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「よし、終わり」

 凜を鮫島さんにお願いしてから約二時間。

 夕食の片付けから一通りの家事が終わった私は早速凜を迎えに行く事に。

 隣の部屋を訪ねると、どうやら凜は眠ってしまったようで、

「さっきまで余程眠かったのか結構ぐずっててようやく寝たところだし、起こすと可哀想だから上がってお茶でも飲んで行ってよ」
「……それじゃあ、少しだけ」

 今起こすとまた機嫌が悪くなりそうな凜に配慮してくれた鮫島さんからお茶のお誘いを受けた私は少しだけお呼ばれする事にした。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 出されたのはハーブティー。彼の部屋には何度かお邪魔した事があって以前もハーブティーを頂いたのだけど、結構飲みやすくて疲れた身体に染み渡るというか、ホッと出来るというか、もの凄くリラックス出来るので有難い。

「あの、凜が何か迷惑掛けたりしませんでした?」
「いや、全然。寧ろきちんと言う事聞いて利口だったし。それよりも八吹さんは凜が居ない間にやる事は終わらせられた?」
「はい!  普段は凜に話し掛けられたり中断させられる事も多いから、見ていただけて本当に助かりました」
「それなら良かった」

 凜の事を中心に会話を広げていた私たち。一旦会話が途切れたタイミングで、私は気になっている事を聞いてみようと口を開いた。

「あの、鮫島さん」
「何?」
「その、今日私の働いているお弁当屋に来てくれたじゃないですか?」
「ああ、うん」
「店長さんから鮫島さんが店の前をよく通るって聞いたんですけど、会社が近くだったりするんでしょうか?」

 思えば私たちは仕事の話を詳しくした事は無くて、彼が会社勤めという事くらいしか知らなかった。

 お弁当屋の近くにはビルが多いから周辺で働いていると言われても納得出来るのだけど、どうやら違ったらしく、

「いや、会社はちょっと離れてるんだけど、取引先が店の近くのビルで、打ち合わせとかがあると通るんですよ」

 店長が言っていた暫く通らなかったというのも、取引先に用事が無かったからだという事が窺える。

「そうだったんですね」

 とまあそれは良いとして、もう一つ聞きたい事があった私はそのまま続けて、

「あの、もしかして、鮫島さんは私があの店で働いているのを元から知っていたりするのでしょうか?」

 特に聞きたかった事を聞いてみると、

「……実を言うと、このアパートに越してくる前から八吹さんの事は知っていたんだ。取引先であの弁当屋の弁当は美味いって評判だったのと、レジの女の人が美人だって噂があって気になったのがきっかけ。それから暫くして前に住んでた部屋の更新時期だった事もあって、もう少し職場に近い場所にしようと探してて見つけたアパートに八吹さんが住んでるのを見掛けて、即決したんだ」
「え?」
「……店で見た時、噂通りの美人で優しそうって思った。アパートの内見で見掛けた時、凜に向ける優しげな表情に惹かれて、八吹さんの事を知りたいと思った。要は俺、八吹さんに一目惚れしてるって事。ただ、下心丸出しで近付くのもどうかと思ってここに越してきてから暫くは挨拶程度でそれ以上には関われなかったけど、八吹さんが男に言い寄られて困ってるの見てたら我慢出来なくて、ついつい声掛けたって訳」
「…………」

 驚いた。私が美人だなんて噂がある事も勿論だけど、知っていただけじゃなくて、私に一目惚れしてる……だなんて。

「あー、何か俺、もの凄くダサいよな……つーかよく考えたら気持ち悪いか……何か、すみません……」
「い、いえ!  そんな……。それに、その……気持ち悪い、だなんて、思いませんから」

 頭をガシガシと掻き毟りながら落胆する彼に思わずクスリと笑いが込み上げてくる。

 確かに、見知らぬ人に好意を持たれてると知ったら、ちょっと戸惑いはあるかもしれない。

 でも、鮫島さんは今は隣人で凜の為に色々良くしてくれる。困った時には助けてくれる。

 そんな素敵な人に好意を持たれていると知ってしまったら何て言うか、別の意味で戸惑ってしまう。

「――まあ、そういう訳で、凜の事もあるだろうから恋愛云々っていうのはひとまず置いておくとして、とにかく俺は八吹さんの力になりたいから、どんどん頼って欲しい。俺の気持ちを汲んで、せめて遠慮だけはしないで欲しいんだ」

 確かに、彼の言う通り私には凜がいるから、正直恋愛とかそういうのは考えられない。

 いつかは再婚だってあるかもしれないけど、私の幸せよりも凜の幸せが一番だから、凜を最優先にしたい。

 それを理解してくれた上での彼のその言葉に、私は涙が出そうな程、嬉しくなった。
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