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幕間 頭を抱える男
(49)絶対に死ぬな
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「君の身に万が一のことがあれば、財産はおじさんとおばさんに半分。そこまではいいんだけど、残りの半分をあの子にって、本気かい?」
「私の両親は農夫だからな。財産なんてありすぎても困るんだよ」
「それでシヴィルに? 他に誰かいないのか?」
「……いないよ。私の財産なんて貴族に比べればささやかなものだが、少しは足しになるだろう?」
「それはもちろん、あの子がどんな生き方をするにしろ、いろいろ入り用があるからありがたいとは思うけどね。でも、そこまで責任を感じなくてもいいんじゃないかな」
そう言いながら、ヘインは紙を机に戻す。
横から見ていたナイローグは、おもむろにヘインの前で片膝をついて頭を垂れた。
「ナイローグ?」
「すまない。シヴィルの行方は全くわからないままだ。手は尽くしているが……この半年以上は動きが全くつかめない」
「やはり君もつかめていないか。まあ、仕方がないよ。あの子は身を隠すことが上達してしまった。……野放しにするとどこまでも飛んでいく子だし、自分の容姿を過小評価しているところがあるからね。余計なトラブルに巻き込まれないことを祈るだけだ。とりあえず、立ってくれ」
ヘインはそう言って、ナイローグの腕を引っ張って立たせた。
半ば無理矢理立ち上がらせられたナイローグは、顔を伏せ気味にため息をつく。
ヘインはそんな親友を見ながら真剣な顔をした。
「正直なところ、私の方が申し訳ないと思っているよ。魔物たちに好かれているから、シヴィルが深刻な状況に陥ることはないと思っている。しかしあの子が無事でも、万が一にもあの子がとんでもないことをしてしまったら……君は出世どころか、首が飛ぶ」
「そうならない事を祈るだけだな」
ヘインの口調は穏やかなのに、立てた親指を首元で横に動かす物騒な仕草をする。
それを見たナイローグは冗談めかしながら苦笑した。
しかしその苦笑もすぐに消え、ため息をつく。その様子に、ヘインは首を傾げた。
「ナイローグ。今、君が思い悩んでいることは責任感からかな? それとも、あの子への個人的な心配か?」
「……両方だ。お前は心配じゃないのか?」
「シヴィルが捕まらないのは、今に始まったことではないからね」
「俺はそこまで達観できないぞ。あいつがまた何かしでかすのではないかと思うとな。こんなことは言いたくないが……正直に言って任務も手につかないくらいだ」
どさりと来客用の椅子に座ったナイローグは、天井を見上げてまたため息をついた。
いつもは鋭い目が、魂が抜けているかのように虚ろだ。その間も、剣を持ち慣れた大きな手を開いては握り込みを繰り返している。見るからに落ち着きがない。しかしナイローグ自身は、自分がそんなことをしているとは気づいていないだろう。
心がここにないのは明らかだ。
では、どこに心を彷徨わせているのか。正確に言えば、誰のことを思い悩んでいるのか。
執務用の机に体重を預けて立ちながら、ヘインは興味深そうに親友を見ていた。
ヘインには、親友の異常の原因はわかっている。シヴィルの事を話す時、厳しい表情を緩め、とても楽しそうに笑うことに少し前から気付いていた。しかしその事をわざわざ指摘してやるつもりはなかった。
たぶんナイローグも、自分の不調がただの心配のし過ぎではないことに気づいている。気付いていても言葉にしようとはしない。シヴィルは六人目の弟妹だと言い張るだけだろう。
彼が言葉にしないのなら、ヘインが口を挟むことではない。
兄としての複雑な心情と折り合ってしまえば、ナイローグの現状は見ていて非常に面白い。鋼鉄のような理性が密かに揺れている様子を垣間見るのも、珍獣観察めいていて楽しいものだ。
そんな親友に気づく様子もなく、ナイローグはまた気の抜けたようなため息をついた。
「……今まで何度も接触していたのにな。無理矢理でも捕まえておけばよかった。後悔しているよ」
「うん、でも君は見逃し続けたよね。あの子が自由に生きている姿は、見ていて楽しかったのだろう? 私もあの子の不屈さは大好きだよ。若いってだけじゃないよね。どうしてあんなに元気なのかな」
