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33 マハの秘めた力

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王太子の病については翡翠の耳にも入っていた。しかも面会謝絶でここ数日王太子には会えていない。

私を助けたせいで……

王太子の病が魔獣の傷が原因だと知り、翡翠は自分を責めていた。病状は重く、医師や魔術師の手に負えないらしい。今夜が峠だと、泣き腫らした侍女から聞いていた。心配ばかりがつのる。自分が何とかしなければ。

強い思いにかられ、翡翠は部屋を飛び出した。


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庭園の銀木犀の前に翡翠はいた。もう夕闇が迫っている。

この方法は本当は使ってはならないのだけれど。

翡翠が頬に当てたハンカチに顔を赤らめ戸惑っている愛らしい王太子が脳裏をよぎる。疲労や病で倒れるたび自分を献身的に看病してくれた心優しい人。

王太子を助けたい。春の日差しのように笑うあの人の元気な姿をもう一度見たい。

覚悟を決めたように翡翠は銀木犀の前にひざまずき、両手を胸の前で交差させ、祈り始めた。

「マハの大地よ。聖なる気を我が身に捧げよ。大事なる者の命に吹き込む、マハの霊気を」

マハから取り寄せた銀木犀を通じ、遠い地のマハより、大地の気が翡翠に集まり始める。

木々、草花、土、岩石、河川──銀色の聖なる気が空中に漂い始め、ルヒカンドの翡翠のもとに駆けつけていく。

日没の闇の中で、翡翠の体が銀光をまとい始めた。しばらくして充分に気を集め終えた翡翠が立ち上がり、王太子の部屋へと向かった。


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道中、兵士や侍女、見舞いに来るも会えずじまいの貴族たちが翡翠の姿を見て仰天していく。その中にブランカもいた。

「なん、なの? あの姿は──!?」

神々しく銀光を放ち凜然と歩みを進める翡翠の姿。

誰かが「女神か」と呟くと、さざなみのように「神」「神なのか?」と畏怖を込めた声が伝染していく。ガネシュもその群衆の中にこっそりと紛れ込んでいた。

“産土神“というワードがガネシュの脳裏に浮かんだ。何をするつもりだろう。好奇心が優って、ガネシュは翡翠の行動を見守ることにした。

誰も翡翠を止める者はいなかった。いや、止めようとしても、体がこわばって思うように動かなかった。内心みな、触れてはならない存在だと強烈に感じとっていた。

「お待ちなさい!」

ブランカが立ちはだかろうとするも、足がガクガクして前に進めずつまずいて倒れ込んでしまった。翡翠はブランカを気にも留めず歩みを進める。

王太子の部屋の前に到着した翡翠を神にでも会ったかのように屈強な兵がガタガタ震えながら扉を開ける。

王と王妃が心配と疲労とで、奥のソファーで眠っているのが見える。室内にいる侍女や医師や魔術師たちが、銀光をまとう翡翠を見るや否や、畏れおののき、さあっと壁際まで下がる。

ルシウスだけは翡翠を制止しようとするも、翡翠は片手を上げてルシウスを退ける。

寝台に顔色悪くやつれた姿で横たわる王太子のすぐそばに、翡翠は立った。

「殿下」

返事はない。すでに意識がなかった。長い金色のまつ毛は固く閉じられたままだ。王太子の命がもう幾許いくばくも無いことは翡翠にもわかった。

「これまでの礼だ」

マハ語でそう語りかけた後、周囲が畏怖の目で遠くから見守る中、翡翠は王太子にそっと唇を重ねた。
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