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七章 十六歳の前にそびえる壁
(43)成人のお祝いだ
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「……やっぱり、もう一回根城に行ってくる」
「シヴィル。私が言ったことを聞いていたか? 関わるなと言ったんだぞ」
「あの根城の門番のおじさんはね、全然中に入れてくれなかったけれど、すごくいい人だったんだよ。恩があるから、おじさんだけでも逃がしてあげなければ……!」
私は大通りに出て、そっと周囲を見回す。
気をつけてよく見れば、グライトン騎士団の所属と思しき騎士はあちらこちらにいるではないか。制服は着ていなくても、姿勢がいい戦士風の男たちはあやしい。
「待つんだ、シヴィル。頼むからあいつらと関わるな。あの根城に行く暇があったら、村に戻って親父さんとお袋さんに今の姿を見せてやれ」
「うん、そのうちにね」
私はくるりと振り返る。
ナイローグは路地から出てきたところだった。
でも私の顔を見た時、彼の顔にはわずかな苦笑が浮かんだ。私を引き止めることを諦めたように見えた。
「今から歩いて行っても間に合わないぞ」
「ふふふん。私が魔法使いってことを忘れていない? 転移魔術はわりと得意なんだ」
「転移魔術が得意か。相変わらず規格外のやつだな」
長いため息をついたナイローグは、私の前にやってきて、頭に手を乗せた。
「欲は出すなよ。お前の言葉を信じない奴は気にせず、すぐにその場を離れろ」
「うん、わかった」
「それから、これを持っていけ。おまえがすぐに逃げるから、ずっと渡しそびれていたんだ」
ナイローグは襟をくつろげ、首からかけた袋を取り出した。
その中からさらに小さな袋をつまみ出して、私の手の上に置いた。
「成人のお祝いだ。十五歳の秋祭りには、身内が飾りを贈るものだからな。ドレスとか髪飾りはご両親とヘインが用意するだろうから、首飾りを買っておいたんだ」
私はそっと袋の中をのぞきこんだ。
細い金色の鎖と、黄緑色の石が見えた。
私の目と同じ色の宝石だ。
石の価格はよく知らない。ただ黄緑の石はとても純粋で、魔力を蓄える容量がとても大きいのはすぐにわかった。けれどそれ以上に私の目を奪ったのは、その宝石の美しさだった。細い鎖と枠の金色に負けない輝きがある。
「ありがとう」
私はそっと袋を握りしめた。柔らかい布越しに金属と宝石の形を手のひらに感じる。袋はまだほんのりと温かい。
それから、私はふと思い出して顔を上げる。
ナイローグのすぐそばに近寄り、彼の周りをくるりと回った。
「どうした?」
「うん、よかった。血の匂いはしなかった。ナイローグは最近ずっと村に戻っていないって、ヘイン兄さんが言っていたから。ずっと前、村に帰れない期間が長かった後は怪我していたでしょう? それを思い出したんだよ」
「……ああ、そういうこともあったな」
ナイローグは笑った。
でもその目が、一瞬だけ左腕に動いたのを見逃さない。今は治っているようだけど、やっぱりまた怪我をしていたのだろう。
「ねえ、ナイローグの仕事って……」
どんな仕事をしているのか。
どうして怪我が多いのか。
そう聞こうとして、途中で私は口をつぐんだ。どうしてなのかわからないけれど、何となく聞きにくい。昔からそうだ。ナイローグは私に仕事の内容を話してくれないのだ。
私はもう十六歳になった。
でも十歳以上も年下と言うのは、やはり子供にしか見えないのかもしれない。私だって十歳年下のガキども相手に、魔王への憧れを熱く語る気にはなれない。
……いやいや、今はそんな暇はなかった。
ナイローグが元気なのを確かめられたから、それで十分だろう。
「……ナイローグに会えてよかった。元気でね」
「私に元気でいて欲しかったら、親父さんに締め上げられないように気を使ってくれ」
ナイローグはそう言ったけれど、見下ろしてくる顔は優しく、結い上げた髪を撫でる手も優しかった。
私は大きな手の暖かさを一瞬堪能する。
髪を半分結い上げる年齢になっても、ナイローグの手に触られるのは心地良い。幼い頃からの刷り込みのせいだろう。
でも私はすぐに表情を引き締めて数歩離れ、指先で魔法陣を描いて転移術を発動させた。
結局、私の言葉を信じた人は少なかった。
もちろん近づく騎馬の土煙を見つけていて、すぐに信じてくれた人はいたし、門番のおじさんはどうやらグライトン騎士団が近づいている噂は知っていたようで一番に逃げ出してくれた。
よかった。
よかったとは思うけれど、門番としてどうなんだろう。悪人だからいいのだろうか。
私はしばらく悩むことになった。
もちろん、村には帰らなかった。ナイローグの追跡も振り切った。
何年も前に立て替えてもらった家賃のことは、本当は覚えていたけれど言い出すタイミングがなかったからそのままになっている。
いつになるかわからないけれど、次に会う時に返そう。
説教されそうになった時の話題そらしに、ちょうどいいはずだ。
そう考えると、ナイローグに見つかるのも悪くないような気がした。