ヘインは小さく笑いながら机を離れ、いささかだらしなく椅子に座り込むナイローグの肩をポンと叩いた。
「あの子を見ていたら、息を詰めて生きていくのがバカバカしくなったよ。だから、私はここに来た。これからは君が矢面に立つ必要はない。文句のある連中とは私がやりあうよ」
「しかし……」
「こう見えて、私の神経は図太いって知っているだろう? 権威至上主義者には母さん似のこの顔が有効だし、けっこう楽しめると思うよ」
「……すまない」
「謝るのはこちらだよ。ナイローグもぼんやりする暇はなくなるからね。……私が表舞台に立つということは、シヴィルにも何らかの影響が出てくる。だからあの子を探し出して、しっかり見張ってもらわなければならない」
「そうだな。……まずは今度の任務で生きて戻ってくることだな。腑抜けている場合ではないな」
ナイローグは苦笑しながら立ち上がった。
腰に下げた剣が騒々しい音をたてる。それを手で押さえて剣帯ごと外す。乱れていた髪は両手でざっと撫でつけ直した。
ずっと着たままだった私服を手早く脱いで、見かけ以上に重くて丈夫な制服に腕を通し、剣を帯び直す。ばさりとマントを羽織ったナイローグから、少し前までの人間的なもろさは完全に隠れてしまった。今の彼は、絶対的な強さの象徴そのものだ。そうでなければならない職務で、彼もそうであろうとし続ける。
こういう男だから、シヴィルに頭が硬いとか口うるさいとか評される。常識人すぎると敬遠されつつも懐かれてきた。
黙って見ていたヘインは、親友の前に立って目を合わせた。
「ナイローグ。こんな事は言いたくないが……絶対に死ぬなよ」
「俺だってそう簡単には死ぬつもりはない。だが、状況によっては……」
「駄目だ。絶対に死ぬな。君が職務を優先すると言うのなら、私は死ぬなと命じるよ」
ヘインはナイローグの両肩に手を置き、ぐっと押さえ込みながら顔を近づけてささやいた。
「シヴィルのためにも、絶対に死んではならない。あの子は君がいるから自由に飛び回っていられるのだから」
「ヘイン?」
「だいたいね、あの子を捕まえられるのはナイローグだけなのだから、必ず戻ってきてあの子を村に連れ戻してもらわなければ困るんだよ」
「……そうだな。それが俺の一番厄介で最優先の仕事だったな」
ナイローグは笑った。
その笑顔に、ヘインも笑う。そして両肩から手を離し、軽く握った拳で親友の胸板を叩いた。
「私の両親は農夫だからな。財産なんてありすぎても困るんだよ」
「それでシヴィルに? 他に誰かいないのか?」
「……いないよ。私の財産なんて貴族に比べればささやかなものだが、少しは足しになるだろう?」
「それはもちろん、あの子がどんな生き方をするにしろ、いろいろ入り用があるからありがたいとは思うけどね。でも、そこまで責任を感じなくてもいいんじゃないかな」
そう言いながら、ヘインは紙を机に戻す。
横から見ていたナイローグは、おもむろにヘインの前で片膝をついて頭を垂れた。
「ナイローグ?」
「すまない。シヴィルの行方は全くわからないままだ。手は尽くしているが……この半年以上は動きが全くつかめない」
「やはり君もつかめていないか。まあ、仕方がないよ。あの子は身を隠すことが上達してしまった。……野放しにするとどこまでも飛んでいく子だし、自分の容姿を過小評価しているところがあるからね。余計なトラブルに巻き込まれないことを祈るだけだ。とりあえず、立ってくれ」
ヘインはそう言って、ナイローグの腕を引っ張って立たせた。
半ば無理矢理立ち上がらせられたナイローグは、顔を伏せ気味にため息をつく。
ヘインはそんな親友を見ながら真剣な顔をした。
「正直なところ、私の方が申し訳ないと思っているよ。魔物たちに好かれているから、シヴィルが深刻な状況に陥ることはないと思っている。しかしあの子が無事でも、万が一にもあの子がとんでもないことをしてしまったら……君は出世どころか、首が飛ぶ」
「そうならない事を祈るだけだな」
ヘインの口調は穏やかなのに、立てた親指を首元で横に動かす物騒な仕草をする。
それを見たナイローグは冗談めかしながら苦笑した。
しかしその苦笑もすぐに消え、ため息をつく。その様子に、ヘインは首を傾げた。
「ナイローグ。今、君が思い悩んでいることは責任感からかな? それとも、あの子への個人的な心配か?」
「……両方だ。お前は心配じゃないのか?」
「シヴィルが捕まらないのは、今に始まったことではないからね」
