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83 エルフの国の倉庫番
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とりあえずエルフの方々には、なんとか立ち上がっていただいたあと、ミユキはどことなく困った顔をしているようなこゆみに声をかけた。
「こゆみちゃん、ちょっと早いですが今日の晩ご飯はカレーと何かですよ」
「えっ? カレーですか?」
弾かれたように顔を上げたこゆみは遠くで準備をする勇者達を見てから、横にいるイークレスを伺うように見る。ミユキはうんうんと頷いた。
(おそるべし、カレーの魔力。やはりこの世界は昔から全体的に味が薄いんだなぁ)
「ちょっと辛めのルーしかありませんでしたが、準備に参加されては? ね? イークレスさん」
ミユキがにこりと笑うと、青ざめたイークレスがカクカクと頭を縦に振る。
「そ、そうですね。こゆみ様の手料理がいただけるなんて夢のようです……。カレーとはなんですか?」
最初は言わされている感が満載だったが、言っているうちにうっとりとしてくるあたり、やはり彼は残念なエルフのようだ。しかしそんなイークレスにこゆみが頬を染めたので、ま、お互いに満足しているならいっか、と思うミユキであった。
「食べれば判りますよ。で、制服はありました?」
駆けていくこゆみを見ながら問うと、イークレスの手には制服が載っていた。おお、と目を見張るとイークレスが微笑む。
「おかげさまで時空間魔法がまた使えるようになりましたので」
「はい?」
「精霊達を戻してくださったので、ミユキ様ほどではありませんが……」
「精霊……」
にこりと微笑んだイークレスの手から制服が消え、スマホが3台浮かび上がる。何だか手品のようだ。自分も似たようなことをしている自覚は、ミユキにはなかった。
「スマホ……あったんですね」
「こゆみさまがおっしゃるには、デンチとやらがきれているそうです……」
「でも、制服もスマホも200年もの間そのままだったなんて、すごいですね」
「ええ」
ちらりとイークレスが視線をやった先には、世界樹の根元に手をつき蹲るエルフがいた。顔が見えないが年老いているように見え、ずっと小刻みに震えている。彼の周りには囲むように数人のエルフがいるが、イークレスとミユキの視線を遮らないようにするためか隙間が空いていた。
「そちらの方は? 震えていらっしゃるようですが、ご病気か何かで?」
そんな弱っている方をわざわざ連れてこなくても……というミユキに、震えているエルフを見ながらイークレスは冷ややかに答えた。
「勇者様方の物の管理はその者の役目でしたので」
答えになっていない。
「へぇっ、すごいですね。魔法か何かで?」
「───うぅっ」
「どうしました!?」
突然嗚咽を漏らし、肩を震わせるエルフの地面についた手の甲にぽたぽたとしずくが落ちていく。
(……何故泣く? なんかやらかした? 変なこと訊いた?)
内心で冷や汗を垂らすミユキである。
「その者は、こゆみ様が封印の際に石になることを知っておきながら行かせた痴れ者です」
(いやいやこゆみちゃんもだけど、みんなだよね? あの子たち全員のことだよね? この人の頭の中はこゆみちゃんしか存在してないのかね?)
「──200年前、おそらくこのことを知っていたのは各国の王もしくは近しい者のみ。我が国では国王のみでしたが」
(ええええええええ──? じゃあこのひと王様なの? 王様が倉庫の管理番?)
「そしてどの国でも封印の地に勇者様に付き従って行った者は誰一人として生きて戻らず、石となったことを知るものはいないのです。我が国は最初の封印から国王が変わっておりませんので他の国ではどのような手段が用いられているのか知り得ませんが、王から次の王となった者にのみ伝承されていたようです」
「は……? 戻っていない……? ひとりも?」
「ええ」
「でも、イークレスさんは、」
イークレスの顔には何の感情も浮かんではいなかった。
「こゆみ様が石となり、どうしようもなく戻った私共をその森で待ち受けていたのは、その者の放った刺客達でした」
「刺客……」
「ええ。思わず実の弟まで、返り討ちにしてしまうところでしたよ」
(……エ、エルフって、自然を愛した牧歌的な優しい種族じゃないの? なんかめっちゃハードじゃない? 忍者の掟みたいなのがあるのかい!?)
