修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第三百十二話『影の獣』

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 周りには影の領域があり、外からはそれを砕かんとする弾丸が生み出す衝撃音が聞こえてくる。……そして正面には、瞳を潤ませるツバキの姿があった。

「……確かに、だいぶ追い詰められてるね。この領域がなくなったら僕たちもろともハチの巣か」

「ああ、正直ボクとマルクじゃ籠城するしか選択肢がない状況だ。……ボクのエゴでこんなことに巻き込んでしまって、本当に――」

 ごめんと続きかけたツバキの言葉を、メリアが伸ばした右手が遮る。驚いたようにこちらを見上げるツバキに視線を合わせて、メリアは優しい声色で告げた。

「いいんだよ、むしろ謝らなくちゃいけないのは僕の方だから。身勝手な考えに身を任せて、姉さんの大切な人を手にかけようとした。……本当なら、一生許されなくたっておかしくない話だよ」

 実際許されないと思っていたし、許されなくてもいいと思っていた。でもそうじゃなかったから、今メリアはこうやって立てている。だから、この力はツバキのために使うのだ。

 自分の内側にある影の気配を探って、それを外側へと引きずり出す。影の鎧がメリアの全身を覆うまで、そう長い時間はかからなかった。

 ツバキからすれば今目覚めたのは偶然なのかもしれないけれど、メリアからしてみればこれは自分の意志だ。助けを求める声が聞こえて、力になりたいと願ったからメリアはここにいる。言ってしまえば、これだってメリアのエゴみたいなものなのだ。

「それなのに、姉さんは僕のことを弟だって言ってくれた。死んでほしくないって願ってくれて、助けてくれた。……その思いに応えなきゃ、僕は本当に弟失格だよ」

 弟失格と言われてもおかしくないことを散々やらかしてきたことは一旦棚に上げて、メリアはツバキにまっすぐ告げる。これは誰に強制されたのでもない自分の意志なのだと、そう伝えるために。

「我儘な話だけど、僕は姉さんの弟でいたいんだ。だから、まずはあの日の約束を果たさなくっちゃ」

「……っ!」

『約束』と口に出した瞬間、ツバキの眼が驚いたように見開かれる。あっけにとられたようなその表情は想像していたよりもよっぽど幼くて、思わず笑みがこぼれた。

 十年の時を経ても、ツバキは完全に変わってしまったわけじゃない。……その根っこは、一番大事な部分は、メリアが守りたいと思ったあの日のツバキのままだ。きっとそれが変わることはこれからもないんだろうと、今の表情を見ればはっきりと分かる。

 だからこそ、メリアはツバキの『これから』を守らなくてはいけないのだ。新しく見つけた大切な人たちの傍で、ツバキがいつまでも笑っていられるように。

「じゃあ、行ってくるね。姉さんたちは気楽にお話でもしながら待ってて」

――絶対、無事で返ってくるから。

 最後にそう言い残して、メリアは影の領域の外へと飛び出す。広々とした庭園の景色に似つかわしくない武器を構えた集団が周囲にいることを、メリアは一瞬にして察知した。

 さっきまで影の領域を攻撃していたのは、奴らが持つ魔銃のようなものから放たれる弾丸だったのだろう。その程度の攻撃でツバキの領域が破れるとも思えないが、ツバキに銃口を向けているという事自体がメリアにとっては不愉快だ。

「影よ、刃となれ」

 ローブ集団の一人に目を付けて、メリアは影の刃をより鋭く研ぎ澄ませる。暴走の記憶がちらりと脳裏をよぎったが、その恐怖がメリアを委縮させることはない。……今のメリアには、守るべきものがはっきりと見えているのだから。

 突如現れたメリアに対していくつかの銃口が向けられたものの、メリアはそれに構わずまっすぐ突っ込んでいく。さっきまで散々受けてきたリリス・アーガストの攻撃に比べれば、高々銃弾なんてあくびが出る程度のものでしかない。

