無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

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八章 十七歳で一歩前進

(46)運命の人

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 私の頭は、すでに魔王のところへ向かう準備に移っていた。
 でも、目の前の牧童のナントカさんのことも忘れない。

「そう言うことなので、申し訳ないんですが」
「あ、ああ、うん……」

 牧童さんは、とてもがっかりしているように見える。
 そんなに祭りに行きたかったのだろうか。もしかして一人では行きにくい祭りなのかもしれない。ナントカさんなら、誘われたら飛びつく女の子はたくさんいそうなのに。仕事が忙しいから、意外に出会いはないのかもしれない。
 そう言うことはよくある。
 顔と性格だけは極上のヘイン兄さんだって、二十代後半になってもまだ独身だから。
 頭の中で兄さんを笑っていた私は、ふと思い立ってナントカさんを見上げた。

「ところで、この辺りに中古服の店はありますか?」
「そ、それならかわいい女の子の服がたくさんある店があるから、一緒に行こうか! 俺が選ぶよ! いや変なこと言っちゃったお詫びに俺がお金を出すから!」
「いや、買うのは男物なんで。その店は男物も揃っているといいんだけど」
「……う、うん、俺もよくそこで買っているから品揃えは十分だけど……でも男物って……そうだよね、そんなに美人だからそういう相手はいるよな……俺ってかっこ悪いな……」

 一度は元気になった牧童さんなのに、また落ち込んだような顔になった。
 せっかくの男前さんなのに。
 この人には、笑顔の方が似合うと思う。

「あのー……あなたは素敵な方だと思いますよ。それに男物の服は、誰かに選ぶというより私が着るんです」
「……うん、いいんだ。マーディって優しいな。店まで案内するよ……」

 背の高い好青年さんは、がっくりと肩を落として、それでも私を古着屋まで送ってくれた。
 そんなに祭りに一人で行きたくなかったのか。
 仕方がないとはいえ、断ってしまって悪いことをした。

 私は深く反省して、街を出発する前に彼へのお詫びの品を牧場主さんに預かってもらった。
 祭りで他のかわいいお嬢さんを誘う時に役に立つように、きれいなリボンだ。
 酒場の娘さんも太鼓判を押すリボンだったけれど、贈る相手を知るとなんとも気の毒そうな顔をした。
 やはり、彼には悪いことをしてしまったようだ。
 そう反省しているがゆえのお詫びの品だけれど、この辺りの風習的にはもっと張り込むべきだったんだろうか。でも私にはこれが精一杯だ。
 こうして、私は最後に腹いっぱい鶏肉の煮込みを食べて、二日後に街を後にした。
 


 
 彼は、私の運命の人だろうか。
 千鳥足で酒場から出てきた男を物陰から見守りながら、私は真剣に考え込んでいた。
 ちょっと髪が薄くて、それゆえに思い切って頭をきれいに剃り上げていて、背が高い上に腹回りもぼったりしていて、ちょっと粗野なところがあるけれど、そんなことは些細なことだ。
 彼は新進気鋭の魔王候補なのだ。
 新しすぎて人手不足だったとしても、まだ魔王を名乗る前のただの悪人だとしても、それは私を待っていた運命と思えなくもない。
 まだ無名であるために、こうやって場末の酒場でいい気分になっていても誰も気にしない。気にしているのは、彼を狙っている私くらいのものだ。

 だからと言って、いきなり話しかけるのもどうなのか。
 こういうときの自然な会話の始め方は、どうすればいいのだろう。
 牛とか馬とか羊とか魔獣とか、私はそう言う存在とばかり付き合って来たから、対人的な駆け引きには疎いのだ。
 物陰で唸りながら悩んでいた時、ふらふらと歩いていた男が足を止めた。

「そこの影にいるお嬢さん」

 酔っ払いの男は、唐突にくるりと振り返った。
 でも酔いのためか、回った勢いをこらえることができず、大きな体がぐらりと派手に傾いた。もともと丸みを帯びた腹部が、酒場で飲み続けた酒のせいでさらに膨らんでいるようだ。
 一瞬、その腹に視線が引きつけられてしまった。
 相手が女性なら赤ちゃんがいるのかと感動するところだけれど、男の場合はあの丸いお腹には何が入っているのだろう。
 かなり本気で悩んだ私は、すぐに我に返った。そして頭から地面に転げそうになる男に気づくと、すぐに魔法で支えた。

「へぇ、お嬢さんは魔法使いさんだったのか。ありがとうよ」
「あ、いえ……」

 未来の魔王様に礼を言われてしまった。
 悪い気はしないけれど、この男は本当に魔王になる気はあるのだろうか。
 思わず疑いたくなるくらい、丈夫そうなところ以外は非凡なところがない。ただの酔っ払った中年太りの男にしか見えないけれど……いや、疑ってはいけない。彼は運命の人かもしれないのだ。
 私は背筋を伸ばして、改めて男の前に立った。

「あなたに話があって待っていました」
「え、そうなんだ。じゃあ、どこかで飲み直そうか。ゆっくり部屋で話すのも歓迎だ」

 男が赤い顔でにやりと笑った。
 そして手のひらまで赤い手で、自分のハゲ頭をつるりと撫でる。
 また、この反応か。……この酔っ払いめ。
 瞬間的に、私は殺意を抱いてしまった。
 この程度で情けない。私はまだまだ未熟者のようだ。悪ガキ大将時代の血が騒いで拳を握りかけた手をこっそり背中に回し、男の視界から隠した。
 いけないいけない。
 深呼吸だ。
 気を取り直した私は、そっと周囲の気配を探った。酒場から遠くないのに人の気配はない。こっそり人除けの結界を張っていたから当然だけれど、時々先天的に魔法を退けてしまう体質の人がいるから油断はできないのだ。
 安全確認を終え、私は改めて男に向き直った。姿勢も正す。何事かと不審そうに見返す中年太り男の方に両手を伸ばし、手のひらを上に向けた。

「これを見てください」

 私は手のひらに顔を寄せて、ふうっと息を吹きかける。すでに仕込んでいた魔法は吐息に合わせて発動し、世闇の中にキラキラと光る球形の結界が出現した。
 球形の結界は、私が唱えた呪文によって大きくなっていく。片手の手のひらくらいだった球形は、すぐに両手よりも広がって、私の身長の二倍ほどの大きさになった。
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