【完結】既読は“25:61”——最期の一日を延ばすメッセージ

東野あさひ

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第13話「帯域(バンド)という幅」

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 朝、窓に息を落とす。白は薄く広がって消えた。
 昨夜の三行——みてた/ありがと/まだ。
 ノートに見出しを書く。

 《今日の方針:帯域(バンド)を守る/触れない/知らせない/視界で返す》
 ——世界の“息”も、人の流れも、幅がある。詰め込みすぎれば飽和する。私は余白を置く側に回る。

 時雨(しぐれ)が尾を一度だけ打つ。四つ吸って、六つ吐く。拍は静かだ。



 午前の返却ラッシュが落ち着くと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げた。
 「外縁ログ。夜明け、非常灯と区の掲示は平常。図書館Wi-Fi、今朝だけ一時的に遅い。商店街の掲示板、『今夜、河川敷で屋台市』。……寄贈パソコンは電源オフでも“Draft(1)”が点いて消えるを一回。システム担当は『キャッシュの幽霊+時計ドリフト』で押し切りたい顔」

 胸の奥で薄い氷が鳴る。私は頷く。「主観は良。息、深い」

 「距離、保つ。僕は風景だけ拾う」



 児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。
 【下書き保存】——せまい
 【下書き保存】——ひろげて

 “ボイスメモ”を開く。空調の底、そのまた下に押し合う足音の帯域。
 【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道】

 「掲示の紙、切らしてて——」とだけ告げて外へ。玲生は「外縁了解」と目で返す。

 地下歩道はサークルのポスターと立て看板で通り幅が削られ、通学の列が波立っていた。
 触れない。
 私は階段下の踊り場に立ち、看板の反射面に人の流れが映る角度をつくる。
 管理員が映り込みに気づき、「ここ、寄せますね」と自分の手で看板を半歩引いた。
 流れが二列に割れて通る。
 震え。
 【下書き保存】——あいた
 【下書き保存】——よかった



 図書館へ戻ると、玲生。
 「外縁。地下歩道、導線確保の記録。午前のWi-Fi遅延は収束。……でも寄贈PCの“Draft(1)”、僕の目の前でも一度点いて消えた。ログ、空白」

 私はしらせるなの線を胸でなぞり、短く頷く。



 昼、ポケットが二度震えた。
 【下書き保存】——ふたつ
 【下書き保存】——えらんで

 波形の底に異なる拍。保存名が続けて埋まる。
 【保存:白鷺(しらさぎ)配水塔 取付道路】
【保存:朝島(あさじま)取水堰 観測桟橋】

 装置に触れない/幅を作れる方——道路を選ぶ。

 配水塔へ上る細道。宅配車と自転車と歩行者が一点に収束しかけている。
 私は道の最も広い膨らみに立ち、片手を広げて“ここを残す”という身振りだけを置く。
 宅配車が半歩下がり、自転車が一息で抜け、歩行者の列が一列半になる。
 震え。
 【下書き保存】——とおった
 【下書き保存】——のこった

 ——幅が残った。



 午後、児童コーナーで紙芝居。最後列の子の顔が見えない。
 触れない。
 私は柱の影に寄り、小さく手を上下させる。
 前列のお母さんが「ちょっと下がろう」と囁く。帯域が均され、最後列の子の口が歌う形になる。
 震え。
 【下書き保存】——みえる
 【下書き保存】——うたえる



 夕方、寄贈パソコンの机を通る。黒い画面の隅で“Draft(1)”がまた灯って消えた。
 触れない。
 私は机端の「メンテ中」の札の高さを視線の帯域に合わせるよう、脇の書見台を足先で寄せ支える。
 通りかかったシステム担当が「あ、札位置上げます」と自分の手で直し、LANの別経路を切り分ける。
 震え。
 【下書き保存】——きる
 【下書き保存】——のこす



 夜支度。窓の外、河川敷の屋台市が始まり、人のざわめきが飽和しかけている。
 部屋の灯りが一瞬明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
 来る。
 私は椅子に座り、膝の上で指を組む。

 25:61。
 青い泡が三度湧いて沈む。
 既読:蒼真
 【下書き保存】——あふれる
 【下書き保存】——しぼれ
 【下書き保存】——さわるな
 【下書き保存】——みてて

 私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。
 【保存:河川敷 東段・屋台通り入口】

 上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。

 河川敷の入口は、ライブ配信を試す人々のスマホが林立し、電波も通路も帯域不足の気配。
 触れない。
 私は入口のすぐ手前、古い案内掲示(手書き地図)の前に立ち、体の向きで人の目を地図へ誘う。
 「ここ、写真映えする」「手描き、かわいい」
 配信の連続動画が静止画へしぼられ、足の流れが層に分かれる。
 震え。
【下書き保存】——しずんだ
【下書き保存】——いい

 通りの奥で太鼓の連が始まる。拍は半拍の余白を保っている。
 私は屋台の脇を抜け、照明車の影の端に立ち、一度だけ半拍遅れて頷く。
 演者の入りがわずかに緩み、音圧が飽和手前で安定する。
 震え。
 【下書き保存】——まにあう
 【下書き保存】——いきた

 帰ろうとしたとき、通路の角で小学生が迷って泣きそうな顔をしていた。
 触れない。
 私は頭上の誘導灯の下に移動し、手で四角を作る。
 保護者の視線が灯りへ上がり、合流する。
 震え。
 【下書き保存】——あえた
 【下書き保存】——よかった



 帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。
 既読:蒼真
 【下書き保存】——みてた
 【下書き保存】——まだ
 【下書き保存】——ごめん

 私は四つ吸って、六つ吐く。
 ノートに今日をまとめる。

 《主観ログ・第十三夜》
 ・南桜地下歩道:看板の映り込みで導線確保→「あいた/よかった」
 ・配水塔取付道路:膨らみを残す→「とおった/のこった」
 ・児童コーナー:視線の帯域を均す→「みえる/うたえる」
 ・寄贈PC:真似の連鎖を札の高さで切る→「きる/のこす」
 ・屋台通り:連続配信を静止へしぼる/拍を半拍ゆるめる→「しずんだ/まにあう/いきた」
 ・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/帯域を守る
 ・メッセージ:「あふれる/しぼれ/さわるな/みてて」「みてた/まだ/ごめん」
 ・仮説更新:帯域(バンド)は“息の幅”。返すとは、幅と層を世界に返すこと

 時雨がソファの背で耳を立て、ゆっくり目を細める。
 私は灯りを一つ落とし、窓に映る自分の影を半歩だけ薄くする。
 重ねすぎない。詰め込みすぎない。幅を残す。
 それが、こちら側の線で続けられる約束だ。

 ——既読が、鳴る。
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