無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

文字の大きさ
50 / 63
幕間 頭を抱える男

(49)絶対に死ぬな

しおりを挟む
「君の身に万が一のことがあれば、財産はおじさんとおばさんに半分。そこまではいいんだけど、残りの半分をあの子にって、本気かい?」
「私の両親は農夫だからな。財産なんてありすぎても困るんだよ」
「それでシヴィルに? 他に誰かいないのか?」
「……いないよ。私の財産なんて貴族に比べればささやかなものだが、少しは足しになるだろう?」
「それはもちろん、あの子がどんな生き方をするにしろ、いろいろ入り用があるからありがたいとは思うけどね。でも、そこまで責任を感じなくてもいいんじゃないかな」

 そう言いながら、ヘインは紙を机に戻す。
 横から見ていたナイローグは、おもむろにヘインの前で片膝をついて頭を垂れた。

「ナイローグ?」
「すまない。シヴィルの行方は全くわからないままだ。手は尽くしているが……この半年以上は動きが全くつかめない」
「やはり君もつかめていないか。まあ、仕方がないよ。あの子は身を隠すことが上達してしまった。……野放しにするとどこまでも飛んでいく子だし、自分の容姿を過小評価しているところがあるからね。余計なトラブルに巻き込まれないことを祈るだけだ。とりあえず、立ってくれ」

 ヘインはそう言って、ナイローグの腕を引っ張って立たせた。
 半ば無理矢理立ち上がらせられたナイローグは、顔を伏せ気味にため息をつく。
 ヘインはそんな親友を見ながら真剣な顔をした。

「正直なところ、私の方が申し訳ないと思っているよ。魔物たちに好かれているから、シヴィルが深刻な状況に陥ることはないと思っている。しかしあの子が無事でも、万が一にもあの子がとんでもないことをしてしまったら……君は出世どころか、首が飛ぶ」
「そうならない事を祈るだけだな」

 ヘインの口調は穏やかなのに、立てた親指を首元で横に動かす物騒な仕草をする。
 それを見たナイローグは冗談めかしながら苦笑した。
 しかしその苦笑もすぐに消え、ため息をつく。その様子に、ヘインは首を傾げた。

「ナイローグ。今、君が思い悩んでいることは責任感からかな? それとも、あの子への個人的な心配か?」
「……両方だ。お前は心配じゃないのか?」
「シヴィルが捕まらないのは、今に始まったことではないからね」
「俺はそこまで達観できないぞ。あいつがまた何かしでかすのではないかと思うとな。こんなことは言いたくないが……正直に言って任務も手につかないくらいだ」

 どさりと来客用の椅子に座ったナイローグは、天井を見上げてまたため息をついた。
 いつもは鋭い目が、魂が抜けているかのように虚ろだ。その間も、剣を持ち慣れた大きな手を開いては握り込みを繰り返している。見るからに落ち着きがない。しかしナイローグ自身は、自分がそんなことをしているとは気づいていないだろう。
 心がここにないのは明らかだ。
 では、どこに心を彷徨わせているのか。正確に言えば、誰のことを思い悩んでいるのか。
 執務用の机に体重を預けて立ちながら、ヘインは興味深そうに親友を見ていた。

 ヘインには、親友の異常の原因はわかっている。シヴィルの事を話す時、厳しい表情を緩め、とても楽しそうに笑うことに少し前から気付いていた。しかしその事をわざわざ指摘してやるつもりはなかった。
 たぶんナイローグも、自分の不調がただの心配のし過ぎではないことに気づいている。気付いていても言葉にしようとはしない。シヴィルは六人目の弟妹だと言い張るだけだろう。

 彼が言葉にしないのなら、ヘインが口を挟むことではない。
 兄としての複雑な心情と折り合ってしまえば、ナイローグの現状は見ていて非常に面白い。鋼鉄のような理性が密かに揺れている様子を垣間見るのも、珍獣観察めいていて楽しいものだ。
 そんな親友に気づく様子もなく、ナイローグはまた気の抜けたようなため息をついた。

「……今まで何度も接触していたのにな。無理矢理でも捕まえておけばよかった。後悔しているよ」
「うん、でも君は見逃し続けたよね。あの子が自由に生きている姿は、見ていて楽しかったのだろう? 私もあの子の不屈さは大好きだよ。若いってだけじゃないよね。どうしてあんなに元気なのかな」

 ヘインは小さく笑いながら机を離れ、いささかだらしなく椅子に座り込むナイローグの肩をポンと叩いた。

「あの子を見ていたら、息を詰めて生きていくのがバカバカしくなったよ。だから、私はここに来た。これからは君が矢面に立つ必要はない。文句のある連中とは私がやりあうよ」
「しかし……」
「こう見えて、私の神経は図太いって知っているだろう? 権威至上主義者には母さん似のこの顔が有効だし、けっこう楽しめると思うよ」
「……すまない」
「謝るのはこちらだよ。ナイローグもぼんやりする暇はなくなるからね。……私が表舞台に立つということは、シヴィルにも何らかの影響が出てくる。だからあの子を探し出して、しっかり見張ってもらわなければならない」
「そうだな。……まずは今度の任務で生きて戻ってくることだな。腑抜けている場合ではないな」

 ナイローグは苦笑しながら立ち上がった。
 腰に下げた剣が騒々しい音をたてる。それを手で押さえて剣帯ごと外す。乱れていた髪は両手でざっと撫でつけ直した。
 ずっと着たままだった私服を手早く脱いで、見かけ以上に重くて丈夫な制服に腕を通し、剣を帯び直す。ばさりとマントを羽織ったナイローグから、少し前までの人間的なもろさは完全に隠れてしまった。今の彼は、絶対的な強さの象徴そのものだ。そうでなければならない職務で、彼もそうであろうとし続ける。
 こういう男だから、シヴィルに頭が硬いとか口うるさいとか評される。常識人すぎると敬遠されつつも懐かれてきた。
 黙って見ていたヘインは、親友の前に立って目を合わせた。

「ナイローグ。こんな事は言いたくないが……絶対に死ぬなよ」
「俺だってそう簡単には死ぬつもりはない。だが、状況によっては……」
「駄目だ。絶対に死ぬな。君が職務を優先すると言うのなら、私は死ぬなと命じるよ」

 ヘインはナイローグの両肩に手を置き、ぐっと押さえ込みながら顔を近づけてささやいた。

「シヴィルのためにも、絶対に死んではならない。あの子は君がいるから自由に飛び回っていられるのだから」
「ヘイン?」
「だいたいね、あの子を捕まえられるのはナイローグだけなのだから、必ず戻ってきてあの子を村に連れ戻してもらわなければ困るんだよ」
「……そうだな。それが俺の一番厄介で最優先の仕事だったな」

 ナイローグは笑った。
 その笑顔に、ヘインも笑う。そして両肩から手を離し、軽く握った拳で親友の胸板を叩いた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...