修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第三百十五話『成した事の価値』

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「――メリアがもう意識を取り戻した、ねえ。あれだけズタボロになってたのを見てる限りだと、とても現実とは思えない話だけど――」

 ツバキからの事情説明を聞き終えて、リリスはなんとも言えないような唸り声をあげる。……その視線の先には、どこか拗ねているような様子のメリアが腕を組みながら立っていて。

「なんだよ、それじゃあ今ここに立っている僕が幻か何かの類だっていうのかい? もう後は自滅するだけだった僕を強引に助け出してここまで導いてくれた君が?」

「――それだけ強気でいられるってなると、私も信じざるを得ないのよね。感謝されてるのか貶されてるのかによって当たり方は変えないといけないかもしれないけれど」

 口をとがらせるメリアに呆れた様な視線を送りながら、リリスは小さくため息を吐く。リリスの言う通り、メリアの態度がとても負傷してすぐのそれでないことは間違いなさそうだった。

 そんなリリスの周りには、無数の氷の柱が無造作に突き立てられている。おそらく戦闘で使われたのであろうそれが、リリスに投入されたという大量の戦力の存在を証明しているかのようだ。

 ま、当のリリスはと言えば傷一つ付いてなかったんだけどな。有象無象がどれだけ集ったところで、リリスの圧倒的な戦力の前には近づくことも難しいらしい。――こっちもこっちで修復されたてなのだが、きっと当人は忘れてるんだろうな……。

「まあ、元気になったならそれが一番だわ。ツバキに願われた以上、こんなところで死なれちゃ私が頑張った意味もなくなっちゃうし」

 そんなことを考える俺をよそに、メリアに対してリリスはすんと鼻を鳴らしながら告げる。その口調はいつもより柔らかいものに聞こえて、メリアは拍子抜けしたように口を開けた。

「……へえ、随分と優しい言葉をかけてくれるんだね。もう少し説教とか抗議とか、そういうものを受けてからじゃなきゃ和解のテーブルになんてありつけないもんだと思ってたんだけど」

「言うべきことは全部伝えたもの、これ以上あなたに説教じみたことをするほど私はひねくれちゃいないわ。……それに、あなたがツバキとマルクを助けてくれたんでしょう?」

 自嘲気味に問いかけるメリアに対して、リリスは首をゆっくりと横に振りながら答える。……気が付けば、リリスの視点の中心はメリアへと戻っていた。

 少し――いやかなり歩いていた距離を一歩、二歩と詰めて、リリスはすっと背筋を伸ばす。その動きで何かを感づいたかのようにメリアが小さく身構えたが、それが動作になるよりも前にリリスは綺麗な動作で頭を下げて――

「――ありがとう、私の大切な人を守ってくれて」

「……は?」

 はっきりと紡がれた感謝の言葉に、今度こそメリアの困惑は頂点へと達する。ツバキと同じ黒い瞳は動揺を体現するかのようにあっちこっちに向いているし、口はパクパクと開閉を繰り返している。あたふたという言葉が、今のメリアには一番似合っていた。

「そうだね、それはメリアじゃなきゃ絶対にできなかったことだ。その分の感謝は素直に受け取るべきものだとボクは思うよ」

 そんなメリアの頭に優しく手を置いて、諭すようにツバキはメリアに語りかける。双子とはいえやはり姉という事もあってかその仕草は凄く自然で、そして優しかった。

「……僕は、僕にとっての大切な人を守ろうとしただけだ。君の為を思って守ったわけじゃない。だから、感謝なんてされる筋合いも」

「ない、なんて言わせないわよ。あなたが私のことをよく思ってないことぐらい、いくら私だって理解してるもの。何から何まであなたの願いと逆のことをやってるって自覚もあるしね」

 肩を竦めつつ顔を上げ、リリスはいつも通りの口調でそう断言する。普段ならあんまりそんな胸を張って言う事でもないような気がするが、何分今は特別な状況だ。きっとリリスにも、メリアに対して色々と思う事があったのだろう。

「あなたは確かにあなたの願いや価値観に従ってツバキとマルクを助けてくれた。でも、それが私からしたら――いいえ、私たち全員を助けるきっかけになった。そうよね、二人とも?」

「ああ、間違いないね。あの時、メリアは確かにボクたちにとっての希望だった」

「だな。あそこでお前が助けてくれるだなんて思ってなかったからなおさらだよ」

 リリスからの問いかけに、俺達はきっと期待されているであろう答えを贈る。だけどそれは決して口から出まかせなんかではなくて、メリアに対してはっきりと思っていることだった。

 あそこでメリアが居てくれなければ、俺とツバキはもっと苦しい状況に追い込まれていただろう。……そうなった時に俺たちが辿る結末なんて、想像したくもない。

 それを食い止めていい咆哮の覆してくれたのが、今戸惑った様子のメリアだ。そんな俺たちの答えを受け取って、リリスは小さく笑みを浮かべた。

「ほら、皆があなたに感謝してるわよ? 自分のためにやったことが自分以外の誰かを助けることだって、この世界には無数にあるの。護衛の仕事だって、依頼人が気に入らなくても金のためならやるっていう守銭奴な奴はたくさんいたし」

