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 一旦部屋で着替えてから家を訪ねて来た鮫島さんは私が料理をしている間、お腹が空いたとぐずり始めた凜の相手をしてくれていた。

 いつもは調理中、危ないから駄目だと言ってもキッチンの周りをうろうろしている凜だけど、今日は大好きな鮫島さんが一緒に居るからか彼が来てくれてからというもの私の方には見向きもしない。

 そんな状況に少しだけ淋しい気持ちを抱えつつも普段よりも手際良く調理に取り掛れるので楽なところも多く、凜の相手をしてくれる彼には感謝しかない。

「お待たせしました」

 一時間ちょっとで全ての料理を作り終えた私がテーブルに料理を並べると、

「うわー!  おいしそー!」
「本当に、美味そうだな」

 二人は瞳を輝かせながら席に着き、嬉しそうな表情を浮かべながらハンバーグに手を伸ばしていた。

 用意したのはデミグラスソースのハンバーグと野菜スープと盛り付けただけのサラダという至ってシンプルな料理。

 もっと時間を掛ければ色々準備出来たのだけど仕事終わりのご飯は時短重視なので、ついつい簡単な物が多くなってしまうけれど、

「おいしー!」
「うん、美味いなぁ」

 二人とも美味しそうに食べてくれるので、それだけで私は嬉しくなった。

「やっぱり八吹さんって料理上手いですよね」
「そんな事ないですよ。あまり凝った物は作れませんし……」
「いやいや、これでも十分だと思うけど。何よりも凜が喜んでるならそれが一番でしょ」
「そう、ですかね?」
「そうですよ。凜、お前は良いな、こんな美味いご飯が毎日食えて」
「うん!  ママのごはんおいしーからすき!」
「ほら、凜がこう言ってるのが一番でしょ?」
「そうですね、好きと言われると嬉しいし色々報われる気がします」
「どんなに凝った物より、凜が好きな物を作ってやる方がよっぽどいいんですよ。八吹さんは色々頑張ってると思うから、自信持って」
「……ありがとう、ございます」

 鮫島さんは、やっぱり素敵な人だ。

 彼とこうして関わるようになってから、自己肯定感の低かった私は少しずつだけど自信が持てるようになっている気がした。

 これも全て、彼のおかげだと思う。

 食事を終えて後片付けをしていると、お腹いっぱいになって眠くなってしまったのか、凜の機嫌が悪くなってきた。

「凜、眠いの?」
「うーん……」
「でも、まだお風呂入ってないからなぁ……もう少し頑張れそう?」
「うーん……」

 凜本人としても鮫島さんが居るからまだ起きていたいみたいだけど、睡魔には勝てないようで瞼がどんどん下がっていく。

「凜も眠そうだし、俺はそろそろ戻りますね」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
「いや、礼を言うのはこっちの方だから。美味しいご飯、ご馳走様でした。それじゃあ凜、またな」

 半分眠り掛けている凜の頭をポンと撫でて立ち上がった鮫島さん。

 そんな彼に凜が、

「おにーちゃん、かえっちゃやだぁ……。ぼく、おにーちゃんともっといっしよにいる……」

 駄々をこねながら彼の足元にまとわりついていく。

「凜。鮫島さんを困らせちゃ駄目でしょ?  もう遅いから、また今度ね?」
「やだぁ!」
「凜!  凜はもうお風呂に入って寝る時間!  ほら、鮫島さんにバイバイして?」
「やーだ!  ぼく、おにーちゃんとおふろにはいる!  おにーちゃんといっしょにねる!」
「凜……」

 父親が居ない反動なのか、最近は以前にも増して我儘が増え、鮫島さんと一緒に過ごせば過ごすだけ彼と離れがたくなってしまうのか駄々をこねては私や彼を困らせる凜。

「八吹さんさえ良ければ凜、俺の部屋で風呂に入れて眠くなるまで相手しますよ。その方が片付けも捗るだろうし、眠ったら眠ったで俺が後で連れてくんで」
「そんなっ!  そこまでお願いするのは申し訳なさ過ぎます……」
「俺は構わないから、申し訳なく思う必要は無いけど?」

 正直、彼の申し出は凄く有難い。だって今ここで無理矢理凜を鮫島さんから引き離すと確実に泣き出すし、眠さで不機嫌なのに更に機嫌を損ねて何も出来なくなってしまうだろうから。

 けど、いくら彼が気にしなくていいと言っているからって、そんな事までお願いするのはどうなんだろ?

 そんな思いが頭を駆け巡った時、いつか彼が言っていた“頼って”という言葉が浮かんでくる。

 甘えてばかりで本当に申し訳ないけど、ここはやっぱり彼の厚意に甘えよう。

「……すみません、それじゃあ少しだけ、凜の事よろしくお願いします。片付けが済んだらこちらから迎えに行きますので」
「分かった。それじゃあ、俺もシャワー浴びたいから、とりあえず凜を風呂にだけ入れておきますね」
「ありがとうございます、よろしくお願いします。凜、鮫島さんが凜とお風呂に入ってくれるって。きちんと言う事聞いてね?  ママ、後で迎えに行くから」
「わかった!」

 こうして彼の厚意に甘えて少しの間凜は彼の部屋にお邪魔する事になり、私は片付けや残った家事を終わらせる事にした。
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