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第三章

二十四話

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 夕食ディナーの時間もそろそろ終わりを迎える頃……私たちはまだ宿の食堂にいた。
 周りの客も段々と減ってきており、店の中では少しずつ静けさを取り戻しつつある。
 レイはちょっと不満そうな顔をしているが、色恋話に花を咲かせられるようなメンツでもなし……もう諦めなさいってーの。
 なんとなくアレクの酒のペースが早い気もするが、これで明日のことなんて相談できるのかなぁ?
「そんなに飲んで体は大丈夫なのか?」
「別に平気」 
 ふーん、アレクの口数が酒の量とは反対に段々と減ってきてはいるが……まぁ、いいか。
「アレク、明日の予定はやっぱり直接クランに行ってから決めるのか?」
「そうだな……どうせなら、ただレベルを上げるより、クエストを受けて報酬を貰いつつ強くなりてえだろ?」
「それはそうだな。私としてはまた討伐がいいのだが」
 少し前にアレクと一緒に行ったあのリザードマンの討伐クエストは、体の疲労も忘れるくらい楽しかった。
 あんな感じなら、また挑戦したいと思っていたのだ。
「あぁ、討伐はいいね。シドから正式な依頼を受けて、ヒエウの街にフォルがいると分かってたからさ……さっきクランに寄った時、一応掲示板は確認してたんだよ。で、今日もそれなりに良いのは何件かあったから、ある程度の目星はつけてきてる」
 そういえばアレクはヒエウに着いたらまずクランに行って、そこで私たちの行き先を聞いたと言っていたもんな。
 その時すでに掲示板をチェックしていたなんて……さすがはアレクだ。
 伊達にS級じゃないぜ……。 
「ユケル殿とは古い付き合いなのか? あの人もアレクみたいにすごい強いよな。私もこの前、水晶のダンジョンで危ないところを彼に助けられてさ……なんか戦い方がスマートでカッコ良かったわ」
「まぁ……な。古い馴染みだよ。助けられて良かったな」
 あれ?
 なんかまたアレクの口数が減ったぞ。
 ユケル騎士団長とのことは、あまり聞かない方が良い話題だったのかな。
 よし、肝に銘じておこう。
(ユケル殿との関係のことはアレクに直接聞くの禁止……と)

「フォルはシドのことはどう……いや、悪りぃ何でもない。レイさんは魔法が得意なんだっけ? レベルは?」
「もうフォルったら……私は火と水の上級を所得です。レベルはクランでは13でした」
 しばらくの沈黙の後、急に話し始めたと思ったら、今度はあからさまに話題を変えるようにレイに質問し出したアレク……なんか変だな。
 ははーん……これはやはりだいぶ酔っているな?
「なるほど……相反する属性を取得しているのは便利だな。火属性相手には水魔法が、地属性か不死系のモンスターには火魔法が効く。この近辺の討伐で選ぶとしたら、火属性のファイアーバードか、植物系のアルラウネ辺りが妥当かもしれねえ」
「おぉ、いいねいいね!」
 なんか酔っててもすげえな、アレク。
 属性を聞いただけで、レイの魔法と相性の良い近隣のモンスターまで分かってしまうなんて……。
 個々のモンスター情報をしっかりと把握することは、討伐する上でもとても大事なことだもんな。
 私も今後のために、しっかりと頭に叩き込んでおこう。
(クランに寄ったら常に掲示板はチェック、得意不得意などモンスターとの相性はきちんと把握しておく……と)
「ま、詳しくはまた明日クランに着いてから決めよう。一日経ってもっと良い依頼が入っているかもしれねえから」 
「なるほどな、勉強になるよ」
 クランの依頼内容は度々変わるんだもんな。
 うーん、先輩の助言ってありがたし。
「そうそう私たち、装備も見たいんだ」
「あぁ、そうだな。そこも明日……」
 アレク何でもかんでも頼っちゃってすまんね。
 へへ、優しいからつい……甘えちゃうな。


