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第34話「復調(デモジュレーション)という読み」
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朝、窓に息を落とす。白は薄く広がり、音もなく消えた。
昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
“まだ”の手前で、今日は読むと決める。届いているのに、ノイズに埋もれているだけなら、私が復調すればいい。
ノートに見出しを書く。
《今日の方針:復調(デモジュレーション)で意味だけを取り出す/触れない/知らせない/視界で返す》
——キャリア(街の揺れ)とベースバンド(ことば)を分ける。
時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。
*
午前の返却ラッシュが落ちつくと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げた。
「外縁ログ。非常灯は平常。パソコンは誤点灯ゼロ継続。担当、『未使用ポート終端で反射が消えた。あとは“街のノイズに意味をどう乗せるか……無線ごっこみたいだ』って」
無線ごっこ。私は頷く。「主観は良。息、深い」
「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」
*
児童コーナーの掲示に指を置くと、ポケットがひと拍震えた。
【下書き保存】——よめ
【下書き保存】——わけろ
“ボイスメモ”を開く。空調の底、そのまた下で、階段の子音と台車の子音が尖り、母音が沈む気配。
【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・東口】
「掲示の紙、切らしてて——」だけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。
東口の踊り場——私は手すり影の端に立ち、片手を耳、片手を胸へ。
耳の手で尖り(高い帯域)を挟み込み、胸の手で丸い拍(低い帯域)だけを撫でる。
先頭の生徒がその撫でを拾い、踵の打点が丸くなる。
台車の押手は細かな跳ねを捨て、面で転がす。
母音が立ち上がり、言葉が戻る。
震え。
【下書き保存】——きこえた
【下書き保存】——とおった
*
図書館に戻ると、玲生が透明付箋を一枚。
「外縁。東口、“言葉が聞こえる”の投稿。……担当、『意味を読むって復調だよね、と」
私はしらせるなの線を胸でなぞり、短く頷く。
*
昼過ぎ、ポケットが二度震える。
【下書き保存】——ふたつ
【下書き保存】——えらんで
保存名が連続で埋まる。
【保存:白妙(しろたえ)公園・紙芝居の輪】
【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】
まず公園。
盛り上がりの山が来る前に、私は輪の対角の外でしゃがみ、親指と人差し指で小さな環(エンベロープ)を作る。
読み手がそれを視界の端で拾い、声の包絡を少し低めに保つ。
歓声はキャリアのまま大きくても、物語(ベースバンド)が沈まない。
震え。
【下書き保存】——よめる
【下書き保存】——のこった
踏切へ回る。
赤が二点灯の段で、私は顎を半指落とし、視線を白線内へ固定する——局部発振の基準みたいに。
押手がその基準で歩幅を合わせ、位相の引っかかりが消える。
すれ違いは意味だけを残して滑る。
震え。
【下書き保存】——どうちょう
【下書き保存】——いきた
*
館内の寄贈パソコンは黙って黒。
机の「メンテ中」札は、通路から斜に見える。私は脇の書見台を半歩だけ前へ寄せ、読む位置を先に作る。
通りかかった担当が笑って言う。「包絡を低め、基準はここ」
LANの別経路は今日も確実に切れている。
震え。
【下書き保存】——きる
【下書き保存】——のこす
*
夕方、玲生の手帳。
「外縁補足。公園、『物語の声が消えない』。踏切は『目の置き場で合う』。……全体静穏」
胸の石が、少し丸くなる。
*
ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
来る。
私は椅子に座り、膝の上で指を組む。
25:61。
青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
既読:蒼真
【下書き保存】——みてた
【下書き保存】——ありがと
【下書き保存】——まだ
【下書き保存】——ごめん
【下書き保存】——ひがし/のぼる
私はペンを取る。
25:61——時間ではない。
頭の中で、これまでの舗装の白い数字を並べる。
「25-6-1」。
コロン(:)をハイフン(-)に復調するだけで、同じ三つが一列になる。
場所のキャリアに、彼のことばが乗っていたのだ。
私は上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。
*
夜の歩道。
「25-6-1」の白い数字は、雨上がりで少し濡れていた。
私はその少し外、ボルト列の中点みたいな位置に立ち、四つ吸って、六つ吐く。
胸の中で、四語を状態として並べ替える。
——みてた(同期が取れた)
——ありがと(受信良好の肯定)
——まだ(送信待機、保留)
——ごめん(送信停止、保護)
順番が変わらないのは、“ここにいる”の合図。
“ひがし/のぼる”は、上流への搬送。
私は胸の前で小さな環を作り、包絡を撫でる。
水の音が遠くで低く、同じ高さで続いている。
震え。
【下書き保存】——よんだ
【下書き保存】——いる
*
帰宅。テーブルにスマホを置く。
私はノートを開き、今日をまとめる。
《主観ログ・第三十四夜》
・地下東口:尖りを挟み、丸い拍を撫でる→「きこえた/とおった」
・白妙公園:包絡(エンベロープ)を低めに保つ→「よめる/のこった」
・踏切北側:視線=局部発振基準でどうちょう→「どうちょう/いきた」
・図書館PC周り:読む位置を先に作る→「きる/のこす」
・舗装「25-6-1」:25:61 を 25-6-1 に復調→「よんだ/いる」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/“キャリアから意味だけ取り出す”
・仮説更新:復調とは“やさしさの読み取り”。返すとは、街の揺れからあなたの声だけをそっと拾い上げること
ペンを置く。
