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七章 十六歳の前にそびえる壁
(41)村の近況
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「それで、やっと村に帰る気になったのか?」
建物と建物の間の細い路地で足を止め、ナイローグがやっと肩から手をのけてくれた。
壁に背を預けた私は、すぐには応えずにまじまじと彼を見上げた。
髪が伸びただけでなく、彼の身体は厚みを増したようだ。どれだけ鍛えていのだろう。それに、以前はなかった人を威圧するような空気が漂っている。
今は表情が和らいでいるけれど、絶対に怒らせない方がいい。
私は改めて思い至った。
そして気がついた。重くなっていた気分が少し軽くなっている。ナイローグと目を合わせようとすると上を向くからだろうか。やはり、上を向くのはいいことのようだ。
「シヴィル?」
「いや、なんでもないよ。でも、村にはまだ帰らないよ。まだしっかりとした仕事はしていないから」
「魔獣関係の仕事はまだしっかりしていないと言うのか? まさか、まだ魔王なんて言っていないだろうな。……まあその話はまた今度でいいから、本当に村に一回戻れ。ヘインからお前の話を聞いた時、親父さんは大泣きしたらしいぞ」
「うん、父さんなら大泣きもするかもしれないね」
大男が声をあげて泣く姿は見たくはないけれど、父さんはそういう人だ。情に厚くて、身内にはどこまでも甘い。そして喜怒哀楽を真っ直ぐに表すことに躊躇しない。
幼い頃はそんな父さんが好きだった。
少し大きくなると、恥ずかしいと思うようになり、嫌だなと思ったこともある。
今も、娘のことで泣いている父さんの姿は簡単に想像できる。たぶん想像通りの光景だったはずだ。
思わず呆れて笑ってしまう。……でもとても懐かしい。
今日の私はおかしい。せっかく気分が軽くなったのに、またうつむきそうになる。
父さんの情けない姿を、泣きたくなるほど見たいと思うなんて。
ありえない。
こんな弱気は私らしくない。でも私らしさってどういうものだったか、すぐには思い出せなかった。どうして以前はあんなに強気だったのか、理由がわからない。
私がうつむきかけていると、ナイローグは困った顔をしてきっちりと整えた黒髪に触れて、ふうと息をついた。
「一ヶ月ほど前だったかな、私も久しぶりに村に戻ったよ。エイヴィーおばさんは、お前の髪がきちんと手入れされているかと心配していたぞ」
「……うん、寝る前のブラッシングは欠かさないから大丈夫だよ。最近は女の子の服も着ているし」
「そうだな。今度村に戻ったら、きれいな銀髪だったと褒めておこう」
ナイローグの手が私の頭を撫でた。
大きな手は、半分結い上げた髪型を壊すことはなく、小さなリボンの歪みを直してくれた。
「背の高さはあまり変わっていないようだが、すっかり大人の髪型だな。もうそんな年だったか?」
「……私、もう十六歳だよ。五年後に出直してこいなんて言われるけど、普通なら立派な大人だよ」
「もう十六か。そうか、そうだな。一番下の妹が嫁いだから、そんなものなんだな」
「えっ、一番下ってミアーナ? もう結婚したんだ?」
「村の娘なら、十七歳で嫁いでも早すぎではないと思うぞ」
「う、うん。そ、そうだね」
「忘れているみたいだから敢えて言うが、お前もそういう年齢なんだぞ。お前と同い年の粉屋のリアは、十五歳で婿をとっているからな」
「ええっ、リアが?」
「それから、お前の遊び仲間だった鍛冶屋の次男……名前は何だったかな」
「二番目ならカムロだけど」
「そうだ、カムロだ。そいつはお前より二歳くらい上だったと思うが、年上の奥さんが三人目を妊娠中だぞ」
「三人目!」
私は思わず顔を上げた。
顔を上げると、ナイローグの笑顔がそこにあった。
その笑顔が一瞬消えて、ナイローグの硬い指先が私の目元に触れて、ぐいっと動く。
「……え? 何?」
私は戸惑って見上げていたが、目元がなんだかスッとするのに気がついた。
目元が濡れていたようだ。つまりそれは……涙だ。
私は慌てて手の甲で顔を拭いた。幸い涙は少しだけだったようで、目元にわずかに湿りが残っているだけだった。
ほっとして顔を上げると、腰を屈めたナイローグの顔がすぐ近くにあった。
「それで、五年後に出直して来いと言ったのは、誰なんだ?」