「は……あああッ‼」

 影を纏わせた足元に力を籠め、メリアは身を低くして突進する。黒い風となったメリアの身体は弾丸すら置き去りにして男の懐へと迫り、その無防備な胴体を影の刃が無残に貫いた。

 それを引き抜くと同時、赤い血しぶきがメリアの身体に付着する。だが、そんなことはどうでもいい話だ。いくらこの手が血で汚れようとどうなろうと、メリアがやるべきことは何も変わらない。

「……さあ、次だ」

 崩れ落ちる襲撃者の姿に目もくれることなく、メリアは次の標的へと視線を合わせる。目深にかぶったローブのせいで表情は見えなかったが、かすかに震える銃口がその恐怖心をあまりにも雄弁に語っていた。

 当然その状態で弾丸が狙ったところに放たれるはずもなく、影の刃は二人目の獲物を両断する。そうして次の標的を見定めようとしたその瞬間、背後から濃密な殺気が迫ってきた。

 それに気づいてとっさに飛び退けば、さっきまでメリアが立っていた地面に向かってハンマーが叩きつけられる。流石に即死とまではいかないだろうが、アレを食らっては流石に無傷ではいられないだろう。……思っていた以上に、混乱への適応が早い。

 気が付けばメリアには四人からの視線が集中しており、なおもツバキたちを殺そうとする四人の襲撃者を守るようにして陣形を組んでいる。武器もいつの間にか近接用の代物に持ち替えられており、いくらメリアの影魔術でも一撃で決着をつけるのは難しいだろう。

 だが、その現状を嘆いても希望が転がり込んでくるわけではない。姉の声に応えてここまで来た以上、最初から引き下がるなんて選択肢は放り捨てているも同然なのだ。

「くっ、お……おおッ‼」

 続けざまに振り下ろされたハンマーを回避し、その着地を狙うように踏み込んできた槍の一突きをはじき返し、その隙に背後を取ろうとした短剣使いを後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。それぞれの練度はお世辞にも一流と言えるほどのものではないが、流れるようなその連携は十分に厄介だった。

 メリアには体勢を整える時間が与えられず、しかし相手はしっかり構えを作ってから攻撃してくる。このアドバンテージはやはり苦しいもので、短剣使いとほぼ同じタイミングで打ち込まれた長剣に寄る一撃は影の鎧を掠めて引き裂いていた。

 影の鎧自体は補修で何とでもなるが、これが自分の身体まで到達してしまうとなると厄介だ。影魔術は様々な使い道に対して適性を持つが、外傷を癒すことだけは数少ない不得手だと言ってもいい分野なのだから。

(……やるしかない、か?)

 流れるように連携してくる相手に対して余裕を残そうと思えるほど、メリアは自分の実力に信頼を置いていない。メリアが優れているのは負けに負け続けて身についた根性だけで、残りの才覚は凡人もいいところだ。本当にツバキと才能を半分に分け合ったのかと疑いたくなるけれど、今までの事を想うにその前提は疑いようがない。

 そんな少し後ろ向きな思考が、メリアに全力を出すことを決断させる。治ったばかりの身体に鞭を打つのが良くないことだとは分かっていたが、無事に帰るという約束を守る方が先決だった。

「……影、よ――」

 再度振り下ろされたハンマーを回避して、メリアは意識を自分の内側へと集中する。……自分の奥深くにあるドロリとしたものを捉えたのは、それからほどなくしての事だった。

 それこそがメリアに与えられた才能、凡人をここまで押し上げてくれた一番の理由だ。――メリアが『影の巫女』の血を引く者であることの、一番分かりやすい証明でもある。
 
 その存在を恨めしく思えばいいのか感謝すればいいのか、メリアはずっとよく分かっていなかった。この体に影魔術への適性がなければどれだけよかったかと、そう思った日も一日や二日じゃない。影のおかげで身についた強さもあったけれど、それも元を辿ればツバキと分けあったものな訳で。……素直に感謝を告げるには、少し事情が複雑すぎた。

