無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

文字の大きさ
48 / 63
八章 十七歳で一歩前進

(47)就職

しおりを挟む
「防護結界です。中にも入れますよ」

 作った笑顔でそう言うと、ハゲ頭の中年は酔いが覚めたようなしっかりした目で球形結界を見つめた。体が前後左右に微妙に揺れているのは気付かないふりをする。

「こんな中に入れるのか?」
「大きくしておけば入れます。宮廷魔法使いレベルの術師の攻撃くらいは防げます」
「……物理的な攻撃にはどうだ?」
「普通の直接攻撃なら、傷一つつけられないでしょう」
「…………で、その結界はどのくらいの大きさまで作れるんだ?」
「理論上は限度はありません。まあ、私一人で結界を管理するなら、国一つ分なんて大きさは無理ですけど」

 私はにっこり笑って両手をぱんと打ち合わせた。
 空中に大きく広がっていた結界は、その音とともに跡形もなく消える。解除すれば、後始末の心配がないのは結界魔法のいいところだ。これが石の壁とか木製の塀とかなら、作るのも大変だけど後始末が大変だ。

「たぶんお城とその敷地分くらいなら、私一人で気楽に管理できると思いますよ」
「すばらしい! 俺にも運が向いてきたようだ!」

 盛大にゲップをした男がふらふらと近づいてくる。強烈に酒臭かったけれど、私は笑顔を絶やさない。そんな私の肩に手を置いて、酔っ払い特有の無駄に大きな動きでウンウンと何度も頷いた。

「すごい魔力だ。それにかわいいし。いいね、ぜひとも部下になって欲しい」
「相応の待遇を約束してくれるのなら喜んで」

 心の中では踊り回りたいくらいだったけれど、私は落ち着いて見える笑顔を貼り付けた。

「俺はドルゴスって言うんだ。あんたの名は?」
「……えーっと」

 私は名乗る前に考え込んだ。
 ターグは男の名だ。
 最近名乗っていたマーディは、男でも女でもありそうな名前として重宝していた。
 でも今後は私は魔王の部下になる。記念すべき最初の職場で名乗るのにふさわしい名と言えば……。

「シヴィルです」
「そうか、シヴィルちゃんか。よろしくな」

 上司になったばかりの男は機嫌良く笑った。私も、ちょっと緊張しつつも笑顔を向けられたと思う。人間関係は大切だ。
 でもその後は、気合で冷静な待遇交渉を試みた。酔っ払ったドルゴスさんは勢いのままに好条件を並べ立ててきたけれど、私はその一つ一つを書き留めた。
 こう言う酔っ払いは、酒が入っている時は景気のいいことを並べるものだ。それを真に受けると、あとでそんな記憶はないとか、酒の勢いだからとか、そう言う言葉でなかったことにされてしまう。
 だから、きちんと書き残しておいて、相手にも署名をさせねばならない。
 こういうことは、魔獣商人と同行しているうちに覚えた。今まで全く役に立たなかったけれど、ようやく身につけた知識が役に立つ!
 こうして、私はこれから魔王になるドルゴスという男の元で働くことになった。



 契約を交わした私は、まず上司となった男の根城に赴いてみた。
 一応下調べはしていたけれど、上司様はなかなかよい根城を持っていた。たぶん百年くらい前は、貴族とか大商人のための避難場所だったのではないかと思う。最近ではあまり見ない堅固な造りの古城だった。魔族が頻繁に姿を見せていた時代の名残だろう。
 建築当時はたぶん今より魔獣の数が多くて、頻繁に襲ってきていた時代だったはずだ。石造りの壁は城壁並みの厚みがあり、立ち並ぶ柱も丈夫だ。さらに周囲には深い空堀があった。

 私はその堀に水を引き、崩れかけた石壁は補強することを勧めた。私の新しい上司様は、その外見にあわずに資金力があり、魔法を使うまでもなく補修が終わる。その上で、私は魔法の結界を張り巡らせた。お遊びレベルの結界ではなく、魔獣飼育所にも匹敵する本気中の本気の結界だ。
 出来上がった結界を見上げるたびに、私はうっとりとしてしまう。
 我ながら、素晴らしい結界だ。
 強くてしなやかで、根城の周囲を隙なく覆いつくし、それでいて一箇所だけ入口を作っている。

 ……正直なところ、我が上司殿は「魔王」を名乗るには全然物足りない。
 少し腕が立って、恐ろしく丈夫で、妙に人懐っこくて、そこそこ人がついてくる人ではあるけれど、だからと言って魔王という格にふさわしいかといえば……どちらかと言えば地方の悪人の親玉止りだろう。
 でも私がついたからには、上司殿には魔王を名乗ってもらった。

 もっとも、魔王ドルゴス様本人は、玉座で踏ん反り返っているだけだ。
 私が張り巡らせた結界は誰にも破られることはない。隙を見つけてすり抜けてきても、私が個人的に飼っている魔獣が軽く追い払ってくれる。
 正面からくる度胸のいい御一行様は、私の魔法の罠がお迎えする。元野生児の罠は、たぶんへイン兄さん級でないとすり抜けることは難しいだろう。
 腕自慢の男たちが青ざめて逃げ帰る光景を見ながら、私は悪女のような微笑みを練習する毎日だった。
 そんな日々を続けているうちに、私の上司は周囲も認め、恐れられる魔王となった。
 我が魔王ドルゴス様の討伐に来るなら、いつでも来い!
 私が軽く追い返してやろう。何と言っても、私は魔王の第一の部下として恐れられる存在になったのだ!

 魔王そのものになるにはまた先は長いけれど、大きな一歩だ。
 いつも冷静なナイローグも、今の私を見れば驚愕を隠せないに違いない。もしかしたら、あの嫌味なほど整った顔が蒼白になってしまうかもしれない。考えるだけでワクワクする。
 次に彼と会うときは、もしかしたら、私は魔王として何処かの地で君臨しているかもかもしれない。
 見ているがいい、ナイローグ。遠くない日に、あなたは私の前にひれ伏すことになるだろう!



 なのに、現実は。
「……シヴィル……?」
 魔王の膝に座った姿を見られると言う、最悪の再会となってしまった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...