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58話 が、頑張ってくださいね! 義雄様

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 203高地マテリアル採掘基地。念のためにマテリアルの上には踏み入らず、少し離れた所から様子を伺う俺たち。メンバーは俺、エイブル、グリセンティ、ノボリトに案内のアケノの五人。まずは偵察という事で動きの取りやすい少人数での構成だ。
 ひよこはルイスに預けてきた。子供に夜更かしはさせれないもんな。グズらないのかって? うちの子は聞き分けが良いのだよ。面倒を見るお姉さんも大勢いるし、そこは安心さね。

 建築資材の陰に身を潜ませ時が来るのを待つ俺たち。やがて日が落ち、辺りは夕闇に包まれる。夜空に満点の星々が瞬き始めた頃。

「出るぞ」

 アケノが短く呟くと、それに合わせるように各々がMP40を構える。弾種は火魔法弾。前もってアケノから危険はないとは聞いているが用心に越した事はない。なんせアンデッド戦は本来なら神聖魔法一択、普通はさっさと神殿に駆け込むのが常識だそうだ。ただしソルティアの常識なんだよな。


「義雄様、あれ……」
「なんだ……これは?」

 俺達の目に映ったのは想像を絶する光景だった。ゴーレム戦を経て、かなりの実力と胆力をつけたはずのエイブル達ですら言葉を失い、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

 203高地にゆらゆらと湧き上がる亡者の群れ。203高地の中腹を帯状にぐるりと覆いつくすかのように無数の亡者が立ち尽くす。おそらくそこが彼ら、彼女らの終焉の地なのだろう。男、女、老人、子供、農民、商人、貴族、騎士、様々な時代のものだろう意匠の異なる服装の亡者。その表情はその最後の一瞬を焼き付けたように騎士は剣を支えに天を睨み、母親は我が子を抱きしめる。

 彼らに俺たちは見えていないのだろうか、襲ってくる気配は無い。その為だろうか、これだけの数の亡霊を目の当たりにしているにもかかわらず恐怖感はない。ただあるのは寂寥感だ。衣擦れの音も、嘆きの声も無く、ただ目の前に繰り広げられる死の記憶。

「熱源……感知できません。ここにいるのは皆、亡者です」
 赤外線暗視装置をつけたノボリトが小さく呟く。
 
 一人二人では無い。数万人の犠牲者の霊が、一斉に目覚めたのだ。あまりの事に頭の中が真っ白になってしまい、なにも思い浮かばない。かろうじて出せた指示はたった一つ。

「撤収する」

 返事はなかった。ただ無言で転送ポータルへと向かうメイド達。全員がレィネラへ引き上げたのを見届けて俺はもう一度、203高地を振り返る。

「くそ……!」

 吐き捨てるように出た悪態は理不尽な死への怒りだろうか、何もできない無力な自分への怒りだろうか。



 カレーの勇者さまレィネラ店二階。撤収の後、俺は部屋に主だったものを集め、今後の対策を話し合うことにした。

「まずは状況を理解したい。皆答えられること、考えられる事を言ってくれ」

「アレは……やはり、203高地の、ゴーレムの犠牲者なのか?」
「おそらくそうでしょう。身なりとかを見ますと犠牲者は古いものは1000年以上前、ファドリシア建国時代に遡る者もいるようです」

「一体、どれくらいの……犠牲者がいるんだ?」
「正確な人数は分かりません。なにせ、足を踏み入れて30分経過でゴーレムが起動、対象を飽和攻撃というエゲツないやり方で生存者を出さなかったのですから、把握のしようがありません」
「ファドリシア側の犠牲者にレィネラ側の犠牲者……」

1000年……1年に10人が犠牲になれば一万人。そんな数じゃない。二万? 三万?

「なんで今頃現れたと思う?」

 挙手とともにノボリトが立ち上がる。

「わ、私の考えとしては、ゴーレム起動用の魔力の供給が絶たれたせいではないかと思います。犠牲者を覆っていたマテリアルから魔力が失われ、それまで魔力、もしくはゴーレムによって押さえ込まれていたのが一気に解放されたせいかと」
「そうね。ゴーレム掃討中は誰も亡霊を見ていない。時系列で考えてもアレの出現は203高地の魔力が途切れてからと見るべきよね」

「203高地を覆っていた魔力が封印の役割をしていたという訳か、でもさ、なんで1000年も封じ込める事が出来たんだ? なぜ悪霊化しなかった?」
「……」
「その、あの土地は呪われたとか言われる割に、こう、なんというか邪気みたいなものを一切感じなかったんですよ」