「ああ、うん、近くの悪人集団の根城の門番のおじさんが……」
そこで私は口を閉じた。
建物と建物の間の細い路地で足を止め、ナイローグがやっと肩から手をのけてくれた。
壁に背を預けた私は、すぐには応えずにまじまじと彼を見上げた。
髪が伸びただけでなく、彼の身体は厚みを増したようだ。どれだけ鍛えていのだろう。それに、以前はなかった人を威圧するような空気が漂っている。
今は表情が和らいでいるけれど、絶対に怒らせない方がいい。
私は改めて思い至った。
そして気がついた。重くなっていた気分が少し軽くなっている。ナイローグと目を合わせようとすると上を向くからだろうか。やはり、上を向くのはいいことのようだ。
「シヴィル?」
「いや、なんでもないよ。でも、村にはまだ帰らないよ。まだしっかりとした仕事はしていないから」
「魔獣関係の仕事はまだしっかりしていないと言うのか? まさか、まだ魔王なんて言っていないだろうな。……まあその話はまた今度でいいから、本当に村に一回戻れ。ヘインからお前の話を聞いた時、親父さんは大泣きしたらしいぞ」
「うん、父さんなら大泣きもするかもしれないね」
大男が声をあげて泣く姿は見たくはないけれど、父さんはそういう人だ。情に厚くて、身内にはどこまでも甘い。そして喜怒哀楽を真っ直ぐに表すことに躊躇しない。
幼い頃はそんな父さんが好きだった。
少し大きくなると、恥ずかしいと思うようになり、嫌だなと思ったこともある。
今も、娘のことで泣いている父さんの姿は簡単に想像できる。たぶん想像通りの光景だったはずだ。
思わず呆れて笑ってしまう。……でもとても懐かしい。
今日の私はおかしい。せっかく気分が軽くなったのに、またうつむきそうになる。
父さんの情けない姿を、泣きたくなるほど見たいと思うなんて。
ありえない。
こんな弱気は私らしくない。でも私らしさってどういうものだったか、すぐには思い出せなかった。どうして以前はあんなに強気だったのか、理由がわからない。
私がうつむきかけていると、ナイローグは困った顔をしてきっちりと整えた黒髪に触れて、ふうと息をついた。
「一ヶ月ほど前だったかな、私も久しぶりに村に戻ったよ。エイヴィーおばさんは、お前の髪がきちんと手入れされているかと心配していたぞ」
「……うん、寝る前のブラッシングは欠かさないから大丈夫だよ。最近は女の子の服も着ているし」
「そうだな。今度村に戻ったら、きれいな銀髪だったと褒めておこう」
ナイローグの手が私の頭を撫でた。
大きな手は、半分結い上げた髪型を壊すことはなく、小さなリボンの歪みを直してくれた。
「背の高さはあまり変わっていないようだが、すっかり大人の髪型だな。もうそんな年だったか?」
「……私、もう十六歳だよ。五年後に出直してこいなんて言われるけど、普通なら立派な大人だよ」
「もう十六か。そうか、そうだな。一番下の妹が嫁いだから、そんなものなんだな」
「えっ、一番下ってミアーナ? もう結婚したんだ?」
「村の娘なら、十七歳で嫁いでも早すぎではないと思うぞ」
「う、うん。そ、そうだね」
「忘れているみたいだから敢えて言うが、お前もそういう年齢なんだぞ。お前と同い年の粉屋のリアは、十五歳で婿をとっているからな」
「ええっ、リアが?」
「それから、お前の遊び仲間だった鍛冶屋の次男……名前は何だったかな」
「二番目ならカムロだけど」
「そうだ、カムロだ。そいつはお前より二歳くらい上だったと思うが、年上の奥さんが三人目を妊娠中だぞ」
「三人目!」
私は思わず顔を上げた。
顔を上げると、ナイローグの笑顔がそこにあった。
その笑顔が一瞬消えて、ナイローグの硬い指先が私の目元に触れて、ぐいっと動く。
「……え? 何?」
私は戸惑って見上げていたが、目元がなんだかスッとするのに気がついた。
目元が濡れていたようだ。つまりそれは……涙だ。
私は慌てて手の甲で顔を拭いた。幸い涙は少しだけだったようで、目元にわずかに湿りが残っているだけだった。
ほっとして顔を上げると、腰を屈めたナイローグの顔がすぐ近くにあった。
「それで、五年後に出直して来いと言ったのは、誰なんだ?」
「ああ、うん、近くの悪人集団の根城の門番のおじさんが……」
そこで私は口を閉じた。
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