修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第三百十四話『ごめんねと伝えて』

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――影の外から聞こえてきた音が止んでからしばらくして。ひとまず安全だと踏んで外に出た俺たちの目に飛び込んできたのは、肩を上下させて荒い息を吐く一人の少年――メリアの姿だった。

 その周りには無数の血だけが飛び散っていて、メリアの激闘を雄弁に物語っている。転移魔術によって逐一投入されていた追加戦力も投入される様子はなく、庭園の半分ほどはもう完全に制圧されていると言ってもよかった。

 そんな風に俺が考える頃には、ツバキは弾かれたようにメリアの下へと駆けだしている。両手を広げて走っていくその姿は、『タルタロスの大獄』でリリスと再会した時の様子にそっくりだ。――なんだかんだ言っても、メリアとツバキの大切さに優劣なんて簡単につけられるものではないんだろう。

「メリア、大丈夫かい⁉ 意識がもうろうとしてるとか体が動かないとか、そういうことは……‼」

「ないない、大丈夫だよ。……僕だって、強くなったんだからさ」

 抱き寄せてきたツバキの方に体重を預けながら、力なくメリアは笑みを浮かべる。その様子を見る限り意識ははっきりとしているようだが、それでもすべてが無事というわけではないだろう。決して短くない修復術師としての経験が、俺にそう告げている。

 メリアの影が暴走した時も、魔術神経はしっかり傷ついていたからな、どんな状況になっても負担をかけすぎれば傷つくし、意志の力で強度を上げられるものでもない。魔術神経って奴は、残酷なぐらいに自分の限界に正直なんだ。

「悪いなツバキ、少しだけメリアの手を借りていいか? ……多分、こいつは無意識のうちに無茶して魔術神経を壊すタイプだ」

「うん、マルクがそういうなら。メリアもいいよね?」

 俺からの提案に、ツバキはゆっくりとメリアから離れながら目くばせを一つ。その視線を受けたメリアはしばらく複雑そうに口をもごもごと動かしていたが、やがてゆっくりと首を縦に振った。

「…………うん、姉さんが信頼した人だからね。騙されたとか弱み握られてるとか、そういうのじゃないんでしょ?」

「ああ、マルクもリリスもボクの最高の仲間だよ。一緒に生きていきたいって、心からそう思ってる」

「……里の皆が、帰ってきてほしいって言っても?」

 ツバキが即座に返答したのを受けて、メリアはもう一つ質問を返す。その問いかけは、俺たち三人が初めてメリアと遭遇した時に投げかけられた言葉の焼き直しのようだ。

 まるで何か大きな憑き物が落ちたかのように、メリアが纏う雰囲気は晴れやかなものへと変化している。だからこそ、その質問はより重く俺の中に響いてきていた。

 メリアはきっとまだ、里でツバキと――家族の皆と暮らすことを願っているんだろう。それは本来だったら得られたはずの幸せな未来で、メリアには真っ当に願う権利があるもので。……もしも今のメリアを見てツバキが首を縦に振るならば、俺からできるのは『嫌だ』と駄々をこねることぐらいしかない。

 どれだけ俺やリリス、そしてメリアが説得したところで、その答えをはっきりと出せるのはツバキだけだろう。だから、最初の答えが出てくるまで俺はいくらでも待つつもりでいたのだが――

「うん、里の皆が言ってもだ。――ごめんなさいって言ってたこと、メリアから皆に伝えておいてくれ」

「ああ、やっぱりそうだよね。むしろそう断言してくれて安心したよ」

「――え?」

 ツバキがその問いに苦笑しながら即答し、メリアもそれを分かっていたように頭を掻きながら笑みを返す。その軽いやり取りに俺があんぐりと口を開けていると、ツバキはからかうような視線を俺の方に向けてきた。

「やだなあマルク、ポカンとした顔しちゃって。……あ、もしかして今更ボクがメリアの言葉に揺り動かされると思ったのかい?」

「もしそれが事実なら、今この場で焦っていたのは君だけという事になるね。……僕の言葉を姉さんが素直に受け取ってくれるとか、いまさらそんな希望的観測はしてないさ」

 楽しげに微笑むツバキの後に続いて、メリアも遠くに目を向けながら呟く。飄々としていながらもどこか悔しそうなその言葉を耳にしてようやく、俺はメリアの質問の真意を理解することが出来た。

「……お前、もうツバキと一緒に居ることは諦めたのか?」

「人聞きの悪いことを言わないでよ、諦められるわけがないじゃないか。姉さんが提案してくれるなら、僕はいつでも姉さんと一緒に里に帰るつもりさ。……けど、姉さんにそんな意志はないんでしょ?」

「ああ、残念ながら一ミリもないね。マルクとリリスとやりたいことが、この世界にはまだまだ多すぎるんだ」

 一生かかっても足りないさ――と。

 リリスがいるであろう方向にも目をやりながら、ツバキは噛み締めるように答えを返す。……その後にしばらく生まれた沈黙を破ったのは、さっぱりとしたメリアの笑い声だった。

