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第二十話 さらば、忠興!

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加藤清正の改易を聞いた黒田如水は驚いた。
ーーあっさりと改易を受け入れるとは。裏で操っているのは恐らく……

勘の鋭い如水は北政所の仕業だと気づく。
「これは……困ったな」
彼は九州を制した後に第三極になるつもりだったと言われているが、それはなかっただろう。
どう戦略を立てても当時の東軍の勢いには遠く及ばない。
むしろ、家族を大切にする如水は周囲の保身のために東軍に与したように思われる。

話を戻そう。

今、着々と北政所主導の切り崩しをされている。
時が経てば経つほどに不利になるだろう。
本来なら会津征伐に向かう時期だが、直江兼続は同じことを察して、のらりくらりと家康の返事をかわしている。

ーー次に切り崩されるのは誰だ?

如水は窓の外から光る朝日を眺めていた。


一方の北政所は孝直から報告を受けていた。

「やはり黒田、鍋島が絡んでいましたか」

「はい、おそらくは敵となりましょう……ですが、先ほど黒田如水から謝罪文が届いておりまして、動くことが……そして、浅野幸長も家康や武断派とは縁を切るとのこと」

浅野幸長は、甥であり処罰はやりにくい。
謝罪を行った黒田長政を処罰はできない。
しかし、一人だけ動かない男がいた。

細川忠興だ。

知性があり勇猛ではあるが、性格面で問題がある。
短気であり豊臣秀吉のことを下に見ている。

北政所の予想通り、謝罪はしない。

北政所は孝直を通じて、世を乱した罪として国の半分を大友に明け渡すようにと文を送るが全く返事はない。

これは好機だ。

細川忠興は豊臣方を舐めていた。

ーー今はすでに徳川の世。豊臣家など取るに足らん。

忠興は妻であるガラシャに執拗に言い寄ってきて垢抜けない秀吉を心底嫌っていた。

乳母などの人々を残酷に殺したりしてきたがガラシャだけは忠興を見捨てることはなかった。
そんな妻が下品な男に言い寄られている。

ーー滅んでもらうぞ、秀吉。


忠興は外を見た。

大友、立花、毛利、島津の旗を持った兵士たちが取り囲んでいる。

最初から細川家を潰し、大友家を再興するつもりだったようだ。
彼らの戦闘準備は整っている。
しかし、こちらは徴兵する準備すらできていない。

ーー北政所……いや、裏で描いていたのは清正を改易させた法正だろう。負けたわ。

忠興は豪快に笑った。

「松井康之殿が入城前に!」

報告した部下をぶった斬り、笑う。

「あはは! 面白い! この忠興、死など恐れはせん!」

ガラシャは忠興に寄り添う。

「お前様、これは良い光景。デウス様の元にいる父上に武功をお見せ下さいませ」

忠興はガラシャの言葉に頷き、城内にいる兵士をかき集めた、

彼の元には名だたる剣豪や弓の名手など武芸者たちがいる。
700人ほどの兵士を集めて、一部の箇所のみ城門を開けて、そこに敵兵を集結させる。
あとは武芸者たちに闘わせる。

三日待てば援軍と戦闘体勢は整うだろう。

激しい攻防であった。
名だたる武芸者が敵兵を斬っていく。

忠興は感じていた。
彼らと共に人を斬る快楽。

ーー武士として生まれて、果てる……何と幸せなことか。

三成側からも数十名の援軍。
彼らを率いる勘兵衛と後藤又兵衛。
彼らも槍の名手であり、次々と槍で敵兵を倒していく。

「ガハハ! これは面白い! 三成殿のもとに来れてよかったわい!」

「又兵衛、覚悟!」

背後から斬りつけようとする武士。

又兵衛はハッと背後を見るが、武士は倒れている。

次の瞬間、敵兵がバッタバッタと倒れている。

忠興が屈託ない声で

「これが孫六を倒した死神か!? 見れてよかったぞ! 彼岸への土産となろう!」

平兵衛が身を潜めて撃っていたのだ。

彼は敬意をもって忠興の肩を撃ち抜く。

屋敷にいた主要な配下は全て囚われている。

さらに

「チェストォ!」

屈強な薩摩隼人が前線にやってきた。

忠興は狂喜して闘いの中に消えていく。

激しい戦闘だった。
死体が溢れている。

忠興はこの一日で歴史に残る武将となりえた。

やがて、本丸は焼かれ、血まみれの忠興はガラシャのもとにやってきた。

「あははは! たくさん斬ってきたぞ!」
「左様でございますか」
ガラシャは微笑んだ。

「斬って斬られて……最高の日であった! 死神にも会ったぞ! 凄まじかった。確かに奴らに負けた! だが、豊臣秀吉には負けておらん! 三成の死神、薩摩兵、法正という男に負けたのだ! 最高の負け戦であるぞ!」

ガラシャと忠興は無邪気に昔話をしながら、話していた。

ーー暑いな。

城は燃えている。
次第に忠興の意識が薄くなり、フラフラと話す言葉に論理性がなくなっていく。

「お眠りくださいませ」

忠興は頷き、目を閉じる。
ガラシャは微笑み、二人は炎と体を一つにさせていく。

古くから残る細川家が日本史の中から消えた瞬間であった。

数日後、焼けた城を修復するための工事が行われた。

大友義統は手を合わせて忠興とガラシャの冥福を祈っていた。
又兵衛は義統の隣で手を合わせて、彼に話しかけた。

「忠興殿が大切に護られた地。以前のような軽率な態度を取るでないぞ」

「しかと心得ております」

修復作業を手伝いに来ていた島津義弘も手を合わせ、冥福を祈っている。

「素晴らしい戦でごわした……忠興殿と戦えたこと、一生の誉でごわす」

平兵衛は彼らを見つめて微笑む。

様々な戦いを経てきた。
自分の中でも忠興との一戦は心に残るもの。

彼は忠興への敬意をもって、不慣れに手を合わせ、忠興とガラシャに冥福を祈っていた。



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