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八章 十七歳で一歩前進
(45)この恩は必ず
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「おじさん、この恩は必ず返すから!」
そう高らかに宣言し、私は酒場の主人の好意をありがたく頂戴した。
ああ、美味しい。
ぽつぽつと一面に浮かぶ豆が美味しい。
骨についている鶏肉も美味しい。
本当は鳥肉の煮込みには小芋が欲しいところだけれど、この辺りでも小芋は作っていないようだ。その代わりに入っているこの肉厚野菜、初めて食べた時はこれをおいしいと言っていいのかと悩んだものだ。慣れた今では、歯ごたえと風味が絶品だと断言できる。
ああっ、今度の皿には香草も入っている! おじさん奥さんありがとう……!
言葉にならない感嘆の中、煮込みの皿はあっという間に空になってしまった。
正直言うと、まだ十分ではない。
空腹で倒れるようなことはないと思うけれど、どうも頭がシャキッとしない。魔力があふれそうになっている感じだ。制御はできているけれど、ただ座っているだけで消耗している気がする。
でも、これで今日は働ける。
魔力を使うような仕事ではないし、肉体労働なら今も得意だ。
美味なる煮込みの余韻を抱いたまま牧場に行って、牛たちに極上の笑顔を向けながら掃除をしよう。きっとこの高揚感は日が暮れるまで続くはずだ。
せめてものお手伝いを、と周辺のテーブルの分の皿も重ねて厨房に持って行くと、酒場の奥さんと娘さんが気合を入れるように拳を軽く突き出してくれた。
「男の子みたいな格好だけど、今日も最高にかわいいわよ、マーディ」
「いい笑顔だね。その笑顔なら、牛も犬も馬も、それから牧童のボウヤだって、一瞬で悩殺だよ!」
……意味がわからない。これはきっと、頑張れという激励なのだろう。
この辺りの言い回しや風習にまだ疎い私は、やや引きつった笑顔と拳を返し、首を傾げながらも軽い足取りで仕事へと向かった。
今日の清掃は、非常に順調に終わった。
いつもまとわりついて作業を邪魔していた犬たちはおとなしかった。
大きな体の牛たちは、お願いすると快く場所を移動してくれた。
気が荒く誇り高い馬たちは、威嚇も攻撃もしてこなかった。
いつもこうだったらいいのに。
それとも、動物たちにも笑顔で接するのは有効なのだろうか。ただ機嫌が良かったのが幸いしたような気もする。最近は物騒なカラスは近くに来ないから、あのカラスのせいではないと思う。
酒場のおじさんには早くお金を払わなければ。
ついでに皿洗いでも手伝おうかな。本当は配膳も手伝いたいところだけれど、奥さんとお嬢さんに表に出て働くことは厳しく禁止されているから仕方がない。
そんなことを考えながら手や顔を洗っていると、馬の放牧を担当している牧童の一人が、おずおずと近づいて話しかけてきた。
「な、なあ、マーディ。もしよかったら……お、お、俺とつきあってくれないか?」
「つきあう?」
私は手を拭き、顔なじみの牧童さんを見上げた。
牧童は馬や牛の放牧の仕事をする。大きな牛たちを相手にするせいか、牧童たちは体格がいい人が多い。目の前の牧童さんもそんな一人で、この牧場で一番背が高い。
私は村を出た頃からほとんど身長が変わっていないから、こういう背の高い人と立ち話をするためには思いっきり見上げなければならない。
しっかり距離を取らないと首が痛くなるけれど、こういう見あげる角度は嫌いではない。
五歩分以上離れている彼は、顔立ちは中の上くらい。不快感を与える作りではない。むしろ、濃い色の髪が気弱そうな顔立ちをスッキリ見せていて、たぶん若いお嬢さん方にはもてるタイプだ。
働き者だし、日雇いの私にも親切だし、なかなかの好青年と認識している。名前は……覚えていない。聞いた覚えはあるけれど、この牧場には牧童はたくさんいるから、聞いた端から忘れてしまった。
私はこういう人間だ。
こんな私なのに、好青年が付き合って欲しいとは……いったいどういう風の吹き回しなのか。
首を傾げたかったけれど、相手は真剣な表情だ。私も誠意を持って対応することにした。
「あー、遠くでなければ、おつきあいしますが」
至極真面目に応じたのに、背の高い好青年はなぜか絶句した。
このナントカという名前の牧童さん、どうしたのだろう。
私が首を傾げていると、ナントカさんは気を取り直したようにまた体を乗り出してきた。
「……そうだよな、まずは一緒に出かけるところからでもいいか。一週間後に隣の町で祭りがあるから、一緒に行こうよ!」
「一週間後か……」
私は腕組をして考えた。
そして姿勢を正し、申し訳ないけれどお断りすることにした。
「ごめんなさい。たぶん、一週間後はここにはいません」
「ええっ、どうして!」
「五つ向こうの町の辺りで、新しい仕事に関する噂があるから、そちらに行くつもりなんです」
もちろん、新しい仕事に関する噂というのは、魔王関係だ。
飼育場での仕事をした分のお手当は今日まとめてもらった。当面の生活資金は準備できたはずだ。
それでまず酒場の食事代を払う。それからそろそろ新しい服も作りたいけれど、この町には仕立て上がった服というものは売っているのだろうか。
裁縫が苦手だから、古着でも十分かな……。
そう高らかに宣言し、私は酒場の主人の好意をありがたく頂戴した。
ああ、美味しい。
ぽつぽつと一面に浮かぶ豆が美味しい。
骨についている鶏肉も美味しい。
本当は鳥肉の煮込みには小芋が欲しいところだけれど、この辺りでも小芋は作っていないようだ。その代わりに入っているこの肉厚野菜、初めて食べた時はこれをおいしいと言っていいのかと悩んだものだ。慣れた今では、歯ごたえと風味が絶品だと断言できる。
ああっ、今度の皿には香草も入っている! おじさん奥さんありがとう……!
