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伊達敏雄という記者
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横居とのことがあってから1週間後。
青葉は、もうこの仕事はやめてしまって、別のところへ転職しようかと考え始めていた。
転職先の目処は立っていないから、今すぐ辞めるとなると生活に困ることがあるかもしれない。
しかし、青葉にはもう、この仕事を続ける理由や意義があるようには感じられなかった。
こんな下卑た仕事を続けるくらいなら、いっそ貧窮してしまった方がマシなのではないか、とさえ考えるようになった。
「おい、青葉」
そんな気持ちを引きずったまま帰ろうとしたところ、急に呼び止められた。
声の主は、横居とよく一緒にいる伊達という壮年のベテラン記者だった。
この記者は、どちらかと言えば横居とは真逆のタイプの男だ。
横居はいかにも今どきの若者といった風体で、頻繁に服装や髪型を変えている上、口調や振る舞いもどこかくだけている。
一方、目の前のこの男は、髪型は基本的に変わることがなく、いつもきっちりとセットされている。
眉や髭は手入れが行き届いていて、服装は簡素そのものだ。
顔には年相応にシワが刻まれてはいるが、目つきは凛々しく、鼻筋通った顔つきは清潔感があり、記者というよりは議員や男性アナウンサーに近い印象を与えた。
「お前、横居に何か言われたんだろ?」
「ええ、まあ…」
横居の名前を出されて、青葉は傷口に塩を塗られたような気持ちになった。
「横居の言葉は気にしなくてもいい。アイツはいつでも、誰に対しても口が悪いんだ」
「はい…」
彼も横居と同様に、自分のことをバカにしてくるものと思っていたから、青葉は意外に思った。
慰めてれているのだろうか。
それでも、胸がつかえたような感覚は未だに消えない。
「ああ、それとな。横居が言う「大衆は人様のゲスい部分を求めてる」ってのは、事実っちゃあ、事実だ。
だが、お前の「創作に懸命に向き合うアーティストを撮りたい」も間違ってねえよ。要はな、数と話題が取れたらいいんだ」
「数と話題…」
敏雄の言葉を聞いて、青葉は顔を上げた。
「ああ、どんなにいい作品でも、誰にも知られてなくて、数も取れなかったら駄作扱いだ。
その逆もしかりで、世間様は数字と話題性に弱いんだ。
だから、お前は「自分が撮りたいもの」で、「どうしたら数と話題が取れるか」をひたすら考えたらいいんだ」
「……数と、話題…」
青葉はまた、オウム返しに敏雄の言葉を口に出した。
「おう、だから、お前はお前の撮りたいもので勝負して、もう少しがんばれよ。まあ、辞めたいって言うなら無理に止めることはしねえけど」
「…はい」
ここに来てからというもの、バカにされるばかりであったから、まさか励まされるとは思っていなかった。
「お前は間違っていない」と言われたからだろうか、青葉は少しばかり気が晴れたような気がした。
「ああ、それと。有名人のゲスいところを撮るのは、数と話題を取りやすいけどな、その分、代償も大きいんだ。横居もそのうち、痛い目見ると思うぜ」
伊達が右腕をさすった。
そうされると、そこにある傷跡に嫌でも視線が泳いでいってしまう。
伊達の右腕の甲には、白く盛り上がった長さ5センチほどの、細長い斜め切りの傷跡がある。
傷跡自体が濃く残っている上、目立つ位置にあるせいで、青葉は彼とすれ違うたびに、それに注視してしまっていた。
──手術の跡とかかな?