そしてさらに後になって気づいたのだけれど……私は陰鬱な気分をいつの間にか忘れていた。
「シヴィル。私が言ったことを聞いていたか? 関わるなと言ったんだぞ」
「あの根城の門番のおじさんはね、全然中に入れてくれなかったけれど、すごくいい人だったんだよ。恩があるから、おじさんだけでも逃がしてあげなければ……!」
私は大通りに出て、そっと周囲を見回す。
気をつけてよく見れば、グライトン騎士団の所属と思しき騎士はあちらこちらにいるではないか。制服は着ていなくても、姿勢がいい戦士風の男たちはあやしい。
「待つんだ、シヴィル。頼むからあいつらと関わるな。あの根城に行く暇があったら、村に戻って親父さんとお袋さんに今の姿を見せてやれ」
「うん、そのうちにね」
私はくるりと振り返る。
ナイローグは路地から出てきたところだった。
でも私の顔を見た時、彼の顔にはわずかな苦笑が浮かんだ。私を引き止めることを諦めたように見えた。
「今から歩いて行っても間に合わないぞ」
「ふふふん。私が魔法使いってことを忘れていない? 転移魔術はわりと得意なんだ」
「転移魔術が得意か。相変わらず規格外のやつだな」
長いため息をついたナイローグは、私の前にやってきて、頭に手を乗せた。
「欲は出すなよ。お前の言葉を信じない奴は気にせず、すぐにその場を離れろ」
「うん、わかった」
「それから、これを持っていけ。おまえがすぐに逃げるから、ずっと渡しそびれていたんだ」
ナイローグは襟をくつろげ、首からかけた袋を取り出した。
その中からさらに小さな袋をつまみ出して、私の手の上に置いた。
「成人のお祝いだ。十五歳の秋祭りには、身内が飾りを贈るものだからな。ドレスとか髪飾りはご両親とヘインが用意するだろうから、首飾りを買っておいたんだ」
私はそっと袋の中をのぞきこんだ。
細い金色の鎖と、黄緑色の石が見えた。
私の目と同じ色の宝石だ。
石の価格はよく知らない。ただ黄緑の石はとても純粋で、魔力を蓄える容量がとても大きいのはすぐにわかった。けれどそれ以上に私の目を奪ったのは、その宝石の美しさだった。細い鎖と枠の金色に負けない輝きがある。
「ありがとう」
私はそっと袋を握りしめた。柔らかい布越しに金属と宝石の形を手のひらに感じる。袋はまだほんのりと温かい。
それから、私はふと思い出して顔を上げる。
ナイローグのすぐそばに近寄り、彼の周りをくるりと回った。
「どうした?」
「うん、よかった。血の匂いはしなかった。ナイローグは最近ずっと村に戻っていないって、ヘイン兄さんが言っていたから。ずっと前、村に帰れない期間が長かった後は怪我していたでしょう? それを思い出したんだよ」
「……ああ、そういうこともあったな」
ナイローグは笑った。
でもその目が、一瞬だけ左腕に動いたのを見逃さない。今は治っているようだけど、やっぱりまた怪我をしていたのだろう。
「ねえ、ナイローグの仕事って……」
どんな仕事をしているのか。
どうして怪我が多いのか。
そう聞こうとして、途中で私は口をつぐんだ。どうしてなのかわからないけれど、何となく聞きにくい。昔からそうだ。ナイローグは私に仕事の内容を話してくれないのだ。
私はもう十六歳になった。
でも十歳以上も年下と言うのは、やはり子供にしか見えないのかもしれない。私だって十歳年下のガキども相手に、魔王への憧れを熱く語る気にはなれない。
……いやいや、今はそんな暇はなかった。
ナイローグが元気なのを確かめられたから、それで十分だろう。
「……ナイローグに会えてよかった。元気でね」
「私に元気でいて欲しかったら、親父さんに締め上げられないように気を使ってくれ」
ナイローグはそう言ったけれど、見下ろしてくる顔は優しく、結い上げた髪を撫でる手も優しかった。
私は大きな手の暖かさを一瞬堪能する。
髪を半分結い上げる年齢になっても、ナイローグの手に触られるのは心地良い。幼い頃からの刷り込みのせいだろう。
でも私はすぐに表情を引き締めて数歩離れ、指先で魔法陣を描いて転移術を発動させた。
結局、私の言葉を信じた人は少なかった。
もちろん近づく騎馬の土煙を見つけていて、すぐに信じてくれた人はいたし、門番のおじさんはどうやらグライトン騎士団が近づいている噂は知っていたようで一番に逃げ出してくれた。
よかった。
よかったとは思うけれど、門番としてどうなんだろう。悪人だからいいのだろうか。
私はしばらく悩むことになった。
もちろん、村には帰らなかった。ナイローグの追跡も振り切った。
何年も前に立て替えてもらった家賃のことは、本当は覚えていたけれど言い出すタイミングがなかったからそのままになっている。
いつになるかわからないけれど、次に会う時に返そう。
説教されそうになった時の話題そらしに、ちょうどいいはずだ。
そう考えると、ナイローグに見つかるのも悪くないような気がした。
そしてさらに後になって気づいたのだけれど……私は陰鬱な気分をいつの間にか忘れていた。
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