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嫉妬と焦り
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七月も半ばに差し掛かろうというある日の夜。私は、自宅のリビングでノートパソコンと睨めっこをしていた。数か月前に応募した官能小説のコンテスト。その二次審査の結果が出る日なのだ。
特別自信があるというわけでも無いけれど、祐樹さんと出会ってから表現の幅は広がった……はず。是非通過してほしい。
私は、緊張しながらコンテストの公式ページを開き、通過者一覧が掲載されているページをクリックする。そして、上から下まで舐めるように見つめるけれど――私の名前は、どこにも無かった。
私は、ノートパソコンを閉じた後溜息を吐く。本当に、二年くらい前に受賞してから結果が出ない。
「……私、本当に売れる小説家になれるかなあ……」
弱気になった私は、ついそんな独り言を漏らしていた。
◆ ◆ ◆
そして翌日。私が出社すると、私のデスクの上には昨日まで無かった書類の束が重ねられていた。
「……これは……」
私が呟くと、私の所属するマーケティング部門の部長が、私の席までやって来た。五十代くらいの年齢の部長は、ぽってりした身体をスーツで包み込んでいる。その部長は、ニコニコした笑顔で私に言った。
「ああ、真鍋さん。悪いけど、新しい仕事、一つ任されてくれない? そこにクライアントの詳細や希望が書いてあるからさ。必要なデータ収集をして、ターゲット層に有効なアプローチについて纏めてよ。あ、期限は来週末までね」
「なんだと」
私は、上司の前にも関わらずついタメ口を利いてしまった。部長は、困ったような笑顔で私に懇願する。
「頼むよー。島本君は仕事で大きなミスして部署が移動になっちゃったしさ。玉城君も今抱えている案件に時間が掛かるらしくて……」
私は、近くの席にいる唯香さんの方に視線を向ける。唯香さんは、口パクで「ゴメンネ」と言って笑った。
いやいや、その笑顔、わざとらしい。絶対、私に仕事を押し付ける為にわざとゆっくり仕事してたんだ。
しかし、既にうちの会社が契約をしている以上、クライアントに迷惑を掛けるわけにはいかない。私は、溜息を吐いて答えた。
「……分かりました。期限までにデータ分析をしておきます」
既に抱えている仕事の他に新規のデータ分析も行う事になった私は、その日から大忙しだった。毎日深夜近くまで残業し、自宅に辿り着く頃にはへとへとで、小説を執筆する余裕も無かった。
そして、新規案件の締め切り日である金曜日。何とかデータ分析を終えた私は、夜遅くに自宅へと帰って来た。
着替えもせずにベッドに横になると、スマホがピコンと軽やかな音を奏でる。この音は、アプリのメッセージが来た時のものだ。
私は起き上がり、メッセージを確認する。祐樹さんからで、『今電話してもいい?』とい文字が表示されていた。私は、祐樹さんに電話を掛けてみる。すぐに祐樹さんが出て、明るい声で話し出した。
「あ、紗季さん? こんな時間にごめんね」
「いえ。……それより、どうしたんですか?」
私が聞くと、祐樹さんは嬉しそうに言った。
「実は……俺の漫画が、今度雑誌に載る事になってさ」
「え?」
「久しぶりに雑誌に掲載されるから、嬉しくて早く紗季さんに伝えたいと思って……」
その後も祐樹さんは楽しそうに色々と話していたけれど、私の頭には話の内容が入って来なかった。嬉しい。祐樹さんの漫画が掲載されるのは、確かに嬉しい。
でもそれ以上に、私の頭は嫉妬と焦りで一杯だった。離されていく。祐樹さんは着実に雑誌掲載という実績を重ねているのに、私は一度しか結果を残せていない。
大好きな人が嬉しそうに報告してくれているのに、喜べない。私は、そんな自分に嫌気が差した。
「……紗季さん、大丈夫? 何かあった?」
私の様子が変だと気付いたのか、祐樹さんが声を掛けてくれた。私は、平静を装って答える。
「……いえ、大丈夫です。雑誌掲載、おめでとうございます、祐樹さん」
「ありがとう、紗季さん。……でも、本当に大丈夫? 何か声に覇気が無いけど」
「ああ……きっと、残業したせいですね。このところ、ずっと仕事に追われてましたから……」
「そっか……紗季さん、今度、また紗季さんの家に料理を作りに行っていい? 疲れてるなら、俺がスタミナのある料理を作るよ」
その時の私は、相当疲れていたんだろう。祐樹さんの優しい言葉にさえイライラして、素直に好意を受け取れなかった。
「……祐樹さんはいいですね。漫画を描く余裕があって」
「え?」
「私なんて、毎日残業残業で疲れて、小説を書く余裕もないのに……。祐樹さんには、私が今どういう気持ちでいるか分からないんでしょうね……」
「紗季さん……」
悲しそうな声だった。そんな祐樹さんの声を聞いて、私はハッとなる。どうしよう、私……祐樹さんに、八つ当たりしてしまった。
「……ごめんなさい、祐樹さん。私、もう寝ますね」
私はそう言うと、一方的に通話を終えた。
