【完結】週刊誌の記者は忘れられない

若目

文字の大きさ
15 / 73

誘いを受けて

しおりを挟む
A市女子中学生いじめ自殺事件後の保護者会の取材から、1週間が経った。

「あ…あの、伊達さん!」
その日の全ての仕事を終えて帰ろうとした瞬間に、溌溂とした声で名前を呼ばれて、敏雄は振り返った。
青葉だった。

「どうした?また横居に何か言われたのか?」
だとしたら、一度は横居に釘を刺しておくべきだろうと敏雄は思った。
社内でトラブルを起こされてはかなわない。

──まったく、横居のアホが!

あまりに慎みのない最近の横居の態度に、敏雄は辟易しはじめていた。
横居は過去に何度か、議員や大企業幹部のパワハラ騒ぎを記事にして、茶の間の話題を掻っ攫ったことがある。
そんな横居が下の立場の人間に、「彼にパワハラされました」と告発されるようなことがあれば、とんだお笑い種ではないか。

「違います。横居さんとはもう、ほとんど関わってませんから。向こうもぼくのこと避けてる節ありますし…」
「じゃあ、なんだよ?」
ひょっとして、他の記者に意地悪されたのだろうか。
青葉にろくでもない意地悪をしそうな輩が、この社内には山といる。

青葉は変なところで聞かん気が強いらしく、そのことが原因で煙たがられているらしかった。
その点においては青葉にも問題があるのだろうが、だからといって横居がやっているようなことを見過ごすのだって充分に問題であろう。

それでは、いじめを見て見ぬフリする教師と何ら変わらない。
この時点で、しっかり対処する必要があると判断して、敏雄は青葉の返事を待った。

さて、横居でないとしたら誰の名前が上げられるのかと敏雄は身構えたが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「あの……伊達さん。差し支えなければ、一度だけでもいいんで、一緒に飲みに行ってくれませんか?日時と場所は、そちらに合わせますから」
「……別にいいけど」

横居への怒りではらわたが煮えくりかえっていたところ、思わぬ肩透かしを食らってしまった敏雄はキョトンとした。
「よく横居さんと飲んでますよね?いつもどこ行ってるんですか?」
そんな敏雄に構わず、青葉はさらに尋ねてくる。
「この近くの居酒屋だけど」
「じゃあ、場所はそこでいいですか?」
「俺はいいけど。お前はいいのか?」

敏雄は念のために聞いてみた。
あの居酒屋は敏雄のお気に入りだが、若者が好むような洒落た仕様ではないし、混み合ってくると、仕事帰りのサラリーマンや学生の騒ぐ声がとにかくうるさい。
「いいんです。ちょっと話したいなと思ってるだけなんで。伊達さんがよかったら、仕事についてのアドバイスとか欲しいです」

なるほど、そういうことか。
青葉に声をかけたのは、あくまでトラブル回避のためと、いつまでも目の前で落ち込まれるのが鬱陶しかったからだが、それを青葉は「気にかけてくれている」だとか「この人なら相談に乗ってくれそう」と判断したのかもしれない。


「なんなら、今から行くか?」
横居は今日、音楽プロデューサーの不倫疑惑について調べるため、張り込みに出払っている。
敏雄も今夜は特に用など無いし、青葉と空いた日が重なる日を、今後いつ設けられるかはわからない。
だから、今すぐ行ったほうが都合が良いのだ。

「空いてます!」
唐突な誘いにもかかわらず、青葉は嬉しそうに即答した。
「じゃあ、行くか」

いつまでもクヨクヨと悩まれるより、多少なりともやる気になってくれた方がありがたいから、敏雄は青葉の誘いに乗ることにした。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...