「そ、それは……ひっ」
顔を上げたエルフの頬から赤い血が、吹き出した。その背後の地面に何やら突き刺さっている。傷を押さえて蹲るエルフを見ることなく、イークレスは遠くのこゆみを見つめていた。
(くない……? やはり忍者なのかい? しかしこのひと、イークレスさんにそっくりだな)
「ああ、すみません。ミユキ様、お見苦しいところを──ミユキ様?」
目を見開くエルフを淡い緑色の光が包んでいる。そしてやはりその光は他のエルフ達も包み込み、それぞれに吸い込まれて消えていった。睨みつけてきたイークレスにミユキはへらりと笑ってみせる。
「いやいや何だか判りませんが、痛そうなのは苦手なのですみません。で、制服とスマホを頂いても?」
「………」
「イークレスさん。私はこれから明日までにいろいろ準備をしようと思っています。それでその、すみませんが、殺生は私がいないところでやっていただけないでしょうか。目の前でやられるのは苦手なのでつい手が出てしまいますので……でもまぁ、200年も生かしていたのだから、これからもこのままでもいいのではないでしょうかとも思いますけど。とりあえず、私は自分の目の前でなければ、知らない人だし、よその問題だし、どうなろうと構いませんので何かされるのでしたら他所でお願いしますね。まぁ、できればお助けする方向が望ましいかとは思いますが。封印の方法は許せませんが、それはこの方だけのせいでもないようですしね……」
受け取った制服とスマホを自身のずだ袋に入れながら、ミユキは少し離れた場所にいるコウスケとカケルの姿を確認する。するとカケルが飛び跳ねながら遠くを指すのでそちらをみると、世界樹の枝葉の隙間から上空を旋回する竜の集団とそれを率いる深紅の竜が視界に入った。
(あああああ、いつから? いつから回ってた? は…はいってきてください~~~)
何となく念じると、竜の集団が一気に草原に降りてくる。ミユキの視線を追いかけたエルフ達が息を飲み愕然としているが、それに気づくミユキではなかった。
(ほんとに、この無意識の結界?と思っただけでどうにかなってしまう仕様は何とかしなくちゃいけないよ……)
どのくらいの時間上空で待たせていたのか……。キャサリンさんがご立腹されていなければいいが……とちょっぴりアンニュイになるミユキであった。
「こゆみちゃん、ちょっと早いですが今日の晩ご飯はカレーと何かですよ」
「えっ? カレーですか?」
弾かれたように顔を上げたこゆみは遠くで準備をする勇者達を見てから、横にいるイークレスを伺うように見る。ミユキはうんうんと頷いた。
(おそるべし、カレーの魔力。やはりこの世界は昔から全体的に味が薄いんだなぁ)
「ちょっと辛めのルーしかありませんでしたが、準備に参加されては? ね? イークレスさん」
ミユキがにこりと笑うと、青ざめたイークレスがカクカクと頭を縦に振る。
「そ、そうですね。こゆみ様の手料理がいただけるなんて夢のようです……。カレーとはなんですか?」
最初は言わされている感が満載だったが、言っているうちにうっとりとしてくるあたり、やはり彼は残念なエルフのようだ。しかしそんなイークレスにこゆみが頬を染めたので、ま、お互いに満足しているならいっか、と思うミユキであった。
「食べれば判りますよ。で、制服はありました?」
駆けていくこゆみを見ながら問うと、イークレスの手には制服が載っていた。おお、と目を見張るとイークレスが微笑む。
「おかげさまで時空間魔法がまた使えるようになりましたので」
「はい?」
「精霊達を戻してくださったので、ミユキ様ほどではありませんが……」
「精霊……」
にこりと微笑んだイークレスの手から制服が消え、スマホが3台浮かび上がる。何だか手品のようだ。自分も似たようなことをしている自覚は、ミユキにはなかった。
「スマホ……あったんですね」
「こゆみさまがおっしゃるには、デンチとやらがきれているそうです……」
「でも、制服もスマホも200年もの間そのままだったなんて、すごいですね」
「ええ」
ちらりとイークレスが視線をやった先には、世界樹の根元に手をつき蹲るエルフがいた。顔が見えないが年老いているように見え、ずっと小刻みに震えている。彼の周りには囲むように数人のエルフがいるが、イークレスとミユキの視線を遮らないようにするためか隙間が空いていた。
「そちらの方は? 震えていらっしゃるようですが、ご病気か何かで?」
そんな弱っている方をわざわざ連れてこなくても……というミユキに、震えているエルフを見ながらイークレスは冷ややかに答えた。
「勇者様方の物の管理はその者の役目でしたので」
答えになっていない。
「へぇっ、すごいですね。魔法か何かで?」
「───うぅっ」
「どうしました!?」
突然嗚咽を漏らし、肩を震わせるエルフの地面についた手の甲にぽたぽたとしずくが落ちていく。
(……何故泣く? なんかやらかした? 変なこと訊いた?)
