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第十話
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隣を歩く葉は、ただただまっすぐに前だけを見ている。言葉を探しながらも軽率に話しかけるのは悪い気がして、透は困ったなと瞬きを繰り返した。もうすぐアルバイト先に着いてしまう。その前に、少しでもこの空気を打破するような話がしたかった。
「葉ちゃん」
勇気を出して名前を呼ぶと、葉は思っていたよりも普通に「うん?」と透のことを振り返った。その顔を見ていたら、なんだか申し訳なくなってしまう。きっと透のせいであんな空気になったに違いないのだ。
「嫌なら断っていいからね。モデルの話」
「いや、やるよ」
「そう?なら嬉しいけど」
「透くんには悪いけどね。もうやる気満々」
「悪いって、頼んでるのは僕だよ」
「背中、ゴシゴシ洗ってケアしておくね」
いつものようにおどけた風にそう言った葉は、なんとも複雑な表情で笑った。悲しいのか、辛いのか、そのどちらもか。この顔にさせたのは絶対に透ではないことだけは明確にわかる。きっと、あの男の影響だろう。
「葉ちゃんって、晴くんのことがすごく大切なんだね」
大切で、とても好きなのだろう。葉は少し切なさを含んだ表情で頷いた。
「うん、晴は良い子だからね。優しくて、綺麗で、格好良くて、モルフォチョウみたい」
「そっか」
モルフォチョウがおそらく蝶々であること以外よくわからないけれど、きっと美しくて、もしかしたらちょっと太々しいのかもしれない。
「晴は本当に素敵な子だよ。だから、俺は晴を応援してるんだ」
「ふーん、そうなんだ」
応援とは一体なんだろう。何か応援されるようなことをしているのだろうか。透が考えていると、葉が透を見てふわりと笑った。
「もちろん透くんのことも、応援してる」
「僕のことも」
葉の思考回路は謎だけれど、透のことも好きだと言ってくれているのだろう。それが嬉しくて「ありがとう」と言うと、葉は「絶対に幸せになってくれよ」と言った。自然界を愛する男は、発言一つとっても随分とスケールが大きい。
それからアルバイトの時間になって忙しく仕事をこなす中でも、透は葉のことを気にかけるようにしていた。だからすぐに気がついたのだ。葉は十九時ごろから分かりやすくソワソワして、二十時には来客が来るたびに入り口を確認して、二十一時にはそっと肩を落とした。
「葉ちゃん、途中まで一緒に帰ろうか」
ロッカールームで着替え終わった透が誘うと、葉は分かりやすく気を落としながらもぎこちなく笑みを浮かべてこくりと頷いた。閉店時間の二十二時になっても晴が訪れなかったのは初めてだった。
外の空気は涼しく澄んでいる。こっそりと隣を見ると、葉は少し先の地面を見て歩いていた。そらから少しの沈黙の後で、ゆっくりと口を開いたのは葉だった。
「ねえ、透くん」
「うん、なに」
「やっぱり、モデルの話さ、俺から晴に頼んであげようか」
「なんで晴くん?」
「だって、透くんは晴のことが」
なんとなく嫌な予感がしたのと同時に、葉がパッと透のことを見上げた。
「え、そうだよね?あれ、透くんもそうだよね?」
「葉ちゃん、落ち着いて。どういうこと?」
「透くんは晴のことが好きなんでしょ」
「……僕が、晴くんを、好き」
ありえないほどおかしな冗談に、思わず吹き出しそうになった。でも、真剣に戸惑っている様子の葉を前にして、決して笑ってはいけないと表情を引き締める。一体どんな思考回路をしたらそうなるのだろう。
「晴くんのことは、葉ちゃんの大事なお友達としか思ってないよ」
「そ、そうなの?」
驚愕の表情の後に、絶望が滲む。そのことになんとなく傷つきながら、透は少しだけ葉に擦り寄った。
「僕の初恋は葉ちゃんだって、知ってるでしょ」
「それは、うん」
「僕は今だって、葉ちゃんが好きだよ」
「……えっ」
「でもあんまり構えないで良いんだ。葉ちゃんが一番幸せでいられたら、僕は嬉しいんだから」
透の顔を驚いたように見つめる葉の腕を取り、足を止めてから向かい合った。透自身、自分の気持ちはよくわからない。でも、葉が透を選んで幸せを感じてくれたらどれほど嬉しいか。葉の一番は、それほど魅力的だった。
「葉ちゃんはあんまり考えすぎないで、僕のことだけを見ていたらいいよ」
「……えっと」
戸惑う葉の腕を引いて、線の細いその体を抱きしめた。小さな頃はハグくらい自然としてた気がするけれど、こうして大人になってからすると無性にドキドキする。
「透くん」
耳元で囁くように呼ばれた名前に心臓を跳ねさせた。