「俺はそこまで達観できないぞ。あいつがまた何かしでかすのではないかと思うとな。こんなことは言いたくないが……正直に言って任務も手につかないくらいだ」
どさりと来客用の椅子に座ったナイローグは、天井を見上げてまたため息をついた。
いつもは鋭い目が、魂が抜けているかのように虚ろだ。その間も、剣を持ち慣れた大きな手を開いては握り込みを繰り返している。見るからに落ち着きがない。しかしナイローグ自身は、自分がそんなことをしているとは気づいていないだろう。
心がここにないのは明らかだ。
では、どこに心を彷徨わせているのか。正確に言えば、誰のことを思い悩んでいるのか。
執務用の机に体重を預けて立ちながら、ヘインは興味深そうに親友を見ていた。
ヘインには、親友の異常の原因はわかっている。シヴィルの事を話す時、厳しい表情を緩め、とても楽しそうに笑うことに少し前から気付いていた。しかしその事をわざわざ指摘してやるつもりはなかった。
たぶんナイローグも、自分の不調がただの心配のし過ぎではないことに気づいている。気付いていても言葉にしようとはしない。シヴィルは六人目の弟妹だと言い張るだけだろう。
彼が言葉にしないのなら、ヘインが口を挟むことではない。
兄としての複雑な心情と折り合ってしまえば、ナイローグの現状は見ていて非常に面白い。鋼鉄のような理性が密かに揺れている様子を垣間見るのも、珍獣観察めいていて楽しいものだ。
そんな親友に気づく様子もなく、ナイローグはまた気の抜けたようなため息をついた。
「……今まで何度も接触していたのにな。無理矢理でも捕まえておけばよかった。後悔しているよ」
「うん、でも君は見逃し続けたよね。あの子が自由に生きている姿は、見ていて楽しかったのだろう? 私もあの子の不屈さは大好きだよ。若いってだけじゃないよね。どうしてあんなに元気なのかな」
ヘインは小さく笑いながら机を離れ、いささかだらしなく椅子に座り込むナイローグの肩をポンと叩いた。
「あの子を見ていたら、息を詰めて生きていくのがバカバカしくなったよ。だから、私はここに来た。これからは君が矢面に立つ必要はない。文句のある連中とは私がやりあうよ」
「しかし……」
「こう見えて、私の神経は図太いって知っているだろう? 権威至上主義者には母さん似のこの顔が有効だし、けっこう楽しめると思うよ」
「……すまない」
「謝るのはこちらだよ。ナイローグもぼんやりする暇はなくなるからね。……私が表舞台に立つということは、シヴィルにも何らかの影響が出てくる。だからあの子を探し出して、しっかり見張ってもらわなければならない」
「そうだな。……まずは今度の任務で生きて戻ってくることだな。腑抜けている場合ではないな」
ナイローグは苦笑しながら立ち上がった。
腰に下げた剣が騒々しい音をたてる。それを手で押さえて剣帯ごと外す。乱れていた髪は両手でざっと撫でつけ直した。
ずっと着たままだった私服を手早く脱いで、見かけ以上に重くて丈夫な制服に腕を通し、剣を帯び直す。ばさりとマントを羽織ったナイローグから、少し前までの人間的なもろさは完全に隠れてしまった。今の彼は、絶対的な強さの象徴そのものだ。そうでなければならない職務で、彼もそうであろうとし続ける。
こういう男だから、シヴィルに頭が硬いとか口うるさいとか評される。常識人すぎると敬遠されつつも懐かれてきた。
黙って見ていたヘインは、親友の前に立って目を合わせた。
「ナイローグ。こんな事は言いたくないが……絶対に死ぬなよ」
「俺だってそう簡単には死ぬつもりはない。だが、状況によっては……」
「駄目だ。絶対に死ぬな。君が職務を優先すると言うのなら、私は死ぬなと命じるよ」
ヘインはナイローグの両肩に手を置き、ぐっと押さえ込みながら顔を近づけてささやいた。
「シヴィルのためにも、絶対に死んではならない。あの子は君がいるから自由に飛び回っていられるのだから」
「ヘイン?」
「だいたいね、あの子を捕まえられるのはナイローグだけなのだから、必ず戻ってきてあの子を村に連れ戻してもらわなければ困るんだよ」
「……そうだな。それが俺の一番厄介で最優先の仕事だったな」
ナイローグは笑った。
その笑顔に、ヘインも笑う。そして両肩から手を離し、軽く握った拳で親友の胸板を叩いた。
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