くにいたこともある。
でも……ナイローグには会えなかった。
髪を染めずに、銀髪のまま都の大通りを歩いたこともある。絶対ナイローグなら聞きつけてやってくると思ったのに、ヘイン兄さんと会った一年前からずっと……いやその半年前から、ナイローグに会っていない。
勤め先くらい聞いておけばよかった。何度もそう後悔したけれど、ヘイン兄さんに問い合わせるのも今さらと笑われそうな気がしてずっと会えていない。
もちろん、顔を合わせると口うるさいと思う。でも彼には家賃をまだ立て替えてもらったままだ。だから少し気が咎めているのだろう。
でも、こんなにナイローグに会えないのは初めてだ。
代わりに、ヘイン兄さんにはこの一年で三回ほど会えているけれど。……なんだろう、この寂しさは。
子供の頃と同じように、まだ彼がいない生活に慣れていないのだろうか。
妙なところで人のいい門番に会ったから、急に彼が懐かしくなってしまった。
村を出てからもう三年。
そういえば、父さんと母さんにはずっと会っていない。
夢の実現のために家出をした。だから、私が村に戻るのは、魔王となった時だ。立派になった姿を見せて、あのシヴィルが……と驚いてもらうつもりだ。家出をしたのだから、途中の情けない姿は絶対に見せないと決めていた。
そう決意しているのに、現実は魔獣の飼育係以上の仕事はほとんどできていない。魔王なんて夢のまた夢だ。今のままでは、あまりにも遠すぎる。
もう諦めるべきなのか。
夢を追いかけることが本当にいいことなのだろうか。
もっと楽な道を探す方がいいのではないか。
魔力だけは人並み以上だと思っていたけれど、実は人並み以下なのではないか。
うまくいかない日が続くと、下向きな思考ばかりになってうずくまりがちになる。気がつくと自信まで削れてしまっている。歩いていても、地面ばかりを見ていることに気づくこともある。
そんな時には意識して顔を上げるようにしている。今も無理やり顔を上げて、白く霞む空を見上げた。あまり青くない空を見ていると、自然に懐かしい村の空を思い出す。
青い空と緑深い森と険しい崖。
風に揺れる麦畑と、放牧地でのんびり草を食む羊たちと、駆け回る美しい馬たち。
喧騒にあふれた通りを歩いていたのに、ふと足を止めて思い出してしまう。気合を入れ直そうと空を見上げたのに、ため息が出た。
「……一度、村に戻ってみようかな……」
気弱な気分になった私は、ついつぶやいていた。
「そうだな。一度くらい村に戻れ」
突然、男の声が降ってきた。
とっさに、私は振り返りながら後退る。
距離をとりながら、でも私は警戒を解いていた。そんな私の服装をさっと見て、すぐ近くに立っていた男は口元に笑みを浮かべた。
「久しぶりだな。シヴィル。今は女装しているから、シヴィルでいいんだよな?」
「ナイローグ!」
「どうしたんだ、そんなに大きな目になって。……まあ、元気そうだな」
ナイローグは私の顔から何を読み取ったのか、一瞬だけ眉をひそめた。でもすぐに元の懐かしい笑顔になり、私の頭に手を置いた。
「相変わらず、ここにだけはいてくれるなと願う場所にいるんだな」
「ナイローグこそ、どうしてここに……?」
私はまだ呆然としたまま、高いところにあるナイローグの顔を見上げていた。
ずいぶん長くなった黒髪を一つに束ね、すっきりとした簡素な服を着ている。でも周囲の視線はたっぷりと集めていて、遠くからも女性たちの熱い視線が飛んできていた。
彼は相変わらず、女性の目を引く存在のようだ。
でも都から遠く離れたこの小さな街に、どうしてナイローグがいるのだろう。
服の形は庶民的なものでとても簡素だ。でも布地そのものは明らかに上質に見えた。地味な色合いなのに、その色がしっかりと深い。素材は羊毛なのかなと思うけれど、織りが上質なために一般品より艶やかだ。そんな上質の布を体に合わせて丁寧な縫製をしているから、見る人が見えれば財布事情に胸がときめくことだろう。
ナイローグは以前からいい服を着ていたけれど、たぶん今はさらによくなっている。つまりかなり稼いでいるはずで、なのに真昼間からここにいる。……まさか、解雇されてしまったのだろうか。
思わずそんな心配をしてしまったけれど、彼は私の心を読んだように苦笑した。
「言っておくが、失職したとかではないぞ。仕事でここに来ていて、今は休憩中なんだ」
「……本当に?」
「うん、まあ、本当は今も仕事中だな。いつも制服では息がつまるし、目立ちすぎるからこの格好をしているだけだ」
ぽんと私の頭を軽く叩き、ナイローグは私の肩に手を移しながらざっと周囲を見回した。
たぶん、肩に手を置いたのは私の逃亡防止のためだ。
大きな手だ。父さんほど分厚くないが、同じくらいに大きくて、とてもしっかりしている。そんな手に押さえられれば逃げられない。私は肩を押す手に促されて通りの脇へと移動した。
6
あなたにおすすめの小説
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです
もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。
この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ
知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ
しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる