恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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3章 恋の証明

35 雅の独白 新しい場所で・5

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「そうそう。お優しいと言えば、社長から伺いましたよ? 雅さんが、自分が会社を継ぐ代わりに光也さんを許して、彼女との結婚を認めてあげて欲しいと仰ったと」

「あぁ、それね。……兄ちゃんも1ヶ月、親父から逃げ回って苦労して懲りたみたいだし」

「私は、もっと光也さんに対しても怒っていらっしゃるのかと思いました」

「…………」


怒っていない訳じゃない。
でも、兄ちゃんの気持ちは理解できるから、感情をぶつけたりはできなかった。
会話をしたのは何年ぶりだろう。
連れ戻された兄ちゃんは、バツが悪そうに俺と目を合わせないようにしてボソボソと喋った。


『お前が会社を継ぐ方が向いてるんだって本当はわかってた。ずっと親父が認めているのはお前だよ……』


帰ってきて早々に変なことを言いだす。
今まで俺なんか蚊帳の外だったのに。


『子供の頃からずっと、負けたくない気持ちだけでここまで来たけど、真正面から俺にぶつかってこない、いつも一歩引いて俺に譲る雅に勝った気がしなかった……。俺は必死なのに、雅は肩の力を抜いて自由気ままに生きているように見えて羨ましかった。俺はずっとお前にコンプレックスがあったんだ……だから……』


いつも自信満々で、俺のことなんか馬鹿にしていた兄ちゃんが苦々しそうに顔をしかめて、それでも俺に頭を下げた。


『悪かった……』


親父の跡を継ぐ不安、そんな中で彼女の妊娠が分かったから、気持ちが爆発して衝動的に駆け落ちに至ったんだと……そう言いたいらしい。
ことの経緯を聞いてから、俺は深く溜息をついた。


『はぁ……。散々迷惑かけた挙げ句、逃げだした理由を”彼女の妊娠”じゃなくて、”俺へのコンプレックスに負けたから”ってことにしておきたいんだ? どこまでも卑怯で最低だね。兄ちゃん』

『…………』

『そうだよね。言い訳にしちゃバレバレだけど、親父の怒りの矛先を彼女に向けたくはないもんね。確かに兄ちゃんは社長の器じゃないよ。任せておけないから、会社は俺が引き受けるよ』

『…………』

『大丈夫だからさ。そういうことにしよう? あとは上手くやるから、兄ちゃんは彼女を大切にしてよ』

『…………すまない……雅……』


兄ちゃんの話がどこまで本当だったのかはわからない。
でも、俺には兄ちゃんが、兄ちゃんは俺がずっと羨ましかったのかもしれない。
兄ちゃんは俺以上に誰かと自由に恋愛なんてできなかった筈だし、逃げ出したい気持ちもプレッシャーもあったと思う。
プライドを捨てても守りたい人ができたんだから、できることなら、兄ちゃんも彼女――今は奥さんか、子供もみんな幸せになって欲しい。


「光也さん、今はフルール化粧品の商品企画室で頑張って働いていらっしゃるそうですね」

「色々あったからあまり表沙汰にはしてないけど。元々優秀な人だし、最終的には実績積んでここに帰ってくるんじゃない? それはうちの会社にとっても理にかなってることだし、親父も兄ちゃんを許すきっかけは欲しい筈だから」

「そうですね。良い気配りだったと思います。社長は立場的に甘い面を見せられませんからね。かと言って、光也さんを放っておいて自暴自棄になられても、何かあったら会社に傷がつきますし」

「うん」

「これをきっかけに、兄弟仲も良くなるといいですよね」

「それはどうかなぁ……」

「でも、もうひとつ社長に申し出た取り引きは、どうなるでしょうかね」

「…………は?」

「『従順に従う代わりに、結婚相手を選ぶ権利は譲らない。どんな人を選んでも文句は言わせない』」


思わず眉間を指で押さえた。
ほんと……この人と話してると頭を抱えたくなる。


「……だからさぁ。なんで本郷さんは全部知ってるんだろ……」

「そりゃ、元社長秘書ですから」

「いやいやいやいや。おかしいでしょ。なんで俺と親父の会話が筒抜けてるの」


ああもう。
この人と親父は繋がっているんだから、俺が言ったこと一言一句漏れなく伝わるんだから、ここから先は慎重に言葉を選ばないと面倒くさいことになる。
地雷を踏まないよう身構えた俺に、本郷さんは容赦なく追い打ちをかけてきた。


「そんな台詞、結婚したい人がいなきゃ出ないですよね」


うっ、と声が出そうになるのを咳払いでごまかす。
いや。これは絶対、俺の反応見てる。はったりかけてきてる。
『そんな訳ないでしょ』って冷静に返して、『本郷さんには関係ない』でトイレに行くフリして会話を早々に中断し……。


「で、迎えに行きたいんですか?」

「!?」

「次に会えたらプロポーズするつもりなんですかね」

「…………」

「美亜さんに」


俺が考えをまとめるよりも早く、興味津々に瞳を輝かせた本郷さんがポイポイと爆弾を投下してくるもんだから、今度こそ俺は頭を抱えた。
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