オタクおばさん転生する

ゆるりこ

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(あれ……)

 移動した先は、地下ではなかった。
 小窓から朝日の差し込む中、筋肉ムッキー壮年の男が調理台の前に佇んでいる。

「カローさんですね」

 振り返った金髪ロン毛の男の瞳は、やはり紅だった。口髭がワイルドだ。

「誰だ?  どうやってここに入った」

 声がシブい。アク○ョン仮面のようだ。

「おはようございます。ミユキといいます。あのぅ、教えて下さい。オークの心臓って食べたら美味しいんですか?」

「は?」

「教えてください。心臓を串刺しにしても価値は変わりませんか?  カローさん」

「……いや、心臓は好みで分かれるが、滋養にいいから高く売れる。が、オークの心臓を無傷で狩れる奴など滅多に居なかったがな」

「ありがとうございます。ちなみに、こちらのお肉屋さんの貯蔵庫にはオークは何頭保存出来ます?」

「………今は空だからな。……何でそんなことを訊く?」

 ミユキは唇の端を上げて返答を待った。諦めたようにカローが答える。

「今来てるヤツらのサイズなら、そこの貯蔵庫と地下に合わせて30頭だ。何故だかさっきから魔石が冷えだしやがったから、内臓と血を抜いて捌けば三月は保つだろうなぁ」

 ふんふん、と頷いたミユキはぺこりと頭を下げて礼を言うと、扉に向かった。

「おい!  外は……」

「あ、そうだ。カローさん、この村で一番高い場所は、やはりあの塔ですかね?」

「む、ああ。その通りだ」

「ありがとうございます。では、また来ますね。包丁、よく研いでおいてください」

 ミユキは嬉しげに笑うと扉の前に移動しながら、ふっと消えたのだった。



 塔の上。
 塔と言っても3階建てくらいの高さである。見張り台のようなものか……。2畳くらいの板の足場をぐるりと腰くらいの高さの柵で囲ってある。柵と言っても隙間がないので低い壁のようなものだ。

 某サバイバルホラーゲームのシリーズ4で村人に何度も何度も何度も殺されて、最後に逃げ隠れた場所に似ている。村人に火炎瓶を投げつけられたっけ……。

(確かによく見えるな。そして屈めば向こうからは見えにくい、はず。くぅ……狙撃に最適そうな場所なのにッ)

 すでにあちこちで人間対オークの戦いが始まっていた。蹲っている者や、手当を受けているものがいるが、先に攻撃を止めた方が良さそうだ。

(暴れないように、先に眠らせるか)

 オークは23頭いた。かなり怒り狂っているようだ。何だか上の……ミユキのいる方向に向かって吠えているような気がする。

(もしかして……さっきのカエルにしたでかいヤツの中に、ボスがいた?)

 だとしたら、この襲撃の原因はミユキであろう。ヤバい。ふたばを足元に置いて、手のひらを上に向けると、両手から湧いた白い霧が滝のように一気に村一面を覆い隠した。

「よし! オーク~~よいこだ  ねん○しな♬」

 霧が一瞬で晴れ、横たわるオークに冒険者達の動きが止まる。

「ちと、えげつないけど、水さん、全てのオークの顔面を覆い尽くしてくださいませ!」

 遠い昔の暑い日に涼しかろうと思い、濡れタオルで顔面を覆って息を吸い、死にそうになったのは苦い思い出である。しかし、その失敗があったからこそ、この技を思いついたのだ!  拳を握りしめ、続きを唱える。

「吸引 アーンド 瞬間凍結ゥ~~ッ!」

 しまった……なんかこれ、恥ずかしいかも。
 気を取り直して回復の言葉を続ける。

「オークと念のために他の魔物以外の皆さんは、なーおれ治れ~~ルルラララ~」

 死角なので、安心してできるわ~~とか思いながらミユキは緑色の光を解放した。

(行け行けどんどん!  誰も死にませんように!傷が治りますように!  みんな元気になりますように!)

 低い壁を背に、体操座りで膝に顔を埋めて念じていたミユキは、暫くして、あまりの静寂さに顔を上げた。
 誰かが呼んでいる。ふたばが尻尾をフリフリ覗き込んでいた。

「ーい……おーい! ミユキさん!  大丈夫か?」

(………?)

 そっと壁から顔を半分出すと、厳つい身体のカローが両手を振って見上げていた。横にはアミアの両親がいる。周りの人々も呆気に取られたように見上げていた。

「ほら、居ただろうが!  あの人がやってくれたんだよ!  あんたの仕業だろう?  こいつら倒して、みんなを治してくれたんだろう?」

 あちこちに横たわるオークの傍に立つ男達と、地下から出てきた人々も、呆然として見上げている。

(何かうまい言い訳は……いやいや、見られた訳ではないんだから、とぼければいいんだ! きっと!)

 拳を握りしめ、立ち上がると、否定する前にカローが叫んだ。

「このオークは、全部捌いちまっていいのかぁ? 早く血を抜かないと不味くなるぞ」

「あ、そうですね~  心臓は無事でした? そういや内臓って食べられるんですか?」

「内臓は食えんな。それより話しにくいから下りてきてくんねぇか?」

「あ、はい~~」

 梯子をスルスルと降りて、カローの前に立って思い出した。

(しまった! 全力でトボけるとこだったよね?!  うっかり返事してしまったよ~~  よし! プランBに変更しよう)

 だらだらと冷や汗をかきながら、痛いほどの視線に気付かないフリをして、ミユキはペコリと頭を下げ、にっこりと微笑んだ。営業スマイルである。

(大丈夫 大丈夫 大丈夫 誠心誠意説明すれば、信じてくれるはず!)

「おはようございます~!  ワタクシ、まじない屋のミユキと申します」

 胡散臭さしか、漂っていなかった。
 そこに、少年の声が響く。

「あ、オバさん!  あのカエルはどうなったの?」

 アミアの家の、窓から覗いていた少年である。イヤな汗が背中を伝った。

「カエル?」

 冒険者Aを筆頭に、疑いの視線がビシバシとミユキに突き刺さった。
  
「オバさんがカエルにしちゃったオーク達だよ。そのカバンに入ってるの?」

「お……」

 その時、背後から声をかけられたような気がしたが、……遅かった。恐々と振り返った先には、頭を地に、尻を天に向けでんぐり返った男が転がっている。

「ギルド長~~ッ!」

 2人の男が駆け寄って行き、ミユキは両側からがっしりと腕を掴まれた。

(うーーむ  困ったね~)

 そう、困ったことに、簡単に外せそうなのだった。




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