――だけど、その疑問に悩むのも今日で終わりだ。この影こそがメリアとツバキを結び付けてくれる繋がりであるのだと、今のメリアははっきりと理解している。たとえ望まれず分かたれたのだとしても、それは間違いなく姉弟の証だった。

 もしもメリアに影魔術の適性がなければ、きっとツバキは里の皆から歓迎される『影の巫女』として大成していただろう。だが、その隣にきっとメリアの姿はいない。この体に宿る影魔術を否定することは、ツバキとの血の繋がりを否定することに等しいのだから。

 そうなるのは嫌だから、メリアは自分の影を受け容れる。それがたとえツバキに継がれるはずだった才能であろうとも、メリアにとっては大切な姉との繋がりだ。だから、それに頼ることをためらう理由なんてどこにもありはしないわけで――

「――僕の望みに、応えてくれ」

 形がないくせにやたらと重たい影を力強く引っ張り上げて、メリアの手足へと纏わせる。剣や鎧としてではなく、自らの肉体の延長として。――その過程が終わった瞬間、感覚が異様に研ぎ澄まされていくのをメリアははっきりと自覚した。

 影で編まれた鎧は偽りの肉体へと変わり、剣は爪や牙へとその形を変える。前かがみになってだらりと両手を垂らすその姿は、まるで狩りをする肉食獣のようだ。獰猛で野性的であるが故に近づくもの全てを引き裂いてしまうような危うさを、今のメリアは纏っている。

 一瞬にして起きたメリアの変容に、襲撃者たちも警戒して一歩距離を置く。……その視線の先で、メリアは荒い息を吐いていた。

 鼓動が不規則に跳ね、研ぎ澄まされた感覚が体内を循環する燃えるような熱さをうるさく主張する。体の内側がじんじんと痛みを訴えて、気を強く持っていなければすぐにでも破綻してしまいそうだ。……体の中を絶えず高速で循環し続ける魔力に、身体が耐えられていない。

(……すぐに、終わらせないと)

 絶えず体の中を走る苦痛に顔を歪めながら、メリアはそう強く決意する。自らが持つ魔力のほとんどを費やして繰り出す最後の切り札は、立っているだけでメリア自身にも強い苦痛をもたらす文字通りの諸刃の剣だ。……できることなら、使いたくなかったというのが本音だが。

「……だけど、負けるわけにはいかないんだよ」

 絶えず出てくる弱音を全て噛み潰して、メリアはゆっくりと体を揺らす。……たとえこの体がどれだけ傷ついていようとも、メリアは倒れるわけにはいかない。ツバキたちの活路を切り開くまでは、足を止めてはいけないのだ。

 身を落として、地面を踏みしめる。普段よりも深く足が地面を捉えている感覚があって、緊張していたメリアの表情が少しだけほころんだ。

 ついさっき気絶して治療を受けていた身のはずなのに、むしろいつもより調子がいいのだから不思議なものだ。今ならリリスの剣ですら見極められてしまうのではないかと、そんな根拠のない自信があふれてくる。……まあ、もう彼女らと剣を交える気は微塵もないのだけれど。

「むしろこれは恩返しだ。……だから、気張っていかなくちゃね」

 脱力していた体に力を入れ、メリアはハンマーを持った襲撃者に照準を定める。それが攻撃の事前動作だと気づいた襲撃者たちもとっさに迎撃のための姿勢を取ったが、今のメリアにとってその動きはあまりにも緩慢だった。

「る……ッ、ああああああーーーッ‼」

 相手の体勢が整うよりも先にメリアの一撃が襲撃者の胸を直撃し、赤い血しぶきを上げながら大柄な体があおむけに倒れていく。やけにスローモーションに見えるその過程を最後まで見届けてから、メリアは口の端を大胆に釣り上げて――

「……さぁ、勝負はここからだ!」

――堂々と、そう吠えた。
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