あまり傷跡ばかり見つめていては失礼かもしれないと思って、青葉は目を逸らした。
伊達はどうやら、まだ青葉の返事を待っているらしい。
「……そうですか。あー…もう、失礼しますね」
少し気まずい気持ちになった青葉は一礼すると、その場を足早に去っていった。
『お前の「創作に懸命に向き合うアーティストが撮りたい」も間違ってねえよ』
伊達に言われた言葉が頭の中で何度もエコーすると同時に、嬉しさがこみ上げてくる。
そんなだから、腕の傷跡に対する疑問はあったという間に消え失せてしまった。
青葉は、もうこの仕事はやめてしまって、別のところへ転職しようかと考え始めていた。
転職先の目処は立っていないから、今すぐ辞めるとなると生活に困ることがあるかもしれない。
しかし、青葉にはもう、この仕事を続ける理由や意義があるようには感じられなかった。
こんな下卑た仕事を続けるくらいなら、いっそ貧窮してしまった方がマシなのではないか、とさえ考えるようになった。
「おい、青葉」
そんな気持ちを引きずったまま帰ろうとしたところ、急に呼び止められた。
声の主は、横居とよく一緒にいる伊達という壮年のベテラン記者だった。
この記者は、どちらかと言えば横居とは真逆のタイプの男だ。
横居はいかにも今どきの若者といった風体で、頻繁に服装や髪型を変えている上、口調や振る舞いもどこかくだけている。
一方、目の前のこの男は、髪型は基本的に変わることがなく、いつもきっちりとセットされている。
眉や髭は手入れが行き届いていて、服装は簡素そのものだ。
顔には年相応にシワが刻まれてはいるが、目つきは凛々しく、鼻筋通った顔つきは清潔感があり、記者というよりは議員や男性アナウンサーに近い印象を与えた。
「お前、横居に何か言われたんだろ?」
「ええ、まあ…」
横居の名前を出されて、青葉は傷口に塩を塗られたような気持ちになった。
「横居の言葉は気にしなくてもいい。アイツはいつでも、誰に対しても口が悪いんだ」
「はい…」
彼も横居と同様に、自分のことをバカにしてくるものと思っていたから、青葉は意外に思った。
慰めてれているのだろうか。
それでも、胸がつかえたような感覚は未だに消えない。
「ああ、それとな。横居が言う「大衆は人様のゲスい部分を求めてる」ってのは、事実っちゃあ、事実だ。
だが、お前の「創作に懸命に向き合うアーティストを撮りたい」も間違ってねえよ。要はな、数と話題が取れたらいいんだ」
「数と話題…」
敏雄の言葉を聞いて、青葉は顔を上げた。
「ああ、どんなにいい作品でも、誰にも知られてなくて、数も取れなかったら駄作扱いだ。
その逆もしかりで、世間様は数字と話題性に弱いんだ。
だから、お前は「自分が撮りたいもの」で、「どうしたら数と話題が取れるか」をひたすら考えたらいいんだ」
「……数と、話題…」
青葉はまた、オウム返しに敏雄の言葉を口に出した。
「おう、だから、お前はお前の撮りたいもので勝負して、もう少しがんばれよ。まあ、辞めたいって言うなら無理に止めることはしねえけど」
「…はい」
ここに来てからというもの、バカにされるばかりであったから、まさか励まされるとは思っていなかった。
「お前は間違っていない」と言われたからだろうか、青葉は少しばかり気が晴れたような気がした。
「ああ、それと。有名人のゲスいところを撮るのは、数と話題を取りやすいけどな、その分、代償も大きいんだ。横居もそのうち、痛い目見ると思うぜ」
伊達が右腕をさすった。
そうされると、そこにある傷跡に嫌でも視線が泳いでいってしまう。
伊達の右腕の甲には、白く盛り上がった長さ5センチほどの、細長い斜め切りの傷跡がある。
傷跡自体が濃く残っている上、目立つ位置にあるせいで、青葉は彼とすれ違うたびに、それに注視してしまっていた。
──手術の跡とかかな?
あまり傷跡ばかり見つめていては失礼かもしれないと思って、青葉は目を逸らした。
伊達はどうやら、まだ青葉の返事を待っているらしい。
「……そうですか。あー…もう、失礼しますね」
少し気まずい気持ちになった青葉は一礼すると、その場を足早に去っていった。
『お前の「創作に懸命に向き合うアーティストが撮りたい」も間違ってねえよ』
伊達に言われた言葉が頭の中で何度もエコーすると同時に、嬉しさがこみ上げてくる。
そんなだから、腕の傷跡に対する疑問はあったという間に消え失せてしまった。
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