恋人以上、恋愛未満

右左山桃

文字の大きさ
46 / 135
2章 あなたと共に過ごす日々

09 策士、策に溺れる・3

しおりを挟む
そんなこんなで。
結局、最後まで全部観てしまった。
時計は、もう深夜0時を指している。

観ている時は、怖いもの見たさで観るのをやめられなかったけど。
ホント、今さらだけど。


観なきゃ良かった。


「そろそろ寝ないとね……明日に響くし」


欠伸をしながら、洗面室に歯を磨きに行く雅にピッタリくっついて歩く。
洗面室に着いてからは、極力鏡を見ないようにして歯ブラシに手を伸ばした。
明後日の方角を見ながら棚を手探ったせいで、歯磨き粉とコップが次々に流しにダイブする。


「…………美亜」

「…………」


素知らぬ顔をしつつ、落ちた諸々を棚に戻す。
だって、鏡の端に何か見ちゃいけないものが映っていたら困るじゃないか。
雅の隣で、置いて行かれないように大急ぎで歯を磨く。


「じゃあ、また明日。おやすみ」


自室の前で扉を閉めようとしている雅を、思わず恨めしそうな顔で眺めてしまった。
何か言いたそうに口ごもる私の心境を察して、雅は心配そうに眉根を寄せて笑う。


「……本当に大丈夫?」


その問いに、私は観念して呟いた。


「……あんまり、大丈夫じゃないみたい……」


ここで強がったら、扉をパッタリ閉められてしまう。
そう思ったら居た堪れなかった。
ベッドの上でひとり恐怖に耐えながら眠りに着くのは嫌だった。


「一緒に寝たい。雅の部屋の片隅で寝るから……」


こんなことを言うなんて情けない。子供か、と思ったけど、もう形振り構っていられなかった。
狼狽した表情で、雅の反応を伺う。


「怖かった……無理。ひとりじゃ寝れない」


雅が口を開くより早く、大急ぎで自分の部屋から枕と掛け布団を取ってくる。


「雅の部屋、入るから! 駄目って言われても入るから!」


宣言しながら、返事も聞かずに押し入った。別に止められもしなかったけど。
雅の部屋は、引っ越してきた時とあまり変わらず整頓されていた。
ベッドは私のより大きくて、ふたりでも充分に眠れると思うけど贅沢は言わない。
床も物を端に寄せれば充分に寝るスペースは確保できそうだった。


「なんかすごい……意外な反応……だなぁ……」


床をテキパキと片付けている私の背後で、雅はポカンとした顔で呟いた。


「……ぐ……」


思わず下唇を噛む。
私だって、こんな私は想定外なのだ。


「それはこっちのセリフ。ああいうのは絶対雅の方が怖がると思ったのに」


悔しい。そして。


「ちょっぴり馬鹿にされている気がする」

「そんなことないよ、ただ……」

「何」

「……可愛いな、って……」

「!? 可愛くなんかないっ。ばっ、雅のばか!」


恐怖で摩耗していた心臓に、別の負担がかけられた。
しかし、これはこれで概ね作戦通りなのかもしれない。
作戦通り…………なのに。
おかしい、何かが違う。こんな展開を狙っていた筈じゃないのに。
でもここで雅を突っぱねて、強がったところで、ひとりで寝る羽目になったら本末転倒だ。
今日はどう考えたって、私の方が分が悪い。
拗ねるように、部屋の隅で布団にくるまる。


「床、冷たくない? そんな所で寝たら体が痛くなっちゃうよ?」

「冷たいけど、雅は私と一緒に寝るのは嫌なんでしょう」

「そんなの、ひと言も言った覚えないよ……」

「…………」

「一緒に寝よう? おいで美亜」


雅の言葉に、不覚にもカッと頬を染めてしまった。
もそもそと布団にくるまり直って、雅から顔を隠す。


「来ないの?」


知らない。知らない。もー、聞こえない。
巨大な芋虫のような姿で、うごうごと寝返る。
今日はここで寝てしまうんだから。
気持ちを落ち着けようとして、ひとつ呼吸をして目を閉じる。
雅の足音が近づいてきても無視してそっぽを向いていたら、急にぐらりと地面が揺れたもんだから、私はびっくりして跳ね起きた。


「え? え!?」

「あはは。抱っこできた」


視線の位置は床よりずっと高くにあって、布団ごと雅に抱きかかえられていた。
雅はお姫様抱っこの要領で、おぼつかない足取りで私をベットの上に運ぼうとしている。


「ちょ、何してるの!? 危ない! 危ない!」


身長だって大差ないのに。絶対重いのに。こんなの私に、死ぬほど似合わないのに……。
状況把握、危険予知、羞恥、その他くすぐったい何か……と言った、あらゆる情報が一度に頭を駆け巡る。
布団の裾を踏んづけてよろめく雅に、思わず落ちまいとして首元に抱きついた。
グッと思い切り首に体重をかけられて、雅が前につんのめる。


