30 / 66
二章・15話「塔でのスローライフ、毒殺と王子様と間接キスと 2」シンデレラ視点
しおりを挟む「食べろ」
「くっ、食えるか……!」
豪華な食事が並んだテーブル。
オレの隣の席に座るフィリップ王子。
王子から差し出される、使用済みのスプーン。
ぐ~ぐ~と鳴るオレのおなか。
テーブルの上にはスープやパン、サラダや果物、ステーキなどが並んでいる。
フルーツの甘い匂いや、ステーキの香ばしい匂いが、オレの鼻をくすぐる。
だけど問題がひとつ、スプーンとフォークとナイフが一セットしかないってどういうこと?
二人で食事をするのに、スープや肉も一皿しかない。
王子がスープを一口飲み。王子が同じスプーンでスープをすくい、「食べろ」とうながす。
「はい、あーん」というやつだ。
「はい、あーん」っていうのは、母親が小さな子供にすることだろ?
もしくはラブラブな恋人同士や、新婚の夫婦がすることだ。
なんでオレが王子の使用済みのスプーンで、「はい、あーん」で食べさせてもらわなければいけないんだ?
「腹が空いてないのか?」
「空いてるよ」
さっきからうるさいくらい、おなかの虫が鳴いてるよ。
父親が亡くなってからずっと、残り物しか食べさせてもらえなかった。
こんなにご馳走(ちそう)が並んだテーブルに座るのは、数年ぶりだ。
「なら食べろ」
フィリップ王子が、スープをすくいなおし、スプーンをオレに近づける。
「なんでおまえと同じスプーンを使って、おまえと同じ皿のスープを、しかも『はい、あーん』で食べさせてもらわなくちゃいけないんだ!」
介護かよ! なんの嫌がらせだよ!
「そのことか」
フィリップ王子が、無表情で説明を始めた。
能面のような表情で、何を考えているのか読みとりにくい。
「おまえは、死にたいのか?」
「はぁ? なんだよいきなり、死にたくないに決まってるだろ!」
自分の手から食べなければ餓死(がし)しろってことか?
犯されて、拉致(らち)されて、監禁(かんきん)されて、餓死(がし)するとか……最悪だろ!
「なら、この食べ方で我慢しろ」
「嫌だ」
ツンと、そっぽをむく。
シンデレラちゃんをなめるなよ。
継母にいじわるされて、ご飯を食べさせてもらえないことなんか、しょっちゅうだったんだ。
空腹に耐えることにはなれてる。
王子がため息をつく。
「食事に毒をもられたことはあるか?」
「ないけど……」
空腹に耐えかねて、腐りかけたご飯を食べたことなら何度かある。
シンデレラちゃんは見かけによらず頑丈(がんじょう)なので、おなかを壊さなかった。
「おまえはいま、危うい立場にいる」
予想はしていた。
「陛下と母上は結婚に賛同してくださったが、結婚に反対しているものも多い」
「そうだろうな」
第一王子が花嫁候補に連れてきたのが、落ちぶれた貴族の子供で、しかも男。
その王子様は王位継承権を剥奪(はくだつ)されても、オレと結婚するとかほざいている。
オレが第一王子派の貴族なら、「ふざけるな!」って激怒する。
王位継承権を簡単に放棄(ほうき)する、フィリップ王子にも腹が立つが。
怒りの矛先(ほこさき)はフィリップ王子をそそのかし、王位継承権を捨てさせようとしている悪女(悪男)、シンデレラに向くだろう。
フィリップ王子を王位に就かせるために、邪魔なシンデレラを……。
考えただけでゾッとする。
あと超絶ブラコンで、お兄ちゃん大好きっ子のルイス王子にとってもオレは邪魔な存在だろう。
そっちはオレを殺すまではしないと思うが……。
「反対派の中には、おまえの毒殺を企てているものもいる」
「……まじか」
無理やり連れてこられた上に、毒殺されるエンドなんて嫌だ!
だけど他人から見たら、王子を誘惑し正室の座につこうとしてる悪女(悪男)なわけで……。
そのくせ「王子に無理やり犯された」と、「拉致された」と玉座の間で騒ぎたて、被害者をよそおうとしている腹黒いやつなわけで。
オレがこの城の臣下や使用人だったら、「なんだこいつ?」ってなる。
フィリップ王子がオレ以外の人にやさしくて、聡明で優秀な王子様で通ってるならなおのこと。
「ようやく、自分が置かれた状況を理解したようだな」
オレはちょっと泣きそうだった。
状況に流されて城に来ただけなのに。あったことをありのままに話しただけなのに。毒殺されるほど恨まれていたなんて……!
