剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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少年と喧騒

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「先生!!僕に戦う技を教えてください!!」

「…先生と呼ぶな。あとをついてくる」

「では師匠と呼ばせていただきます!!」

「はぁ…」

 身長とは不釣合の長さがある剣を胸の前に抱き、目を輝かせながらオレのことを師匠と呼ぶこの少年。ロイに何故ここまで付きまとわれているのか…

 それを語るには時間をすこしさかのぼる必要がある。

 繋屋と別れたあと3日ほど王国内の各地の情勢や強者の情報を収集したオレは、王都で宿泊していた宿の中で次の旅に出る為の荷を準備していると、外から悲鳴が聞こえてくる。

 何事かと思い窓から外を見てみると、数人の男が少年を取り囲んでいるのが確認できた。少年の身なりを観察すると、それが貧民街の住人である事が容易に見て取れた。

 いくら王国の中心、王都とはいえ経済格差は少なからず存在する。王都は大きく分けて4区画で成り立っている。

 上から順に国王や一部上級貴族が住む区画。豪商や下級貴族が住む区画。一般の民衆が住む区画。そしてあの少年が住ん出ると思われる貧民の区画。の4区画で出来ている。

 細かく分けるともっとあるが、大した差はない。因みに今俺がいるのは一般民衆が住む区画だ。悲しいかな、旅の武芸者は金と無縁なのだ。

「この餓鬼!!俺の剣を良くも汚しやがったな!!」

「兄貴の剣は高名なさる御方から頂いたという、とても大切なものだ!! お前みたいな汚らしい餓鬼が触って良いものじゃねえんだよ!」

「なんだよ、カッコイイイから少し触っただけじゃんか!!そんなケチケチしてるからハゲるんだぞ!!」

 少年がそう言うと取り囲んでいる大人のリーダーであろう男につばを吐きかける。

 しかしリーダーと思われる男はそのつばを危なげなく避ける。

「この餓鬼…!? 子供だからってオレが下手に出てりゃあ良い気になりやがって!!」

「全然下手に出てねえじゃんか!! 僕が貧民街出だからって偉そうにしやがって!!」

 一触即発。男は手をワナワナと震わせ怒りをあらわにしている。少年もそれに反応して煽る様にまくしたてる。

 朝から元気なことだ。

 そう思いがらウィルは旅の支度を再開する。すると部屋の戸が勢いよく開き、宿屋の主が現れる。

「お客さん!!あんた強そうだから外の連中をどうにかしてくれねえか?!」

…また面倒な事に巻き込まれそうだ。

「断る。あれは餓鬼の喧嘩だ。オレが関わってなんの得がある」

「彼奴等が店の前で騒ぐから、他の宿泊客が宿から出れなくて困ってるんだよ!! 宿代負けてあげるから頼むよ。な?」

「…半分」

「正気かい...?そりゃあいくらなんでも…」

「じゃあ他を当たるんだな」

「ああもう、わかったよ!? ただし殺すのはなしだよ!! 店前で流血沙汰なんて店の看板に傷がついちまうからな!!」

 ウィルは内心ニヤリとほくそ笑み。

「承知した。外のやつを片付けたらオレは直ぐこの宿を出る」

 そう言いながらオーナーに宿泊代を渡し自らの荷を持つと、未だ喧騒やまぬ外へと向かった。

「もう我慢の限界だ!! 貧乏人の餓鬼が調子乗りやがって…叩き切ってやる!!」

「あ…兄貴!? 流石に王都内で今年はやばいですって!?」

「うるせえ!! 餓鬼、恨むなら喧嘩を売る相手を間違えた自分を恨むんだな!!」

「ちょ…!? まっt…」
 
 待ってくれ。少年がそう言うよりも早く男の凶刃が少年に振り下ろされる。

  少年の眼に映し出される、悪意を持って振り下ろされたその刃に身体が硬直してしまう。避けなければ死ぬと脳では理解している。しかし頭がその行為が無駄であると…もう間に合わないと…身体を動かす事を許してくれない。

 少年は眼を閉じた。

ガキンッ!!

