44 / 63
七章 十六歳の前にそびえる壁
(43)成人のお祝いだ
しおりを挟む
「……やっぱり、もう一回根城に行ってくる」
「シヴィル。私が言ったことを聞いていたか? 関わるなと言ったんだぞ」
「あの根城の門番のおじさんはね、全然中に入れてくれなかったけれど、すごくいい人だったんだよ。恩があるから、おじさんだけでも逃がしてあげなければ……!」
私は大通りに出て、そっと周囲を見回す。
気をつけてよく見れば、グライトン騎士団の所属と思しき騎士はあちらこちらにいるではないか。制服は着ていなくても、姿勢がいい戦士風の男たちはあやしい。
「待つんだ、シヴィル。頼むからあいつらと関わるな。あの根城に行く暇があったら、村に戻って親父さんとお袋さんに今の姿を見せてやれ」
「うん、そのうちにね」
私はくるりと振り返る。
ナイローグは路地から出てきたところだった。
でも私の顔を見た時、彼の顔にはわずかな苦笑が浮かんだ。私を引き止めることを諦めたように見えた。
「今から歩いて行っても間に合わないぞ」
「ふふふん。私が魔法使いってことを忘れていない? 転移魔術はわりと得意なんだ」
「転移魔術が得意か。相変わらず規格外のやつだな」
長いため息をついたナイローグは、私の前にやってきて、頭に手を乗せた。
「欲は出すなよ。お前の言葉を信じない奴は気にせず、すぐにその場を離れろ」
「うん、わかった」
「それから、これを持っていけ。おまえがすぐに逃げるから、ずっと渡しそびれていたんだ」
ナイローグは襟をくつろげ、首からかけた袋を取り出した。
その中からさらに小さな袋をつまみ出して、私の手の上に置いた。
「成人のお祝いだ。十五歳の秋祭りには、身内が飾りを贈るものだからな。ドレスとか髪飾りはご両親とヘインが用意するだろうから、首飾りを買っておいたんだ」
私はそっと袋の中をのぞきこんだ。
細い金色の鎖と、黄緑色の石が見えた。
私の目と同じ色の宝石だ。
石の価格はよく知らない。ただ黄緑の石はとても純粋で、魔力を蓄える容量がとても大きいのはすぐにわかった。けれどそれ以上に私の目を奪ったのは、その宝石の美しさだった。細い鎖と枠の金色に負けない輝きがある。
「ありがとう」
私はそっと袋を握りしめた。柔らかい布越しに金属と宝石の形を手のひらに感じる。袋はまだほんのりと温かい。
それから、私はふと思い出して顔を上げる。
ナイローグのすぐそばに近寄り、彼の周りをくるりと回った。
「どうした?」
「うん、よかった。血の匂いはしなかった。ナイローグは最近ずっと村に戻っていないって、ヘイン兄さんが言っていたから。ずっと前、村に帰れない期間が長かった後は怪我していたでしょう? それを思い出したんだよ」
「……ああ、そういうこともあったな」
ナイローグは笑った。
でもその目が、一瞬だけ左腕に動いたのを見逃さない。今は治っているようだけど、やっぱりまた怪我をしていたのだろう。
「ねえ、ナイローグの仕事って……」
どんな仕事をしているのか。
どうして怪我が多いのか。
そう聞こうとして、途中で私は口をつぐんだ。どうしてなのかわからないけれど、何となく聞きにくい。昔からそうだ。ナイローグは私に仕事の内容を話してくれないのだ。
私はもう十六歳になった。
でも十歳以上も年下と言うのは、やはり子供にしか見えないのかもしれない。私だって十歳年下のガキども相手に、魔王への憧れを熱く語る気にはなれない。
……いやいや、今はそんな暇はなかった。
ナイローグが元気なのを確かめられたから、それで十分だろう。
「……ナイローグに会えてよかった。元気でね」
「私に元気でいて欲しかったら、親父さんに締め上げられないように気を使ってくれ」
ナイローグはそう言ったけれど、見下ろしてくる顔は優しく、結い上げた髪を撫でる手も優しかった。
私は大きな手の暖かさを一瞬堪能する。
髪を半分結い上げる年齢になっても、ナイローグの手に触られるのは心地良い。幼い頃からの刷り込みのせいだろう。
でも私はすぐに表情を引き締めて数歩離れ、指先で魔法陣を描いて転移術を発動させた。
結局、私の言葉を信じた人は少なかった。
もちろん近づく騎馬の土煙を見つけていて、すぐに信じてくれた人はいたし、門番のおじさんはどうやらグライトン騎士団が近づいている噂は知っていたようで一番に逃げ出してくれた。
よかった。
よかったとは思うけれど、門番としてどうなんだろう。悪人だからいいのだろうか。
私はしばらく悩むことになった。
もちろん、村には帰らなかった。ナイローグの追跡も振り切った。
何年も前に立て替えてもらった家賃のことは、本当は覚えていたけれど言い出すタイミングがなかったからそのままになっている。
いつになるかわからないけれど、次に会う時に返そう。
説教されそうになった時の話題そらしに、ちょうどいいはずだ。
そう考えると、ナイローグに見つかるのも悪くないような気がした。
そしてさらに後になって気づいたのだけれど……私は陰鬱な気分をいつの間にか忘れていた。
