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ベージュのずだ袋を肩にかけ、部屋全体を洗浄してから、ふたばを小脇に抱えてミユキは部屋を出た。
ずだ袋は、使い古しで悪いけど、と昨日モラがくれたものだった。ふたばをいれても頭だけ出せるし、丁度いい大きさだ。何より旅人っぽい。
昨夜のうちに皆さんには挨拶をして、夜明け前に宿屋を出ると言ってある。
お別れにみんなでお食事会をしてくれた。
ラタトゥイユと粉ふきいもにトマトソース、じゃがいもと玉ねぎだけの炒め煮(肉なし肉じゃが)。
醤油は気に入ってくれたようだ。ご飯がないので、小麦粉を水で溶いてキャベツを入れて焼くお好み焼きもどきも伝授した。それからナスとピーマンの味噌炒め。どれもみんな大好評だった。
肉と卵がないのは残念だけれど、そのうち出回ったときのために思い出せるだけの料理とか、万能だれとかのレシピらしき物を書いたノートを置いてきた。きっといろいろ試して使いこなしてくれるだろう。
階段を静かに降りていく。使えなくなっていたあかり石も復活したとのことで、至る所に置いてあり、どこも明るいのだった。
厨房の脇の廊下を抜けて食堂に出ると、出入り口にピンク頭のサルモーが椅子を置き、ドアに背中を当てて座ったままで眠っていた。
(ホント、女の子だよね~)
あどけない寝顔は天使のようである。これこそ、本物の天使だ!と声を大にして言いたいくらいだった。
「あ……ミユキさん、おはようございます」
むにゃむにゃと言いながら、サルモーが立ち上がった。
「おはようございます」
「ほんとは街の出口まで付いていって見送りたかったけど、約束だから、ここで見送るね。父さんと母さんは、止めといたから」
かなりしつこかったけどね、と笑う。なぜ、この子がここまで懐いてくれたのか判らない。いや、モラさんが元気になったからかな?
「ありがとう。サルモーくん」
右手を差し出すと、一瞬目を見開いてから微笑んで、握り返してくれた。
「いってらっしゃい、ミユキさん。またきっと帰ってきてね」
「……うん、行ってきます。ほとぼりが冷めたら遊びにくるね」
「うん。それまでにお塩も調味料もたくさんたくさん増やしておくよ」
「うん。無理しないように頑張ってね」
「うん……」
椅子を抱えて俯きかけていたサルモーは顔を上げて、にっこりと笑った。
「ミユキさん、母さんを治してくれてありがとうございました。ホントは、アングイラさんを治してくれた時、僕の手首にあった傷も消えてて、もしかしたらって、もしかしたら母さんもって、そう思って、ここにきてもらったんだ」
にっこり笑っているのに涙が目に浮かんできている。美少女は絵になるなぁと感心しながら、猫っ毛を撫ぜた。
「よかよか」
「?」
「あ、オバさんの故郷の言葉だった。ここでも違いがでるのか……。うん、大丈夫。そんなことは全く気にならないよ。オバさんってのはお節介なものだからね、役に立てるだけでいいもんなのよ。こちらこそ、あの時、声をかけてくれて本当に嬉しかったから。ホントにありがとうございました」
「……ミユキさん……」
「それじゃ、行くね。そうだ。昨日の夜気づいたんだけどね、みんなに付けたアイテムボックスね、わたしのを分けてたっていうか、繋がってたっていうか、そのうち手紙を入れてみるので読めたらお返事下さいな」
「?」
昨晩確認したところ、2/2が3/3になっていて、3枚目にここで作った全てのフォルダが増えていたのだった。うまくいけば、中に何かを入れることが可能かもしれない。
「じゃ、またね。サルモーくん」
ドアを開け小声で言うと、もう一度、握手をする。
「またね、ミユキさん」
薄暗い街に出て、ドアを閉めた。ふたばを下ろして歩き出す。リードがなくても逃げないようだったので、憧れのノーリードであった。しっかりと付いてきている。
不思議なことに、あかり石は陽の光を浴びると消えるらしい。夜明け間近だからか、街灯は薄ぼんやりと輝いていた。
メインの通りを抜け、街の出入り口が見えてきた。門番が二人いる。よそから入ってくる人間は別の門から入って入国税のようなものを支払わなくてはいけないし、身分証明書で犯罪歴をチェックされるということだが、出て行く際はここで身分証明書を見せるだけでいいらしい。
朝の5時に鐘がなり、門が解放されるのだが、まだ間があるらしく、門の周りには人が集まり始めていた。強そうなロン毛のオジさんばかりである。
その中に、見覚えのあるロン毛がいた。ミユキを見つけたのか、こちらにやってくる。
「おはようございます」
ブランキアだった。浮かないように配慮したのか、執事服ではなく、シャツとズボンに上着だった。街を歩く人と同じである。
「おはようございます。ブランキアさんも狩りに?」
「ははは 昔はよく主人と行ったものですが、今はなかなか……」
(冗談のつもりだったのに、やっとったんかい!)