 サイガが獣人ならではの直観的な感想を口にすると、その手のカンの鋭いメイド達もうんうんとうなずく。ただ、問いに対する明確な答えは誰も持ち合わせていない。おそらく俺が答えに一番近いところにいる気がする。

「最後に。あの亡者の群れはほっといていいものなのか?」
「!!」

 皆が黙り込む。あんまり楽観的なビジョンが見えてこないのだろう。俺もそうだ。今、203高地には無数の亡者が今は、あの地の呪縛に囚われている。俺の言葉で言えば成仏してないのだ。

「いずれにせよ、放っておけば悪霊化します。それは彼らの意思ではなく、流れ着いた悪霊がいればその悪意が爆発的に感染します。それらの憎悪はやがて生きる者に向けられます」
「アンデッドのパンデミックか、しかもあの数だ。ただでは済まないよな?」
「国家災害級です。国の一つ二つが一夜で滅ぶ。そんな神話が再現されます。その矛先は……」
「隣接するファドリシア、レィネラか」

 皆の顔がこわばる。そりゃそうだ。魔王どころの騒ぎではない。下手をすればファドリシアが、この世界が死者に呑み込まれる。

「有効な対策法あるか?」
「ソルティアならば神聖魔法で対抗出来るかも知れません。我々が使える手段となると……」
 それ以上の言葉をナカノは持たなかった。

「大丈夫です」

 力強い言葉に、皆の視線が集まる。その先には、ひよこの様子を見に行っていたエイブルの姿があった。

「……根拠は?」

 あまりに無責任だろう? 世界が滅ぶかもって状況での言葉の軽さに、流石に不快感を抑える事が出来ず、俺の声のトーンも、低くなる。

「それは勿論、義雄様ですから」
「へっ?」

 臆する事無く、笑顔で返すエイブルさん。シレッと言ってくれるよ。俺に対する絶対の信頼を、疑うこともなく、真っ正面からぶつけてきた。まるで俺が勇者みたいじゃないか。
 そんなやりとりを見させられたメイド隊からは固さが消え、苦笑いを浮かべる余裕すら戻っている。

「仕方がないな、なんとかするさ。みんな、手伝ってくれよな」
「ええ、いつもの事です」



とは言ったものの……

「どうすべえ……」

 宿舎として用意されたマドセン商会の一室。窓辺に立ち、夜更けの街並みをただまんじりともせずに眺めていると、扉がノックされた。

「義雄様、もうお休みですか?」
「いや、起きてるよ」
「あの……お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。どうぞ」

  辺りに気を遣うように静かに入ってくるエイブルさん。いや、その。ドキドキするのよ。わかっちゃいるけどさ。
 街を眺める俺の横に並ぶように立つエイブルさん。

「先程は煽るようなこと言って申し訳ございません」

 やっぱ、そっちですよね~ ドキドキしてすいません。

「ソルティア教なら神聖魔法があります。マドセン様を通じて……」
「それは、ダメだ。彼らをあんな目に合わせたのはおそらくソルティアだ。奴らの手を借りるのは本当に彼らを成仏させることになるとは思えない」

 何より、203高地に連中を近づけたくない。ひよこの事とか知られたくないことが多いしなあ。もっともソルティア教の人間があそこに近づくとも思えないけど。

「あの~、【成仏】ってなんですか?」

 聞きなれない言葉なのだろう、エイブルさんが首を傾げて質問してきた。そりゃそうだ。普通に言ってるけど成仏って向こうの世界の言葉だもんな。

「成仏てのは俺のいた世界の言葉で魂を慰めて、あるべきところの送る事だよ……んん?」

 そうか!! 俺は何を考えているんだ。なんだかこの世界の常識に囚われていたな。この世界を救うために俺は送られてきた。なら俺は、俺の思う事をやればいいんじゃないか? 一番したいことをすればいいんだ。

「エイブル。ありがとう! やることが決まった」
「え? いえ私は何も」
「明日から準備だ! みんなに頑張ってもらう。ファドリシア王にも手伝ってもらうぞ!」
「わかりました。そちらはお任せを」
「うん。よろしく頼む」
「あと……」
「ん?」

 ふりかえった俺の唇に重なる柔らかな感触。

「が、頑張ってくださいね! 義雄様」

 ええええええええええええっ!?

 そそくさと部屋を出るエイブルさんの猫耳がふるふると震えているのが見えた。

 こ、これはご褒美? ご褒美の前渡しですか!?
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