言葉にならない感嘆の中、煮込みの皿はあっという間に空になってしまった。
正直言うと、まだ十分ではない。
空腹で倒れるようなことはないと思うけれど、どうも頭がシャキッとしない。魔力があふれそうになっている感じだ。制御はできているけれど、ただ座っているだけで消耗している気がする。
でも、これで今日は働ける。
魔力を使うような仕事ではないし、肉体労働なら今も得意だ。
美味なる煮込みの余韻を抱いたまま牧場に行って、牛たちに極上の笑顔を向けながら掃除をしよう。きっとこの高揚感は日が暮れるまで続くはずだ。
せめてものお手伝いを、と周辺のテーブルの分の皿も重ねて厨房に持って行くと、酒場の奥さんと娘さんが気合を入れるように拳を軽く突き出してくれた。
「男の子みたいな格好だけど、今日も最高にかわいいわよ、マーディ」
「いい笑顔だね。その笑顔なら、牛も犬も馬も、それから牧童のボウヤだって、一瞬で悩殺だよ!」
……意味がわからない。これはきっと、頑張れという激励なのだろう。
この辺りの言い回しや風習にまだ疎い私は、やや引きつった笑顔と拳を返し、首を傾げながらも軽い足取りで仕事へと向かった。
今日の清掃は、非常に順調に終わった。
いつもまとわりついて作業を邪魔していた犬たちはおとなしかった。
大きな体の牛たちは、お願いすると快く場所を移動してくれた。
気が荒く誇り高い馬たちは、威嚇も攻撃もしてこなかった。
いつもこうだったらいいのに。
それとも、動物たちにも笑顔で接するのは有効なのだろうか。ただ機嫌が良かったのが幸いしたような気もする。最近は物騒なカラスは近くに来ないから、あのカラスのせいではないと思う。
酒場のおじさんには早くお金を払わなければ。
ついでに皿洗いでも手伝おうかな。本当は配膳も手伝いたいところだけれど、奥さんとお嬢さんに表に出て働くことは厳しく禁止されているから仕方がない。
そんなことを考えながら手や顔を洗っていると、馬の放牧を担当している牧童の一人が、おずおずと近づいて話しかけてきた。
「な、なあ、マーディ。もしよかったら……お、お、俺とつきあってくれないか?」
「つきあう?」
私は手を拭き、顔なじみの牧童さんを見上げた。
牧童は馬や牛の放牧の仕事をする。大きな牛たちを相手にするせいか、牧童たちは体格がいい人が多い。目の前の牧童さんもそんな一人で、この牧場で一番背が高い。
私は村を出た頃からほとんど身長が変わっていないから、こういう背の高い人と立ち話をするためには思いっきり見上げなければならない。
しっかり距離を取らないと首が痛くなるけれど、こういう見あげる角度は嫌いではない。
五歩分以上離れている彼は、顔立ちは中の上くらい。不快感を与える作りではない。むしろ、濃い色の髪が気弱そうな顔立ちをスッキリ見せていて、たぶん若いお嬢さん方にはもてるタイプだ。
働き者だし、日雇いの私にも親切だし、なかなかの好青年と認識している。名前は……覚えていない。聞いた覚えはあるけれど、この牧場には牧童はたくさんいるから、聞いた端から忘れてしまった。
私はこういう人間だ。
こんな私なのに、好青年が付き合って欲しいとは……いったいどういう風の吹き回しなのか。
首を傾げたかったけれど、相手は真剣な表情だ。私も誠意を持って対応することにした。
「あー、遠くでなければ、おつきあいしますが」
至極真面目に応じたのに、背の高い好青年はなぜか絶句した。
このナントカという名前の牧童さん、どうしたのだろう。
私が首を傾げていると、ナントカさんは気を取り直したようにまた体を乗り出してきた。
「……そうだよな、まずは一緒に出かけるところからでもいいか。一週間後に隣の町で祭りがあるから、一緒に行こうよ!」
「一週間後か……」
私は腕組をして考えた。
そして姿勢を正し、申し訳ないけれどお断りすることにした。
「ごめんなさい。たぶん、一週間後はここにはいません」
「ええっ、どうして!」
「五つ向こうの町の辺りで、新しい仕事に関する噂があるから、そちらに行くつもりなんです」
もちろん、新しい仕事に関する噂というのは、魔王関係だ。
飼育場での仕事をした分のお手当は今日まとめてもらった。当面の生活資金は準備できたはずだ。
それでまず酒場の食事代を払う。それからそろそろ新しい服も作りたいけれど、この町には仕立て上がった服というものは売っているのだろうか。
裁縫が苦手だから、古着でも十分かな……。
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