金髪をきらめかせ、爽やかに笑うブランキアである。
「こちらをお嬢様から預かってきました。旅の途中にでもお召し上がりください」
きれいな布に包まれたものを渡される。軽く、柔らかい。
「パンにいろいろ挟んだものです。ピクニックなどでいただいております」
「おお、ありがとうございます。ラーヤちゃんにもよろしくお伝えください」
ずだ袋に入れるふりをしてアイテムボックスにしまい込む。
(ふふふ、完璧だ。これでバレることはあるまい)
ほくそ笑んでいると、ブランキアの生温い視線に気がついた。
「なにか?」
「……いえ、お気をつけて」
(何か言いたそうだったが、敢えて聞くまい)
「いろいろありがとうございました。みなさんにもよろしくお伝えください」
「こちらこそ、……ミユキ様 本当に、ありがとうございます。ご恩は一生忘れません。何かございましたら、このブランキアにお申し付けください。如何様にもご恩をお返しさせていただきます」
「いやいやいや、お礼は充分過ぎるほど戴きましたし、それはついでに生えてきちゃったものだから、そんなにご恩ご恩って大袈裟な……」
「髪の件 だけではございません」
きっぱりと言われて、うむ、と頷くと、遠くで鐘がなった。朝の5時になったらしい。門が開き、人々がばらばらと出て行きはじめる。
「でも、まあ、よくわからないままやってしまったので、後からいろいろ出てきてご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、その時は他言無用ってことで」
人差し指を口の前に持っていって、にっと笑う。
ブランキアは、一瞬言葉に詰まったが、つられたように笑った。
「では、お元気で」
「お気をつけて」
右手を上げて、バッグをかけ直すと、ミユキは門に向かい歩き出した。
出発である。
ずだ袋は、使い古しで悪いけど、と昨日モラがくれたものだった。ふたばをいれても頭だけ出せるし、丁度いい大きさだ。何より旅人っぽい。
昨夜のうちに皆さんには挨拶をして、夜明け前に宿屋を出ると言ってある。
お別れにみんなでお食事会をしてくれた。
ラタトゥイユと粉ふきいもにトマトソース、じゃがいもと玉ねぎだけの炒め煮(肉なし肉じゃが)。
醤油は気に入ってくれたようだ。ご飯がないので、小麦粉を水で溶いてキャベツを入れて焼くお好み焼きもどきも伝授した。それからナスとピーマンの味噌炒め。どれもみんな大好評だった。
肉と卵がないのは残念だけれど、そのうち出回ったときのために思い出せるだけの料理とか、万能だれとかのレシピらしき物を書いたノートを置いてきた。きっといろいろ試して使いこなしてくれるだろう。
階段を静かに降りていく。使えなくなっていたあかり石も復活したとのことで、至る所に置いてあり、どこも明るいのだった。
厨房の脇の廊下を抜けて食堂に出ると、出入り口にピンク頭のサルモーが椅子を置き、ドアに背中を当てて座ったままで眠っていた。
(ホント、女の子だよね~)
あどけない寝顔は天使のようである。これこそ、本物の天使だ!と声を大にして言いたいくらいだった。
「あ……ミユキさん、おはようございます」
むにゃむにゃと言いながら、サルモーが立ち上がった。
「おはようございます」
「ほんとは街の出口まで付いていって見送りたかったけど、約束だから、ここで見送るね。父さんと母さんは、止めといたから」
かなりしつこかったけどね、と笑う。なぜ、この子がここまで懐いてくれたのか判らない。いや、モラさんが元気になったからかな?