 そういう奴ほど実は腕利きだったりすることもあるんだから分からない話だわ――と、リリスは懐かしむように付け足す。その様子を見て、やっとメリアの中でも何かが腑に落ちたようだった。

「……でも、僕は君たちを手にかけようとした。その事実は、何を積み重ねても覆らないよ」

「ええ、それがどうしたの? あなたが私たちにとって敵だったことぐらい私だって理解してるわよ」

 おずおずと言い出したメリアに、リリスは実にあっけらかんとした答えを返す。きっとメリアにとって一世一代の懺悔とも言っていいようなそれは、リリスにとって些細なことでしかなかった。

「というか、それに関して言うべきことはちゃんと言い切ったって言ったでしょう? 今私が注目してるのは殺そうとしたとかそういう事じゃなくて、あなたが私の大切な二人を守ってくれたっていう動かしがたい事実についてよ。あなたがどれだけそれを否定しようとしたって、それが私にとって感謝すべきことなのは変わらないわ」

「……っ」

 澱むことなく言い切ったリリスに、メリアはひときわ大きく息を呑む。その瞬間は見逃さないと言わんばかりに、ツバキはメリアの頭にそっと置いていた手をくしゃくしゃと動かした。

「本当に、メリアは責任感が強い子だね。昔の約束を今でも覚えていてくれて、自分がやってきたことから決して逃げようとしない。……だけど、もう少し胸を張っていいんだよ?」

「……たとえそれが、今まで間違ったことばかりを繰り返してきたろくでなしのしたことでも?」

「ああ、当然さ。今までに積み重ねてきた間違いがいくつあろうと、その人がなした善行の価値がゼロになるなんてことはない。総合的な人間の評価を考えるなら、百の間違いを一の正解で覆すのは難しいかも知らないけどね」

 だけど今の話題はそうじゃないだろ? とツバキは得意げに微笑む。メリアの中にある不安げな感情を拭い去ろうとするその姿は、理想の姉と呼ぶにふさわしかった。

「ツバキの言う通りよ。私はただ、今あなたが私の大切な人を助けてくれたことに対して感謝しているだけ。それがメリア・グローザにとってどんな行動だったとか今までの行いを総合的に見た時にどうなるかとか、そんな壮大すぎる視点の話はもう少し後にするべき話でしょう」

 ツバキの言葉を引き継いで、リリスは改めてはっきりとメリアへの感謝の念を口にする。……そして、改めて頭を下げた。

「――ありがとう、メリア。あなたの行動のおかげで、私の大切な人は救われたわ」

 最敬礼と言ってもいいほど深々と、そして長く頭を下げるリリスの姿を、メリアはまだ少し戸惑ったような様子で見つめている。だがしかし、やがて心を決めたようにあわただしく頭を下げて――

「――その考えで行くのなら、感謝しなくちゃいけないのは僕も同じだ。君たちの意図がどうであれ、僕はその行動に助けられた。……君たちが居なかったら、僕はいつまでも見当はずれの道を進み続けることしかできなかったんだから。それを君が力ずくで引き留めてくれたから、今の僕がある」

 ありがとう、リリス・アーガスト――と。

 はっきりとリリスへの感謝を告げて、メリアはリリスに向けて左手を差し出す。それは、さっきまで殺し合っていた二人に訪れるとは思えなかった決定的な和解の瞬間で。

「ええ、それならおあいこって奴ね。お互いがお互いのためになれたなら、それが一番の――」

 ことだ――きっとそう言い切ろうとしたはずのリリスの声は、地鳴りとともに古城の方から聞こえてきた轟音にかき消される。明らかに何かが動いたことを示すその音は、俺達の意識を一気に戦場へと引き戻した。

「……行きましょう、三人とも。状況が膠着していたならともかく、どちらかに転んだなら私たちも傍観してはいられないわ」

「そうだな。まだ俺たちには、やらなくちゃいけないことがある」

 メリアとの和解だって絶対に必要なことの一つではあるのだけれど、今の轟音はその優先度をひっくり返すには十分すぎる。この場の空気は惜しいが、和やかに言葉を交わすのはもう少し後だ。

 真っ先に方針を打ち出したリリスに追随し、俺たちは古城の扉に向かって走っていく。そこから少し遅れて、ツバキとメリアの姉弟も一緒についてきていた。

「――大丈夫、少なくとも魔力のこもった罠はない。開けるわよ、皆!」

 少し早く着いたリリスが罠の気配を探り、安全を確認するなり振り向いて俺たち三人に合図を出す。それに対して頷きが返ってくるか来ないかと言う段階のところで、リリスは迷いなく扉を開け放って、中に突っ込んで。

「――なっ」

「……これ、は……」

 姉妹に少し先だって城内の景色を目にした俺たちは、揃って息を詰まらせる。皿から飛び出した料理が散乱しテーブルは無造作に倒れ、外側では参加者たちが震えているその光景は十分異常だが、俺たちの意識はそこにはない。

 俺たちが見ているのは、中心にいる二人の影。どちらが立つでもなく折り重なって倒れ込む二人の、影――

「……バル、エリス?」

 嫌でも目立つ銀色の髪を目にして、俺は半ば放心しながら呟く。先の轟音がまさしく戦いの決着を示すものだったということを、俺は本能的に理解させられていた。
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