「なに」
「その、なんか、ありがとう」
「いいえ。僕は葉ちゃんが一番好きだからね」
透がそう言うと、腕の中の体に力が入った気がした。その様子が可愛くて、透はさらに腕に力を入れてぎゅっと強く抱きしめてやるのだった。
「葉ちゃん」
勇気を出して名前を呼ぶと、葉は思っていたよりも普通に「うん?」と透のことを振り返った。その顔を見ていたら、なんだか申し訳なくなってしまう。きっと透のせいであんな空気になったに違いないのだ。
「嫌なら断っていいからね。モデルの話」
「いや、やるよ」
「そう?なら嬉しいけど」
「透くんには悪いけどね。もうやる気満々」
「悪いって、頼んでるのは僕だよ」
「背中、ゴシゴシ洗ってケアしておくね」
いつものようにおどけた風にそう言った葉は、なんとも複雑な表情で笑った。悲しいのか、辛いのか、そのどちらもか。この顔にさせたのは絶対に透ではないことだけは明確にわかる。きっと、あの男の影響だろう。
「葉ちゃんって、晴くんのことがすごく大切なんだね」
大切で、とても好きなのだろう。葉は少し切なさを含んだ表情で頷いた。
「うん、晴は良い子だからね。優しくて、綺麗で、格好良くて、モルフォチョウみたい」
「そっか」
モルフォチョウがおそらく蝶々であること以外よくわからないけれど、きっと美しくて、もしかしたらちょっと太々しいのかもしれない。
「晴は本当に素敵な子だよ。だから、俺は晴を応援してるんだ」
「ふーん、そうなんだ」
応援とは一体なんだろう。何か応援されるようなことをしているのだろうか。透が考えていると、葉が透を見てふわりと笑った。
「もちろん透くんのことも、応援してる」
「僕のことも」
葉の思考回路は謎だけれど、透のことも好きだと言ってくれているのだろう。それが嬉しくて「ありがとう」と言うと、葉は「絶対に幸せになってくれよ」と言った。自然界を愛する男は、発言一つとっても随分とスケールが大きい。
それからアルバイトの時間になって忙しく仕事をこなす中でも、透は葉のことを気にかけるようにしていた。だからすぐに気がついたのだ。葉は十九時ごろから分かりやすくソワソワして、二十時には来客が来るたびに入り口を確認して、二十一時にはそっと肩を落とした。
「葉ちゃん、途中まで一緒に帰ろうか」
ロッカールームで着替え終わった透が誘うと、葉は分かりやすく気を落としながらもぎこちなく笑みを浮かべてこくりと頷いた。閉店時間の二十二時になっても晴が訪れなかったのは初めてだった。
外の空気は涼しく澄んでいる。こっそりと隣を見ると、葉は少し先の地面を見て歩いていた。そらから少しの沈黙の後で、ゆっくりと口を開いたのは葉だった。
「ねえ、透くん」
「うん、なに」
「やっぱり、モデルの話さ、俺から晴に頼んであげようか」
「なんで晴くん?」
「だって、透くんは晴のことが」
なんとなく嫌な予感がしたのと同時に、葉がパッと透のことを見上げた。
「え、そうだよね?あれ、透くんもそうだよね?」
「葉ちゃん、落ち着いて。どういうこと?」
「透くんは晴のことが好きなんでしょ」
「……僕が、晴くんを、好き」
ありえないほどおかしな冗談に、思わず吹き出しそうになった。でも、真剣に戸惑っている様子の葉を前にして、決して笑ってはいけないと表情を引き締める。一体どんな思考回路をしたらそうなるのだろう。
「晴くんのことは、葉ちゃんの大事なお友達としか思ってないよ」
「そ、そうなの?」
驚愕の表情の後に、絶望が滲む。そのことになんとなく傷つきながら、透は少しだけ葉に擦り寄った。
「僕の初恋は葉ちゃんだって、知ってるでしょ」
「それは、うん」
「僕は今だって、葉ちゃんが好きだよ」
「……えっ」
「でもあんまり構えないで良いんだ。葉ちゃんが一番幸せでいられたら、僕は嬉しいんだから」
透の顔を驚いたように見つめる葉の腕を取り、足を止めてから向かい合った。透自身、自分の気持ちはよくわからない。でも、葉が透を選んで幸せを感じてくれたらどれほど嬉しいか。葉の一番は、それほど魅力的だった。
「葉ちゃんはあんまり考えすぎないで、僕のことだけを見ていたらいいよ」
「……えっと」
戸惑う葉の腕を引いて、線の細いその体を抱きしめた。小さな頃はハグくらい自然としてた気がするけれど、こうして大人になってからすると無性にドキドキする。
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「なに」
「その、なんか、ありがとう」
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