内心で冷や汗を垂らすミユキである。
「その者は、こゆみ様が封印の際に石になることを知っておきながら行かせた痴れ者です」
(いやいやこゆみちゃんもだけど、みんなだよね? あの子たち全員のことだよね? この人の頭の中はこゆみちゃんしか存在してないのかね?)
「──200年前、おそらくこのことを知っていたのは各国の王もしくは近しい者のみ。我が国では国王のみでしたが」
(ええええええええ──? じゃあこのひと王様なの? 王様が倉庫の管理番?)
「そしてどの国でも封印の地に勇者様に付き従って行った者は誰一人として生きて戻らず、石となったことを知るものはいないのです。我が国は最初の封印から国王が変わっておりませんので他の国ではどのような手段が用いられているのか知り得ませんが、王から次の王となった者にのみ伝承されていたようです」
「は……? 戻っていない……? ひとりも?」
「ええ」
「でも、イークレスさんは、」
イークレスの顔には何の感情も浮かんではいなかった。
「こゆみ様が石となり、どうしようもなく戻った私共をその森で待ち受けていたのは、その者の放った刺客達でした」
「刺客……」
「ええ。思わず実の弟まで、返り討ちにしてしまうところでしたよ」
(……エ、エルフって、自然を愛した牧歌的な優しい種族じゃないの? なんかめっちゃハードじゃない? 忍者の掟みたいなのがあるのかい!?)
「そ、それは……ひっ」
顔を上げたエルフの頬から赤い血が、吹き出した。その背後の地面に何やら突き刺さっている。傷を押さえて蹲るエルフを見ることなく、イークレスは遠くのこゆみを見つめていた。
(くない……? やはり忍者なのかい? しかしこのひと、イークレスさんにそっくりだな)
「ああ、すみません。ミユキ様、お見苦しいところを──ミユキ様?」
目を見開くエルフを淡い緑色の光が包んでいる。そしてやはりその光は他のエルフ達も包み込み、それぞれに吸い込まれて消えていった。睨みつけてきたイークレスにミユキはへらりと笑ってみせる。
「いやいや何だか判りませんが、痛そうなのは苦手なのですみません。で、制服とスマホを頂いても?」
「………」
「イークレスさん。私はこれから明日までにいろいろ準備をしようと思っています。それでその、すみませんが、殺生は私がいないところでやっていただけないでしょうか。目の前でやられるのは苦手なのでつい手が出てしまいますので……でもまぁ、200年も生かしていたのだから、これからもこのままでもいいのではないでしょうかとも思いますけど。とりあえず、私は自分の目の前でなければ、知らない人だし、よその問題だし、どうなろうと構いませんので何かされるのでしたら他所でお願いしますね。まぁ、できればお助けする方向が望ましいかとは思いますが。封印の方法は許せませんが、それはこの方だけのせいでもないようですしね……」
受け取った制服とスマホを自身のずだ袋に入れながら、ミユキは少し離れた場所にいるコウスケとカケルの姿を確認する。するとカケルが飛び跳ねながら遠くを指すのでそちらをみると、世界樹の枝葉の隙間から上空を旋回する竜の集団とそれを率いる深紅の竜が視界に入った。
(あああああ、いつから? いつから回ってた? は…はいってきてください~~~)
何となく念じると、竜の集団が一気に草原に降りてくる。ミユキの視線を追いかけたエルフ達が息を飲み愕然としているが、それに気づくミユキではなかった。
(ほんとに、この無意識の結界?と思っただけでどうにかなってしまう仕様は何とかしなくちゃいけないよ……)
どのくらいの時間上空で待たせていたのか……。キャサリンさんがご立腹されていなければいいが……とちょっぴりアンニュイになるミユキであった。
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