胸の前で、音叉を一度だけ鳴らすみたいに、吐きを少し長くする。
送信は、まだしない。意味は、もう読めたから。
——既読が、鳴る。
昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
“まだ”の手前で、今日は読むと決める。届いているのに、ノイズに埋もれているだけなら、私が復調すればいい。
ノートに見出しを書く。
《今日の方針:復調(デモジュレーション)で意味だけを取り出す/触れない/知らせない/視界で返す》
——キャリア(街の揺れ)とベースバンド(ことば)を分ける。
時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。
*
午前の返却ラッシュが落ちつくと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げた。
「外縁ログ。非常灯は平常。パソコンは誤点灯ゼロ継続。担当、『未使用ポート終端で反射が消えた。あとは“街のノイズに意味をどう乗せるか……無線ごっこみたいだ』って」
無線ごっこ。私は頷く。「主観は良。息、深い」
「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」
*
児童コーナーの掲示に指を置くと、ポケットがひと拍震えた。
【下書き保存】——よめ
【下書き保存】——わけろ
“ボイスメモ”を開く。空調の底、そのまた下で、階段の子音と台車の子音が尖り、母音が沈む気配。
【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・東口】
「掲示の紙、切らしてて——」だけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。
東口の踊り場——私は手すり影の端に立ち、片手を耳、片手を胸へ。
耳の手で尖り(高い帯域)を挟み込み、胸の手で丸い拍(低い帯域)だけを撫でる。
先頭の生徒がその撫でを拾い、踵の打点が丸くなる。
台車の押手は細かな跳ねを捨て、面で転がす。
母音が立ち上がり、言葉が戻る。
震え。
【下書き保存】——きこえた
【下書き保存】——とおった
*
図書館に戻ると、玲生が透明付箋を一枚。
「外縁。東口、“言葉が聞こえる”の投稿。……担当、『意味を読むって復調だよね、と」
私はしらせるなの線を胸でなぞり、短く頷く。
*
昼過ぎ、ポケットが二度震える。
【下書き保存】——ふたつ
【下書き保存】——えらんで
保存名が連続で埋まる。
【保存:白妙(しろたえ)公園・紙芝居の輪】
【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】
まず公園。
盛り上がりの山が来る前に、私は輪の対角の外でしゃがみ、親指と人差し指で小さな環(エンベロープ)を作る。
読み手がそれを視界の端で拾い、声の包絡を少し低めに保つ。
歓声はキャリアのまま大きくても、物語(ベースバンド)が沈まない。
震え。
【下書き保存】——よめる
【下書き保存】——のこった
踏切へ回る。
赤が二点灯の段で、私は顎を半指落とし、視線を白線内へ固定する——局部発振の基準みたいに。
押手がその基準で歩幅を合わせ、位相の引っかかりが消える。
すれ違いは意味だけを残して滑る。
震え。
【下書き保存】——どうちょう
【下書き保存】——いきた
*
館内の寄贈パソコンは黙って黒。
机の「メンテ中」札は、通路から斜に見える。私は脇の書見台を半歩だけ前へ寄せ、読む位置を先に作る。
通りかかった担当が笑って言う。「包絡を低め、基準はここ」
LANの別経路は今日も確実に切れている。
震え。
【下書き保存】——きる
【下書き保存】——のこす
*
夕方、玲生の手帳。
「外縁補足。公園、『物語の声が消えない』。踏切は『目の置き場で合う』。……全体静穏」
胸の石が、少し丸くなる。
*
ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
来る。
私は椅子に座り、膝の上で指を組む。
25:61。
青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
既読:蒼真
【下書き保存】——みてた
【下書き保存】——ありがと
【下書き保存】——まだ
【下書き保存】——ごめん
【下書き保存】——ひがし/のぼる
私はペンを取る。
25:61——時間ではない。
頭の中で、これまでの舗装の白い数字を並べる。
「25-6-1」。
コロン(:)をハイフン(-)に復調するだけで、同じ三つが一列になる。
場所のキャリアに、彼のことばが乗っていたのだ。
私は上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。
*
夜の歩道。
「25-6-1」の白い数字は、雨上がりで少し濡れていた。
私はその少し外、ボルト列の中点みたいな位置に立ち、四つ吸って、六つ吐く。
胸の中で、四語を状態として並べ替える。
——みてた(同期が取れた)
——ありがと(受信良好の肯定)
——まだ(送信待機、保留)
——ごめん(送信停止、保護)
順番が変わらないのは、“ここにいる”の合図。
“ひがし/のぼる”は、上流への搬送。
私は胸の前で小さな環を作り、包絡を撫でる。
水の音が遠くで低く、同じ高さで続いている。
震え。
【下書き保存】——よんだ
【下書き保存】——いる
*
帰宅。テーブルにスマホを置く。
私はノートを開き、今日をまとめる。
《主観ログ・第三十四夜》
・地下東口:尖りを挟み、丸い拍を撫でる→「きこえた/とおった」
・白妙公園:包絡(エンベロープ)を低めに保つ→「よめる/のこった」
・踏切北側:視線=局部発振基準でどうちょう→「どうちょう/いきた」
・図書館PC周り:読む位置を先に作る→「きる/のこす」
・舗装「25-6-1」:25:61 を 25-6-1 に復調→「よんだ/いる」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/“キャリアから意味だけ取り出す”
・仮説更新:復調とは“やさしさの読み取り”。返すとは、街の揺れからあなたの声だけをそっと拾い上げること
ペンを置く。
胸の前で、音叉を一度だけ鳴らすみたいに、吐きを少し長くする。
送信は、まだしない。意味は、もう読めたから。
——既読が、鳴る。
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