いじわるな継母や義理の姉たちでさえ、オレを毒殺しようとはしなかったぞ。
「だからボクと同じ食器を使用し、同じ器から食事をとる必要があるんだ」
「えっ……?」
「ボクがおまえと同じ器から食事をとっていれば、おまえだけを毒殺することはできない」
「たしかに……」
食事に毒を盛ったら、オレだけでなくフィリップ王子も死んでしまう。
フィリップ王子派の人間にとって、それは大きな損失だ。
「同じ器から食事をとる理由は分かったけど、同じスプーンを使う必要があるのか?」
間接キスだ。
フィリップ王子とは、それ以上のことをしている(というか無理やりされた)から今さらだが、すごく嫌だ。
フィリップ王子が肩をすくめる。
「食べ物ではなく、スプーンやフォークに毒を塗られていたら?」
「うっ……!」
それは痛いな。
「でもどっちがどっちのスプーンやフォークを使うかなんて、毒を盛ったやつには分からないんじゃ……?」
「念には念をいれるのがボクの主義だ」
結局おまえは、「はい、あーん」をしたいだけだろ?
「ボクは、今日からおまえと同じ器からしか食事はもとより水もとらない」
フィリップ王子がいつになく真摯(しんし)な表情で言った。
心臓がドキンと音を立てる。
「……えっ? だってそんなことして万が一食事に毒が入っていたら……」
「そうだな、そのときは君と一緒に死んでやる」
フィリップ王子に真剣な眼差しを向けられ、心臓がトクンと音を立てた。
「なっ、なにいってんだよ……!?」
オレのことなんか好きじゃないくせに。
オレのことをただ弄(もてあそ)んでるだけのくせに……。
なんでオレと一緒に死ぬとか、平然と言えるんだよ。
「ボクと同じ食器を使用するなど、君にとっては不本意だろう。だが命には変えられない。だから我慢(がまん)して食べろ」
王子がスープの入ったスプーンを、近づけてくる。
「それに空腹だと、いざというとき逃げられないぞ。君はここから逃げだしたいんだろ?」
オレは絶対にここを逃げ出す。フィリップ王子と結婚するのも、毒殺されるのも、断罪されて処刑されるのもごめんだ!
だけど家には帰れないし、金もない。
いざというときは体だけが頼りだ。空腹じゃここぞというとき逃げられない。
「びっ、媚薬(びやく)とか入ってないよな……?」
念のために聞いておこう。食べてエッチな気分になって、王子とヤってしまったらしゃれにならない。
フィリップ王子が一瞬きょとんとした顔をした、だがすぐにいつものクールな顔に戻り。
「ふっ、そうだなそれは考えつかなかった。君が望むなら次からは入れてこようか?」
からかうように笑った。
「入れるな!」
墓穴を掘ってしまった。
「心配しなくても、これには媚薬は入ってない。これからも入れない」
「分かった、食うよ」
王子の言葉を信じたわけじゃない。だけど食べなければ死んでしまう。
これは生きるためだ。生きるために今は耐えるんだ。
オレは観念(かんねん)して、差し出されたスプーンに口をつけた。
スープが口の中に広がる。まろやかでそれでいてコクがあり……おいしい。
話してる間に少し冷めてしまったが、冷めても絶品だ!
空腹だったせいもあるが、いままでの人生の中で三本の指に入るうまさだった。
ちなみに一番は、前世の母親が作ってくれたシチューで、二番目はシンデレラちゃんの実母が生きてた時に作ってくれたアップルパイ。
王宮だけあって、いい食材を使っている。
そういえば残り物じゃないまともなご飯を食べたのは、数年ぶりだ。
基本的にシンデレラのご飯は、継母や義理の姉の残り物だった。
父親の死後、使用人には暇をだした。使用人を雇う余裕がなくなったからだ。
それからは屋敷の家事を、シンデレラが一人でこなしてきた。
だから誰かにご飯を作ってもらったのも、自分のために作られたご飯を食べるのも、すごく久しぶりだ。
「ほら、もっと食べろ」
王子がスプーンでスープをすくい、オレの口に近づける。
一口目を食べたら、いろいろとふっ切れた。
食べなきゃ死ぬ。
これはラブラブな恋人同士がする「はい、あーん」ではない。王子は単なる毒味役だ。ご飯を食べさせてくれる機械だ。
そう割りきって、食べることにした。
いまは食べて体力をつける。
いつかすきをついて、絶対に逃げだしてやる!
42
あなたにおすすめの小説
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います
黄金
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻!
だったら離婚したい!
ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。
お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。
本編61話まで
番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。
※細目キャラが好きなので書いてます。
多くの方に読んでいただき嬉しいです。
コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました
綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜
【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】
*真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息
「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」
婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。
(……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!)
悪役令息、ダリル・コッドは知っている。
この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。
ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。
最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。
そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。
そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。
(もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!)
学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。
そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……――
元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります
ナナメ
BL
8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。
家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。
思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー
ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!
魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。
※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。
※表紙はAI作成です
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる