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第四章

三十二話

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 海が見える。
 ここはルルムの街の港だ。
 学校やリオの別邸からは、だいぶ離れているところにあるのだが、馬に乗ればそう遠くはない。
 私とリオ、そしてクラークさんを初め、リオの屋敷のメイドさんやコックさんなど、今ここには多数の人が集まっている。
 それもこれも、私とリオの旅行のためだ。
 そして……。

「船長のイエドです。よろしく。こちらは息子のニケル」
「よろしくお願いします」
 イエドさんと、息子のニケルさんは私たちに自己紹介をして頭を下げた。
「ああ、よろしく。ソア、今回の旅行の間に操縦をお願いする二人」
「あ……よろしくお願いします」
 私もきちんと頭を下げる。
 本音を言えば、今の私の内心は心穏やかではなかったのだが、前回のセグレット様の時の教訓を生かして、あえてこの場では冷静を装った。

 実はこの船長の息子、ニケルさんはゲームの攻略用キャラだったのである。
 彼はヒロインよりも四歳年上の20歳。
 赤髪で吊り目の男性らしい顔立ちに、日焼けした肌と細マッチョがとても魅力的なイケメン青年なのだ。
 私の特別な推しキャラではなかったが、彼とのエンディングも一度だけクリアしたことがある。
 こんな見た目だけど、ニケルさんはとても優しい性格をしていて、ヒロインを色んな海や街に連れて行ってくれる。
 途中で海賊に襲われるなどのハプニングもあったが、ニケルさんの船仲間とともに、ヒロインの魔法と力を合わせて撃退するのだ。
 世界中を回れる自由度が高いのも、このニケルさんとのストーリーならではの魅力。
 ここは見逃せない注目ポイントなのだ。
 ファンタジー感を強く味わいたい人には特におすすめなルートだね。
 
(こんなタイミングで、また攻略用キャラに会えるとは……そこまでハマったキャラじゃないけど、この人本当に誠実で良い人だったなぁ……)
 そんなことを考えている間に、ニケルさんと目が合ってしまい、彼は再び頭を下げてきた。
 どうやら長く視線を送ってしまったようだ。
 私も失礼のないように微笑みかけ、同じく頭を下げた。
 すると、リオにぐいっと腕を引っ張られ、耳元で「俺以外の若い男は長く見るな」と牽制される。
 すこーし長く見てしまったり、こんな一瞬の会釈でもいちいち気にするなんて、ホント器の小さいやつ!
 リオがこの調子じゃあ、異性の友達を持つことなんか、絶対に無理ゲー。

   ◇  ◇  ◇

「うぅ……気持ち悪い。酔い止めの薬ほじぃ……」
 リオの屋敷から派遣されたスタッフさんも含めて、全員が乗船した後、船は無事に海へと出港された。
 そしてその数分後の今、私は絶賛船酔い中なのである。
 そう、馬車の揺れで酔う私なのだから、船でも酔わないはずがなかったのだ。
 今、私は甲板のデッキチェアの上に横になっている。
 風が少し強いので、今パラソルは閉じられているが、目の前にはプールもあるし、屋敷のスタッフさんもたくさん常駐されている。
 個人の船の上とは到底思えない広さと豪華さであった。

「少し海が荒いからな。まぁお前は酔うよな。とりあえず、俺の膝の上に頭を置きな」
「いい……吐くかもしれないから、トイレの近くか海のそばじゃないと……」
 そうでないと、リオの高そうなお召し物に、思い切りキラキラをぶっかけることになりますよって。
 それにこいつの膝まくらは、私の過去の経験からちょっと警戒しちゃう。
「いいから、来な。今、状態異常の耐性魔法をかけてやるから」
「ふぁ~……ぞんな魔法があ゛るの?」
「ああ」
 そこまで便利なモノがあるならば、初めてリオの屋敷に馬車で行って酔った時も、すぐにかけてくれれば良かったのに。
 あ、もしかして、あの時は足止めさせるためにわざと具合が悪いのを放置したとか? 
 うーん、リオならやりかねん。

「せっかくの船旅だしな」
「うぅ……失礼します」
 私はリオの膝に頭を乗せて、コロンと横向きになった。
 すると、リオはその場ですぐに耐性魔法をかけてくれる。
 体の気持ち悪さが、スゥ~っと外へ抜けて行く感じがした。
「どうだ、だいぶ良いだろ? これぐらいの支援魔法なら、たぶん一日くらいは保つ。朝起きたらまたかけてやるよ」
「うん、ありがとう」

 船酔いがなくなっても、しばらくはリオの膝で甘える私。
 少しくらい私からもカップルらしいことして良いよね? リオの服、なんかいい匂いするし。
 リオのお腹辺りに顔を埋めて、うにゃうにゃしちゃえー。
 そして今、リオから頭を優しく撫でられていて、私はかなり幸せハッピーな気分なのである。
 海の風は気持ちいいし、空も晴れている。
 はたと海の方へと視線を送れば、目の前に見える水平線はかなりの絶景だった。
 さっきの体調不良もどこ吹く風か、本当に来て良かったなぁと思っている。

「今日のソアの服、なんか可愛いな」
「ホント? あんたが買ってくれた服を少しアレンジしたの」
 へぇ、とリオの方もなんだかご満悦な様子。
 私としても好意ある相手に服を褒められるのは、とても嬉しい。
 ふふ、昨日メイドさんとコーデの調整を頑張った甲斐があったってもんよ。

 はてさて、それはともかくとして、先ほどからなーんかお尻の辺りにムズムズとした違和感を感じるのだが?
「お、水着は下に着てるんだな」
「あ! ちょ……あんたどこ触って……!」
 スカートの後ろをよく見たら、リオはいつのまにか服をめくって勝手に尻を撫でていた。
 なにムードぶち壊しなことしてやがる、こいつ!
「別に少しくらい触っても減るもんじゃねぇだろ」
「そういう問題じゃな……!」
 私はリオの魔の手から流れるため、慌てて体を上げた。
 が、今度は肩をぐっと抑えられて、黙ってろと言わんばかりに口を重ねられた。
 舌が絡み、リオのキス攻めは止まらない。
 これはいつもの本気のやつだ。
(こんなに人のいる前でぇ……)
 甲板にいるスタッフさん、どうかしばらくはこっちを見ないでください。お願いします。
 こんなの恥ずかし過ぎて、ホントあり得ないってば。
 こいつの膝まくらは、やっぱり危険な代償がついていたぁ……。
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