「シヴィル。私が言ったことを聞いていたか? 関わるなと言ったんだぞ」
「あの根城の門番のおじさんはね、全然中に入れてくれなかったけれど、すごくいい人だったんだよ。恩があるから、おじさんだけでも逃がしてあげなければ……!」
私は大通りに出て、そっと周囲を見回す。
気をつけてよく見れば、グライトン騎士団の所属と思しき騎士はあちらこちらにいるではないか。制服は着ていなくても、姿勢がいい戦士風の男たちはあやしい。
「待つんだ、シヴィル。頼むからあいつらと関わるな。あの根城に行く暇があったら、村に戻って親父さんとお袋さんに今の姿を見せてやれ」
「うん、そのうちにね」
私はくるりと振り返る。
ナイローグは路地から出てきたところだった。
でも私の顔を見た時、彼の顔にはわずかな苦笑が浮かんだ。私を引き止めることを諦めたように見えた。
「今から歩いて行っても間に合わないぞ」
「ふふふん。私が魔法使いってことを忘れていない? 転移魔術はわりと得意なんだ」
「転移魔術が得意か。相変わらず規格外のやつだな」
長いため息をついたナイローグは、私の前にやってきて、頭に手を乗せた。
「欲は出すなよ。お前の言葉を信じない奴は気にせず、すぐにその場を離れろ」
「うん、わかった」
「それから、これを持っていけ。おまえがすぐに逃げるから、ずっと渡しそびれていたんだ」
ナイローグは襟をくつろげ、首からかけた袋を取り出した。
その中からさらに小さな袋をつまみ出して、私の手の上に置いた。
「成人のお祝いだ。十五歳の秋祭りには、身内が飾りを贈るものだからな。ドレスとか髪飾りはご両親とヘインが用意するだろうから、首飾りを買っておいたんだ」
私はそっと袋の中をのぞきこんだ。
細い金色の鎖と、黄緑色の石が見えた。
私の目と同じ色の宝石だ。
石の価格はよく知らない。ただ黄緑の石はとても純粋で、魔力を蓄える容量がとても大きいのはすぐにわかった。けれどそれ以上に私の目を奪ったのは、その宝石の美しさだった。細い鎖と枠の金色に負けない輝きがある。
「ありがとう」
私はそっと袋を握りしめた。柔らかい布越しに金属と宝石の形を手のひらに感じる。袋はまだほんのりと温かい。
それから、私はふと思い出して顔を上げる。
ナイローグのすぐそばに近寄り、彼の周りをくるりと回った。
「どうした?」
「うん、よかった。血の匂いはしなかった。ナイローグは最近ずっと村に戻っていないって、ヘイン兄さんが言っていたから。ずっと前、村に帰れない期間が長かった後は怪我していたでしょう? それを思い出したんだよ」
「……ああ、そういうこともあったな」
ナイローグは笑った。
でもその目が、一瞬だけ左腕に動いたのを見逃さない。今は治っているようだけど、やっぱりまた怪我をしていたのだろう。
「ねえ、ナイローグの仕事って……」
どんな仕事をしているのか。
どうして怪我が多いのか。
そう聞こうとして、途中で私は口をつぐんだ。どうしてなのかわからないけれど、何となく聞きにくい。昔からそうだ。ナイローグは私に仕事の内容を話してくれないのだ。
私はもう十六歳になった。
でも十歳以上も年下と言うのは、やはり子供にしか見えないのかもしれない。私だって十歳年下のガキども相手に、魔王への憧れを熱く語る気にはなれない。
……いやいや、今はそんな暇はなかった。
ナイローグが元気なのを確かめられたから、それで十分だろう。
「……ナイローグに会えてよかった。元気でね」
「私に元気でいて欲しかったら、親父さんに締め上げられないように気を使ってくれ」
ナイローグはそう言ったけれど、見下ろしてくる顔は優しく、結い上げた髪を撫でる手も優しかった。
私は大きな手の暖かさを一瞬堪能する。
髪を半分結い上げる年齢になっても、ナイローグの手に触られるのは心地良い。幼い頃からの刷り込みのせいだろう。
でも私はすぐに表情を引き締めて数歩離れ、指先で魔法陣を描いて転移術を発動させた。
結局、私の言葉を信じた人は少なかった。
もちろん近づく騎馬の土煙を見つけていて、すぐに信じてくれた人はいたし、門番のおじさんはどうやらグライトン騎士団が近づいている噂は知っていたようで一番に逃げ出してくれた。
よかった。
よかったとは思うけれど、門番としてどうなんだろう。悪人だからいいのだろうか。
私はしばらく悩むことになった。
もちろん、村には帰らなかった。ナイローグの追跡も振り切った。
何年も前に立て替えてもらった家賃のことは、本当は覚えていたけれど言い出すタイミングがなかったからそのままになっている。
いつになるかわからないけれど、次に会う時に返そう。
説教されそうになった時の話題そらしに、ちょうどいいはずだ。
そう考えると、ナイローグに見つかるのも悪くないような気がした。
そしてさらに後になって気づいたのだけれど……私は陰鬱な気分をいつの間にか忘れていた。
6
あなたにおすすめの小説
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる