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再起
しおりを挟む光の中で、絶望に襲われていると景色が変わった。
先ほど光の粒子が体に降り注いでいたというのに、目の前には、暖炉、土で塗り固めた壁、木でできた机。
どう見ても家の中の景色だ。
俺はここでなぜか椅子に座されている。
何処だここは……?
まったくもって見覚えがない。
困惑していると俺の体はこちらの意思に反して、動き始めた。
手で大きく膨らんだ腹をさすって、それを眺めている。
「あなたの名前はなにがいいんでしょうね?」
女の声が自分の喉から発せられたのを聞いて、違和感が確信に変わる。
これは俺の体ではない。
今の俺の体に手は存在しないし、ましてや妊婦などではあるはずがないんだから。
おそらく、俺は見知らぬ女の中に閉じ込められている。
「やっと仕事が終わったよ。何か、大事はなかったか? イコナ」
木の扉を開けて、黒髪の快活そうな男が家の中に入って来た。
こちらを取り残して、さらに展開が進んでいく。
「ええ、特に大事はありませんよ。『神の書』に私が不幸に遭うという記述がありましたか?」
「いや無かったが。あれは細かい事は載っていないから、ちょっとしたことで何かあるかもしれないだろ。お前はすぐに理屈をごねようとする……」
男は少しムスとした顔をすると、すぐに心配するような顔つきになった。
「何か、気がかりがあるのか?」
「いえ、私たちが役目を終える前に、この子が生まれてくれるか心配で……。役目を終える前に生まれなかったら、この子も消えてしまうんでしょうか?」
目の前の男がこちらに抱擁してきた。
「大丈夫。それまでにはきっと生まれてくれるさ。生まれてこなくても、俺が何とかするよ」
―|―|―
男の声が聞えたと思うと、目の前はまた砂漠に戻っていた。
あれは何だったんだ。
スリートと存在を重ねた時に見えたということは、スリートの記憶か、何かだろうか。
スリートはどうなったのだろう。
周りを見回すと、光の粒子が漂っているのが見えた。
色は黄、緑、赤、青と、白色だったスリートとは異なるがよく似っていた。
「スリート、なのか?」
光の粒子に話かける。
『私はマナじゃありませんよ……。トカゲ』
すると恨めしそうな声が頭の中に響いた。スリートの声だった。
粒子から目を離して、周りを再度確認するが奴の姿は見えない。
「どこにいるんだスリート?」
『あなたの中にいますよ』
「俺の中てどういうことだ?」
『あなたの存在の中です。精神体になってあなたの体に中にいるといった方が分かりやすいでしょうか』
精神体てことは、幽霊みたいな状態になったという事だろうか。
『幽霊なんかと一緒にされるのは癪ですが、まあそれでわかるならそれでいいです』
俺の心の声に応対するスリートにビビる。全部筒抜けになっているんじゃないか。
『心の声どころか、記憶も一切合切わかりますよ。あなた実年齢43歳だったんですね……』
「プライバシーの侵害だぞ……」
どうやら予期せぬ形で、スリートに俺のすべてのことが、開示されてしまったらしい。
恥しかない人生なので、恥ずかしいことこの上ない。
だが、このデメリットがあったとしても、スリートがいってくれることはあまりある。
ここで、スリートまで消えてしまったら絶望しかなかったのだから。
リザードマンというよりも人族のようになった手を、開いたり閉じたりする。
スリートのことが気になって気づくのが遅れたが、体も元のものとはかなり異なっているが動かせるようになっている。
『体が動かせるようなったからて、ラルフに復讐に行くなんて考えないでくださいよ』
スリートは考える前に釘を刺してきた。
『あなたはマナを視認できていますから、おそらく私の力が使える可能性が高いです。しばらくして力を使いこなせば、古き魔王たちとも互角以上に戦えるかもしれません。ですが、ラルフは別格です。絶対に手をだしてはいけません』
スリートは語気を強めて、再度釘をさす。
未来のことを予測してまで釘を刺してきたことから、ラルフと戦うことだけは絶対に避けたいというスリートの確固たる意志が伝わってきた。
だが――
「――それは約束できない」
「なぜです……。そこまで復讐がしたいんですか?……冷静になってください」
「俺は冷静だよ。ラルフに復讐したところで不毛だし、身代わりになったトリシュやお前のためにもならない。そんなことはわかっている。でもこれからすることの都合上、奴とまた会わなければいけないかもしれない」
スリートに事情を説明しながら、歩を動かす。歩みを止めている時間がおしい。
「あなたは何をするつもりなんです?」
スリートが訝し気な声で聞き返してくる。
風魔法で体を浮かせて、特一級風魔法を展開する。
「死者を蘇生するアイテムを探す。最悪、世界を何度回っても見つからなければ、ラルフに尋ねることも辞さない。それが俺の指針だ。あきらめるなといったのは俺だからな。その言葉の責任を取るよ」
風を動かして、空をかける。
「そうですか……」
呆れたような諦めたようなそんな声が聞こえてくる。
お前がこの決断するトリガーを引いたというのに、ひどい奴だ。
スリート……。
あの死にかけの状態で「諦めるなといったのは俺だ」というお前の言葉は俺を絶望させたが、それ同時に確かに俺の心の中で響いた。
お前を失うと思った時、「諦めないこと」、それは絶対に破れない誓いとして俺の心の中に刻みこまれたのだ。
自分を犠牲にして俺を助けてくれようとしたお前が、そういったのだから、その言葉を裏切ることなんて絶対にできない。
他人はそれを呪いというかもしれないが、確かに俺を立ち上がらせてくれた。
俺は絶対にあきらめない。必ずトリシュを取り戻す。
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