「何だてめぇ!?」

 その音と声に反応するように、少年は眼を再度開く。

「そこの宿屋の主が困ってるそうだ。やるなら何処か別の所でやれ」

 少年とハゲ頭の男の前に挟まるように立つ男。手には小柄な少年とさほど変わらないほどの長さがある剣を持ている。

 初めて見たその男…恐らくは武人と思われるその男に少年が感じたものそれは、明確な死であった。

 先程自分が確かに感じた死の予感、自分へと振り下ろされる刃よりも更に濃い死の気配。

 いや違う。あれは死の気配というよりもはや…

「どうした黙りこくっても問題は解決しないぞ? 大人しく別の所でやるか、それともここでオレに殺されるか…好きな方を選べ」

「ちょっとお客さん!? 殺しはなしですってば!?」

 その声がする方へ少年は視線を向けると、宿屋の主と思われる男が建物も入口で叫んでいる。

「そうだったな…訂正だ。ここでオレに伸されるか…どちらにする?」

「…一度抜いた剣。それを収めるにはその原因を排除しなきゃならねえ」

「つまり?」

 ハゲ頭の男はニヤリと気色の悪い笑みを浮かべる。

「…邪魔したてめえも殺して、その餓鬼も殺す!!」

「それがお前の答か…ならば…」

「くたばりやがれ!!」

 ハゲ頭の男は武人の男に剣を振う。しかしその攻撃は武人の男に触れるどころか、カスリもしない。

「クソ!? 何故当たらねぇ...!?」

「…技の練度が低いからだ」

 そう言うと武人の男はハゲ頭の剣を避けながら手の届く範囲に入った。そして…

「ガハッ!?」

 ハゲ頭の腕をつかみ、なんと自らよりも体格の良いハゲ頭を軽々しく投げてしまった!!

「兄貴!?」

 周りの仲間もリーダーが体格の劣る相手に軽々しく投げられ動揺を隠せずにいた。

「どうする? まだ続けるなら次は本気で取りに行くが…?」

「わかった…今回は手を引くから勘弁してくれ…」

「そうか? なら俺手を出すのはこれで終わりだな。失礼するぞ」

「なあ、お前…あんたは何者だ? 各流派の師範クラスではないといえ俺も武芸者の端くれだ」

「あんたの強さはよくわかった、俺じゃいくら戦っても勝てねぇってとこは…だから知りたい。せめて名前だけでも」

 武人は少し考える素振りをして、そして…

 男は何も言わずに走り去った。まるでその場から一刻も早く逃げたいかのように。

「…はあ?」

 周りの皆が唖然としていた。

『いや!?今のは名乗る場面だろ!? 』…と

「ははは…なんなんだあれは…」

 ハゲ頭は完全に僕に対して怒っていたことを忘れている様子だった。それだけ強烈な人だった。

 不思議な人だ。そしてとても怖い人でもあった。

 だがあの人なら…僕の今を変えてくれるかもしれない。このどん底の人生を…!!

 僕は考えるよりも先に武人の男の後を追いかけた。





「そうして王都中を探し回ってやっと先生を見つけたということです!!」

「…」

「僕の名前はロイです!! 貧民街で父に武術を学んでいたんです!!」

「…」

「先生!! 僕はこう見えて父から才能があると…必ず世界に名を残す剣士になると言われていました!! なので…」

「先生!! 僕に戦う技を教えてください!!」

「先生と呼ぶな。あとをついてくるな」

「じゃあ師匠と呼ばせていただきます!!」

「はぁ…」

 本当に…厄介な荷物を引っかけてしまったようだ…

「あ…!? 師匠もしかしてお疲れですか? ならお荷物お持ちしますね!!」

「いらん。それにその剣はどうした」

 出逢った当初はこんな剣持っていなかったと思うが…

 この剣まさか…

「この剣ですか? これはさっきのハゲ頭から… いったぁ!?」

「剣士の命を、決闘を経ずして奪うとはなんという無礼者!! まずはそれを返してこい。話はそれからだ!!」

 普段ではあり得ない声量で言葉をまくしたてる。それにロイは、ハッとした顔で

「なるほど!! ではあのハゲを殺せばいいんですね…いったぁ!?」

「黙って返してこい」

「…はい。師匠直ぐ戻ってくるので少々お待ちくださいね!!」

  涙目になりながらそう言うとロイは、王都のハゲ頭がいた場所へ戻っていく。

 そんなロイを見送り、ウィルは王都の出口へと足早に向かうのであった。
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