「……うん、そういう事らしいからさ。悔しいけど、姉さんにとって一番大切なのは僕や里の皆じゃない。僕がふさぎ込んで立ち止まってた十年で、姉さんは大切な物を見つけられたんだね」

「ああ、あそこでの日々も悪いことばかりじゃなかった。君たちの運命を歪めてしまったボクだけがそんな風に前を向くのも、申し訳ないと思ってるけど」

「ううん、姉さんは悪くなんてないよ。悪かったとしたら僕たちの方。……失ったものばかりに縛られて前を向けなかったのは、僕たちがいつまでも弱かったせいなんだから」

 申し訳なさそうなツバキに対して首を横に振って、メリアは自分の胸に手を当てる。それからしばらくして、その手がおずおずと俺に向かって差し出された。

「……手、貸してほしかったんだよね。こんな長話しちゃってごめん」

「いいや、気にしてねえよ。今から俺がやることよりも、多分今のやり取りの方が先にやっとくべきことだった」

 きっと今の会話は、メリアにとって必要な一つの儀式みたいなもんだろうからな。今の質問に答えてもらうことで、ずっと掲げてきた『ツバキを連れ戻す』という目標とメリアはようやく決別することが出来たのだろう。

 この戦いを経てメリアにどんな変化があったのか、その全てを察することはきっとできない。だが、今のメリアが吹っ切れているという事だけはよく分かった。

 その変化を歓迎しつつ、俺はメリアの手のひらを握る。そしていつも通りに状況を確認し始めたと同時、俺はいきなりガツンと側頭部を殴られたかのような衝撃に襲われた。

「……なんだよ、これ」

 さっきも修復を施したはずなのに、メリアの魔術神経はズタズタに傷ついている。戦闘をしていたのは長く見積もっても十分行かないぐらいだったはずだから、それだけの間に子の損傷はすべてできたのだろう。……どんな使い方をすれば、十分で魔術神経をこれだけ傷めつけられるんだ?

「どうだい、メリアの調子は?」

「どうもこうもねえよ、歴戦の魔術師みたいにボロボロだ。どこか一か所ってわけじゃなくて、体の中の魔術神経がどこもかしこも擦り切れかけてる」

 目を瞑ったまま俺が出した診断に、ツバキがすっと息を呑む声が聞こえる。……だがしかし、それだけの損傷を負っている当人のメリアはそれを聞いてふっと微かな笑みをこぼした。

「ああ、さっきまであった感覚はそれだったんだ。いくら魔力をほぼ無限に使えるといっても僕の魔術神経まで無敵になったわけじゃないってこと、ちゃんと理解しなくちゃいけなかったなあ」

 まるで小さな忘れ物を反省しているかのような、それぐらいの軽い調子でメリアは口にする。それに驚いたような声を上げたのは、焦りを隠しきれていない様子のツバキだった。

「メリアが、ほぼ無限の魔力を……? 君の魔力量は決して少なくもないはずだけど、無限なんて言えるほど多くもないはずだろう?」

「うん、悔しいことにそうだね。魔力量に関しては姉さんの方が上で、影魔術をコントロールするのも姉さんの方が上手かった。だから僕はさ、ずっと才能がないって思ってたんだ」

 修復を受けるのは決して気持ちのいい感覚ではないだろうに、メリアの声色は朗らかなままだ。今までの追い詰められているような感覚がなくなり、よりツバキの口調に近づいているような気もする。……多分、こっちが素ってだけなんだろうけどな。

「だけど、僕にも僕だけの才能はちゃんとあった。姉さんみたいに目に見えて凄いものでなくても、僕の身体に母さんと父さんから引き継いだ才能はちゃんと流れてた。ようやくそれに気づけたことが嬉しくってさ、ついはしゃぎすぎちゃったんだよね」

 修復の準備をひとまず終えて目を開けると、そこにははにかむように笑みを浮かべるメリアの姿がある。その表情はとてもあどけなくて、メリアもまた十八歳の少年であることをいまさら思い出した。

 今まで経験してきた出来事が濃すぎただけで、メリアもまだまだこれからなのだ。過去にやらかしたことが消えることはないにしても、今から積み上げられることだってきっとたくさんある。――俺の修復がその手助けになれるんなら、そんなに嬉しいことはないよな。

「ああ、なんてったってメリアはボクの弟だからね。……でも、何の才能が抜きんでていれば疑似的な無限の魔力なんて実現できるんだい?」

 そのメリアの言葉に嬉しそうな様子を見せつつも、ツバキは不思議そうに小さく首をかしげる。そんな姉の様子に目を細めたメリアは、空いた手の人差し指をゆっくりと口の前まで持っていくと――

「――それはまだ内緒――ってことで、今は許してくれないかな?」

――姉に向けて愛おしげな表情を浮かべながら、イタズラっぽく笑った。
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