【完結】既読は“25:61”——最期の一日を延ばすメッセージ

東野あさひ

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第34話「復調(デモジュレーション)という読み」

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 朝、窓に息を落とす。白は薄く広がり、音もなく消えた。
 昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
 “まだ”の手前で、今日は読むと決める。届いているのに、ノイズに埋もれているだけなら、私が復調すればいい。

 ノートに見出しを書く。
 《今日の方針:復調(デモジュレーション)で意味だけを取り出す/触れない/知らせない/視界で返す》
 ——キャリア(街の揺れ)とベースバンド(ことば)を分ける。

 時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。



 午前の返却ラッシュが落ちつくと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げた。
 「外縁ログ。非常灯は平常。パソコンは誤点灯ゼロ継続。担当、『未使用ポート終端で反射が消えた。あとは“街のノイズに意味をどう乗せるか……無線ごっこみたいだ』って」

 無線ごっこ。私は頷く。「主観は良。息、深い」

 「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」



 児童コーナーの掲示に指を置くと、ポケットがひと拍震えた。
 【下書き保存】——よめ
 【下書き保存】——わけろ

 “ボイスメモ”を開く。空調の底、そのまた下で、階段の子音と台車の子音が尖り、母音が沈む気配。
 【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・東口】

 「掲示の紙、切らしてて——」だけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。

 東口の踊り場——私は手すり影の端に立ち、片手を耳、片手を胸へ。
 耳の手で尖り(高い帯域)を挟み込み、胸の手で丸い拍(低い帯域)だけを撫でる。
 先頭の生徒がその撫でを拾い、踵の打点が丸くなる。
 台車の押手は細かな跳ねを捨て、面で転がす。
 母音が立ち上がり、言葉が戻る。
 震え。
 【下書き保存】——きこえた
 【下書き保存】——とおった



 図書館に戻ると、玲生が透明付箋を一枚。
 「外縁。東口、“言葉が聞こえる”の投稿。……担当、『意味を読むって復調だよね、と」
 私はしらせるなの線を胸でなぞり、短く頷く。



 昼過ぎ、ポケットが二度震える。
 【下書き保存】——ふたつ
 【下書き保存】——えらんで

 保存名が連続で埋まる。
 【保存:白妙(しろたえ)公園・紙芝居の輪】
 【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】

 まず公園。
 盛り上がりの山が来る前に、私は輪の対角の外でしゃがみ、親指と人差し指で小さな環(エンベロープ)を作る。
 読み手がそれを視界の端で拾い、声の包絡を少し低めに保つ。
 歓声はキャリアのまま大きくても、物語(ベースバンド)が沈まない。
 震え。
 【下書き保存】——よめる
 【下書き保存】——のこった

 踏切へ回る。
 赤が二点灯の段で、私は顎を半指落とし、視線を白線内へ固定する——局部発振の基準みたいに。
 押手がその基準で歩幅を合わせ、位相の引っかかりが消える。
 すれ違いは意味だけを残して滑る。
 震え。
 【下書き保存】——どうちょう
 【下書き保存】——いきた



 館内の寄贈パソコンは黙って黒。
 机の「メンテ中」札は、通路から斜に見える。私は脇の書見台を半歩だけ前へ寄せ、読む位置を先に作る。
 通りかかった担当が笑って言う。「包絡を低め、基準はここ」
 LANの別経路は今日も確実に切れている。
 震え。
 【下書き保存】——きる
 【下書き保存】——のこす



 夕方、玲生の手帳。
 「外縁補足。公園、『物語の声が消えない』。踏切は『目の置き場で合う』。……全体静穏」

 胸の石が、少し丸くなる。



 ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
 来る。
 私は椅子に座り、膝の上で指を組む。

 25:61。
 青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
 既読:蒼真
 【下書き保存】——みてた
 【下書き保存】——ありがと
 【下書き保存】——まだ
 【下書き保存】——ごめん
 【下書き保存】——ひがし/のぼる

 私はペンを取る。
 25:61——時間ではない。
 頭の中で、これまでの舗装の白い数字を並べる。
 「25-6-1」。
 コロン(:)をハイフン(-)に復調するだけで、同じ三つが一列になる。
 場所のキャリアに、彼のことばが乗っていたのだ。

 私は上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。



 夜の歩道。
 「25-6-1」の白い数字は、雨上がりで少し濡れていた。
 私はその少し外、ボルト列の中点みたいな位置に立ち、四つ吸って、六つ吐く。
 胸の中で、四語を状態として並べ替える。
 ——みてた(同期が取れた)
 ——ありがと(受信良好の肯定)
 ——まだ(送信待機、保留)
——ごめん(送信停止、保護)

 順番が変わらないのは、“ここにいる”の合図。
 “ひがし/のぼる”は、上流への搬送。
 私は胸の前で小さな環を作り、包絡を撫でる。
 水の音が遠くで低く、同じ高さで続いている。

 震え。
 【下書き保存】——よんだ
 【下書き保存】——いる



 帰宅。テーブルにスマホを置く。
 私はノートを開き、今日をまとめる。

 《主観ログ・第三十四夜》
 ・地下東口:尖りを挟み、丸い拍を撫でる→「きこえた/とおった」
 ・白妙公園:包絡(エンベロープ)を低めに保つ→「よめる/のこった」
 ・踏切北側:視線=局部発振基準でどうちょう→「どうちょう/いきた」
 ・図書館PC周り:読む位置を先に作る→「きる/のこす」
 ・舗装「25-6-1」:25:61 を 25-6-1 に復調→「よんだ/いる」
 ・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/“キャリアから意味だけ取り出す”
 ・仮説更新:復調とは“やさしさの読み取り”。返すとは、街の揺れからあなたの声だけをそっと拾い上げること

 ペンを置く。
 胸の前で、音叉を一度だけ鳴らすみたいに、吐きを少し長くする。
 送信は、まだしない。意味は、もう読めたから。

 ——既読が、鳴る。
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