「ありがとう。サルモーくん」
右手を差し出すと、一瞬目を見開いてから微笑んで、握り返してくれた。
「いってらっしゃい、ミユキさん。またきっと帰ってきてね」
「……うん、行ってきます。ほとぼりが冷めたら遊びにくるね」
「うん。それまでにお塩も調味料もたくさんたくさん増やしておくよ」
「うん。無理しないように頑張ってね」
「うん……」
椅子を抱えて俯きかけていたサルモーは顔を上げて、にっこりと笑った。
「ミユキさん、母さんを治してくれてありがとうございました。ホントは、アングイラさんを治してくれた時、僕の手首にあった傷も消えてて、もしかしたらって、もしかしたら母さんもって、そう思って、ここにきてもらったんだ」
にっこり笑っているのに涙が目に浮かんできている。美少女は絵になるなぁと感心しながら、猫っ毛を撫ぜた。
「よかよか」
「?」
「あ、オバさんの故郷の言葉だった。ここでも違いがでるのか……。うん、大丈夫。そんなことは全く気にならないよ。オバさんってのはお節介なものだからね、役に立てるだけでいいもんなのよ。こちらこそ、あの時、声をかけてくれて本当に嬉しかったから。ホントにありがとうございました」
「……ミユキさん……」
「それじゃ、行くね。そうだ。昨日の夜気づいたんだけどね、みんなに付けたアイテムボックスね、わたしのを分けてたっていうか、繋がってたっていうか、そのうち手紙を入れてみるので読めたらお返事下さいな」
「?」
昨晩確認したところ、2/2が3/3になっていて、3枚目にここで作った全てのフォルダが増えていたのだった。うまくいけば、中に何かを入れることが可能かもしれない。
「じゃ、またね。サルモーくん」
ドアを開け小声で言うと、もう一度、握手をする。
「またね、ミユキさん」
薄暗い街に出て、ドアを閉めた。ふたばを下ろして歩き出す。リードがなくても逃げないようだったので、憧れのノーリードであった。しっかりと付いてきている。
不思議なことに、あかり石は陽の光を浴びると消えるらしい。夜明け間近だからか、街灯は薄ぼんやりと輝いていた。
メインの通りを抜け、街の出入り口が見えてきた。門番が二人いる。よそから入ってくる人間は別の門から入って入国税のようなものを支払わなくてはいけないし、身分証明書で犯罪歴をチェックされるということだが、出て行く際はここで身分証明書を見せるだけでいいらしい。
朝の5時に鐘がなり、門が解放されるのだが、まだ間があるらしく、門の周りには人が集まり始めていた。強そうなロン毛のオジさんばかりである。
その中に、見覚えのあるロン毛がいた。ミユキを見つけたのか、こちらにやってくる。
「おはようございます」
ブランキアだった。浮かないように配慮したのか、執事服ではなく、シャツとズボンに上着だった。街を歩く人と同じである。
「おはようございます。ブランキアさんも狩りに?」
「ははは 昔はよく主人と行ったものですが、今はなかなか……」
(冗談のつもりだったのに、やっとったんかい!)
金髪をきらめかせ、爽やかに笑うブランキアである。
「こちらをお嬢様から預かってきました。旅の途中にでもお召し上がりください」
きれいな布に包まれたものを渡される。軽く、柔らかい。
「パンにいろいろ挟んだものです。ピクニックなどでいただいております」
「おお、ありがとうございます。ラーヤちゃんにもよろしくお伝えください」
ずだ袋に入れるふりをしてアイテムボックスにしまい込む。
(ふふふ、完璧だ。これでバレることはあるまい)
ほくそ笑んでいると、ブランキアの生温い視線に気がついた。
「なにか?」
「……いえ、お気をつけて」
(何か言いたそうだったが、敢えて聞くまい)
「いろいろありがとうございました。みなさんにもよろしくお伝えください」
「こちらこそ、……ミユキ様 本当に、ありがとうございます。ご恩は一生忘れません。何かございましたら、このブランキアにお申し付けください。如何様にもご恩をお返しさせていただきます」
「いやいやいや、お礼は充分過ぎるほど戴きましたし、それはついでに生えてきちゃったものだから、そんなにご恩ご恩って大袈裟な……」
「髪の件 だけではございません」
きっぱりと言われて、うむ、と頷くと、遠くで鐘がなった。朝の5時になったらしい。門が開き、人々がばらばらと出て行きはじめる。
「でも、まあ、よくわからないままやってしまったので、後からいろいろ出てきてご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、その時は他言無用ってことで」
人差し指を口の前に持っていって、にっと笑う。
ブランキアは、一瞬言葉に詰まったが、つられたように笑った。
「では、お元気で」
「お気をつけて」
右手を上げて、バッグをかけ直すと、ミユキは門に向かい歩き出した。
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