「わぁ!?」


ベッドの上に投げ出されて、雅が私に覆いかぶさるように雪崩れ込んでくる。
私をつぶさないように咄嗟に腕で体を支えた雅は、私を押し倒したような体制になった。


「ごめん……怪我は?」


慌てて顔を上げた雅と、至近距離で目が合う。
千夏に借りた漫画にもこんな光景あった気がする。
あのときのヒロインはどうしたんだっけ。


「あ……」


雅の頬が赤くなるのを見てドキドキと胸が高鳴る。
ここでもうひとりの自分が背中を押した。

言うべきか。
言うべきか。

ここはひとつ、誘い文句のひとつでも言って、日頃の女子力の低さを返上すべきか。
パニックに陥っている頭に「しっかりしろ」と渇を入れて、なけなしの色気を総動員させる。


「だ、だ、だっ、抱い…………」


最後まで言い終わらないうちに、雅が「ぷはっ」と吹き出すように笑った。


「笑うの!? ここで!? 違うでしょう!? 酷くない!?」

「ん、ごめん。ごめん。なんかおかしくて」


笑いを噛み殺すように肩を震わせる雅に、ぎゅぅ、と抱きしめられる。


「美亜は可愛いね」


馬鹿にしてー! と怒り心頭の筈なのに。
雅に可愛いと言われたことが、くすぐったくて嬉しくて。
腕に閉じ込められている、それが、すごく嬉しくて。


「抱いても……。抱きしめても……いいんでしょ?」


悪戯っぽく笑う雅に耳元で囁かれて、こく、こくと無言で頷く。
もっとも、体なんてほとんど封じられていて、私は少し顔を動かせたくらい。

雅の腕の中はあったかくて、優しくて、なんだか懐かしくて。
目を閉じたらすぐに眠くなった。

私も腕を伸ばして、雅の胸に顔を埋めてみる。
鼓動が不自然な早さで走っていくのが聞こえて。
ドキドキしてるのはきっと私だけじゃない。

そう思ったら頬が緩んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。 朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。 禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。 ――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。 不思議な言葉を残して立ち去った男。 その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。 ※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。

丘の上の王様とお妃様

よしき
恋愛
木崎珠子(35才)は、大学を卒業後、帝国財閥の子会社に勤めていた、ごくごく平凡なOLだった。しかし、同じ職場の彼に二股をかけられ、職場にも居づらくなり、あげくに両親が交通事故でいっぺんに他界。結局会社を退職し、両親がやっていた喫茶店「坂の上」を引き継ごうと、地元へ帰ってくる。喫茶店の仕事は、会社務めに比べると、珠子にはなんとなくあっているようで...ご近所さんを相手にユルくやっていた。そんな珠子が地元へ戻ってから半年ほどして、喫茶店「坂の上」の隣にある、通称「お化け屋敷」と呼ばれる大豪邸に、帝国財閥の偉い人が越してくると話題になる。珠子は、「別の世界の人間」だからと、あまり意識をしていなかったのだか... 「お化け屋敷」の噂からひと月後。いつもは見ない紳士が、喫茶「坂の上」によってきて。そこから始まる現代シンデレラ物語

同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉

朝陽七彩
恋愛
突然。 同居することになった。 幼なじみの一輝くんと。 一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。 ……だったはず。 なのに。 「結菜ちゃん、一緒に寝よ」 えっ⁉ 「結菜ちゃん、こっちにおいで」 そんなの恥ずかしいよっ。 「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、 ほしくてほしくてたまらない」 そんなにドキドキさせないでっ‼ 今までの子羊のような一輝くん。 そうではなく。 オオカミになってしまっているっ⁉ 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* 如月結菜(きさらぎ ゆな) 高校三年生 恋愛に鈍感 椎名一輝(しいな いつき) 高校一年生 本当は恋愛に慣れていない 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* オオカミになっている。 そのときの一輝くんは。 「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」 一緒にっ⁉ そんなの恥ずかしいよっ。 恥ずかしくなる。 そんな言葉をサラッと言ったり。 それに。 少しイジワル。 だけど。 一輝くんは。 不器用なところもある。 そして一生懸命。 優しいところもたくさんある。 そんな一輝くんが。 「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」 「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」 なんて言うから。 余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。 子羊の部分とオオカミの部分。 それらにはギャップがある。 だから戸惑ってしまう。 それだけではない。 そのギャップが。 ドキドキさせる。 虜にさせる。 それは一輝くんの魅力。 そんな一輝くんの魅力。 それに溺れてしまう。 もう一輝くんの魅力から……? ♡何が起こるかわからない⁉♡

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

モース10

藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。 ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。 慧一は興味津々で接近するが…… ※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様 ※他サイトに投稿済み

次期社長と訳アリ偽装恋愛

松本ユミ
恋愛
過去の恋愛から恋をすることに憶病になっていた河野梨音は、会社の次期社長である立花翔真が女性の告白を断っている場面に遭遇。 なりゆきで彼を助けることになり、お礼として食事に誘われた。 その時、お互いの恋愛について話しているうちに、梨音はトラウマになっている過去の出来事を翔真に打ち明けた。 話を聞いた翔真から恋のリハビリとして偽装恋愛を提案してきて、悩んだ末に受け入れた梨音。 偽恋人として一緒に過ごすうちに翔真の優しさに触れ、梨音の心にある想いが芽吹く。 だけど二人の関係は偽装恋愛でーーー。 *他サイト様でも公開中ですが、こちらは加筆修正版です。 性描写も予告なしに入りますので、苦手な人はご注意してください。

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

処理中です...