「そういえばアレクさんておいくつなんですか?」
「あ? 俺の歳は23だよ」
「へー……フォルとは八歳差か……」
 へー……中身とは二歳差か。
 クエストのこともある程度話し終え、そろそろ部屋に帰って寝ようかなと思っていると、今度はレイがアレクに別の質問を投げかけた。
 レイはどうやら明日のことよりも、アレクのプライベートの方が今はとても気になるらしい。
 アレクの年齢なんて初めて聞いたが、23歳という若さで冒険者の頂点に近いところにいるんだな。
 なんかやっぱすげーな。
 私も前世の記憶では一応JDだったし、確か21歳にはなっていたはずだから、中身の年齢差からアレクに対してさらに親近感がわく。
 そしてそんな花の女子大生という立場の私だったが、周りの同級生たちが就職活動に勤しんでいる頃、大学の三年生は必修科目が少ないことを良いことに、授業がある日以外は家にこもってゲームばかりしていたのは言うまでもない。
 ……あれ? そういえば転生する前の私の死因って何だろう。
 ここに来るまでの前後を全く覚えていない。
 なんか誰かに呼ばれたような気も……。

「悪くないですね、歳の差カップルも……うん、なんかステキ」
「いや、だから……まだ10代で若いフォルにはこんなオッサン、興味ないだろって話だよ。なあ? フォル」
 アレクはそう言って、急に私に話を振ってきた。
 自分アレクに興味があるかだって?
 そりゃあ……。
「興味あるかないかで言われたら、めちゃくちゃ興味あるけど? アレク(の強さ)には……」
「は……」
 アレクは私の返事に目を丸くする。
 え? そんなに驚かなくても……。
「人としてもクランの先輩としても尊敬してるし、私はもう色々とアレク(の生き方)に惚れてるから」
「お、お前、こんな所でいきなり何言って……!」
「フォルったら……なんて大胆な……」
「え? なになに?」
 アレクは急に無言で立ち上がると「もう宿で寝るから」と言ってレジの前まで行き、支払いを済ませたらさっさと食堂を出て行ってしまった。
 なんか顔がかなり赤かった気がするけど、随分と酔ってたみたいだからな。
 王都からヒエウまでの長い距離も急いで来てくれたわけだし、きっと疲労もだいぶ溜まっていたんだろう。
「えー……逃げちゃった。せっかくフォルが告白したのに……」
「レイ、私がアレクの生き方に惚れてるって言ったのがさ、何か真似されてるみたいでちょっと嫌だったのかな? それで気分を悪くさせちゃったのかも」
「はあ? うそー……そっちの意味なの……もう絶対アレクさん勘違いしてるわよっ! でも、彼はどこか自分の気持ちに一線を引いてしまってる感じがするわね。それに加えて、このフォルの果てしない鈍さ……これは前途多難な恋の予感がするわ」
「ん? 恋って?」
「はあー……」
 レイは深いため息を吐きながら、私の顔をじっと見つめた。
 私が果てしなく鈍いって何がだろう?
 確かに痛みとかにはちょっと鈍感なところがあるけど……。
「それより、奢ってくれたアレクにお礼を言い損ねちゃったな。明日になったら言わなくちゃ……レイ、私たちも宿の方に行って、そろそろ寝ようか?」
「……そうね」
 私とレイは席から立ち上がり、店員さんに食事のお礼を言ってからこの店を後にする。
 ここは食堂がある建物から、通路を挟んだ先の建物に客室があるタイプの宿だ。 
「二人の仲を進展させるにはかなり労力がいりそうだけど、でも障害があればあるほど恋は燃えるというもの! 私はフォルの幸せのために、アレクさんとの仲を陰ながら応援するわよ。ふふふ」
 通路を歩きながらレイが一人で何かぶつぶつと独り言を呟いていたが、かなり小さな声だったのでよく聞き取れなかった。
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