着替え等を済ませた後、私はベッドに潜り込んだ。目を瞑っても、先程の祐樹さんの声が頭から離れない。傷つけてしまった。大好きな人を。しかも、また八つ当たりをするのが怖くて一方的に通話を終えてしまった。……謝ろう。明日、改めて祐樹さんに謝ろう。そう思いながら、私は眠りに就いた。
特別自信があるというわけでも無いけれど、祐樹さんと出会ってから表現の幅は広がった……はず。是非通過してほしい。
私は、緊張しながらコンテストの公式ページを開き、通過者一覧が掲載されているページをクリックする。そして、上から下まで舐めるように見つめるけれど――私の名前は、どこにも無かった。
私は、ノートパソコンを閉じた後溜息を吐く。本当に、二年くらい前に受賞してから結果が出ない。
「……私、本当に売れる小説家になれるかなあ……」
弱気になった私は、ついそんな独り言を漏らしていた。
◆ ◆ ◆
そして翌日。私が出社すると、私のデスクの上には昨日まで無かった書類の束が重ねられていた。
「……これは……」
私が呟くと、私の所属するマーケティング部門の部長が、私の席までやって来た。五十代くらいの年齢の部長は、ぽってりした身体をスーツで包み込んでいる。その部長は、ニコニコした笑顔で私に言った。
「ああ、真鍋さん。悪いけど、新しい仕事、一つ任されてくれない? そこにクライアントの詳細や希望が書いてあるからさ。必要なデータ収集をして、ターゲット層に有効なアプローチについて纏めてよ。あ、期限は来週末までね」
「なんだと」
私は、上司の前にも関わらずついタメ口を利いてしまった。部長は、困ったような笑顔で私に懇願する。
「頼むよー。島本君は仕事で大きなミスして部署が移動になっちゃったしさ。玉城君も今抱えている案件に時間が掛かるらしくて……」
私は、近くの席にいる唯香さんの方に視線を向ける。唯香さんは、口パクで「ゴメンネ」と言って笑った。
いやいや、その笑顔、わざとらしい。絶対、私に仕事を押し付ける為にわざとゆっくり仕事してたんだ。
しかし、既にうちの会社が契約をしている以上、クライアントに迷惑を掛けるわけにはいかない。私は、溜息を吐いて答えた。
「……分かりました。期限までにデータ分析をしておきます」
既に抱えている仕事の他に新規のデータ分析も行う事になった私は、その日から大忙しだった。毎日深夜近くまで残業し、自宅に辿り着く頃にはへとへとで、小説を執筆する余裕も無かった。
そして、新規案件の締め切り日である金曜日。何とかデータ分析を終えた私は、夜遅くに自宅へと帰って来た。
着替えもせずにベッドに横になると、スマホがピコンと軽やかな音を奏でる。この音は、アプリのメッセージが来た時のものだ。
私は起き上がり、メッセージを確認する。祐樹さんからで、『今電話してもいい?』とい文字が表示されていた。私は、祐樹さんに電話を掛けてみる。すぐに祐樹さんが出て、明るい声で話し出した。
「あ、紗季さん? こんな時間にごめんね」
「いえ。……それより、どうしたんですか?」
私が聞くと、祐樹さんは嬉しそうに言った。
「実は……俺の漫画が、今度雑誌に載る事になってさ」
「え?」
「久しぶりに雑誌に掲載されるから、嬉しくて早く紗季さんに伝えたいと思って……」
その後も祐樹さんは楽しそうに色々と話していたけれど、私の頭には話の内容が入って来なかった。嬉しい。祐樹さんの漫画が掲載されるのは、確かに嬉しい。
でもそれ以上に、私の頭は嫉妬と焦りで一杯だった。離されていく。祐樹さんは着実に雑誌掲載という実績を重ねているのに、私は一度しか結果を残せていない。
大好きな人が嬉しそうに報告してくれているのに、喜べない。私は、そんな自分に嫌気が差した。
「……紗季さん、大丈夫? 何かあった?」
私の様子が変だと気付いたのか、祐樹さんが声を掛けてくれた。私は、平静を装って答える。
「……いえ、大丈夫です。雑誌掲載、おめでとうございます、祐樹さん」
「ありがとう、紗季さん。……でも、本当に大丈夫? 何か声に覇気が無いけど」
「ああ……きっと、残業したせいですね。このところ、ずっと仕事に追われてましたから……」
「そっか……紗季さん、今度、また紗季さんの家に料理を作りに行っていい? 疲れてるなら、俺がスタミナのある料理を作るよ」
その時の私は、相当疲れていたんだろう。祐樹さんの優しい言葉にさえイライラして、素直に好意を受け取れなかった。
「……祐樹さんはいいですね。漫画を描く余裕があって」
「え?」
「私なんて、毎日残業残業で疲れて、小説を書く余裕もないのに……。祐樹さんには、私が今どういう気持ちでいるか分からないんでしょうね……」
「紗季さん……」
悲しそうな声だった。そんな祐樹さんの声を聞いて、私はハッとなる。どうしよう、私……祐樹さんに、八つ当たりしてしまった。
「……ごめんなさい、祐樹さん。私、もう寝ますね」
私はそう言うと、一方的に通話を終えた。
着替え等を済ませた後、私はベッドに潜り込んだ。目を瞑っても、先程の祐樹さんの声が頭から離れない。傷つけてしまった。大好きな人を。しかも、また八つ当たりをするのが怖くて一方的に通話を終えてしまった。……謝ろう。明日、改めて祐樹さんに謝ろう。そう思いながら、私は眠りに就いた。
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