文字の大きさ
大
中
小
4 / 33
噂と絆
「なんてこった…どおりで先任のじいさんあんな憐れむような目で俺を…」
参ったと言うような声色を聞き、噂の根深さを改めて思い知る。
「本当なのか、その…王とじゃ飽き足りず…ってのは」
「皆まだそう思ってるのか?」
「ああ。そう聞いてるからな」
呆れてため息が漏れてしまう。
「執務中以外ほぼ王と居たのに…どうすればそんな噂が出るんだろうな。
王だって馬鹿じゃないんだから噂通りいつも男を咥え込んでいたならさすがに気付かれるだろう」
「そ…そうか…」
「心配しなくても色仕掛けでお前を誘ったりはしないし、あの事件までは王しか俺に触れていない。
お前たちが聞いているのは誰かが流した根も葉もない嘘だ」
「あ、ああ」
明らかにほっとした様子の塔守に触発され気が緩んだのか、今まで渇ききっていた感情が堰を切ったように溢れ出して口をついた。
「父上は…アルグ伯爵はどうした?ご無事なのか!?
妹は?グダイユ伯爵に嫁いだマルールは!?」
矢継ぎ早にまくしたてるランシェットに塔守は一瞬言葉を失ったが、思い出したようにぽつりと話し出した。
「アルグ伯爵は…三年前胸を患って領地に引きこもった。
王の計らいで爵位や領地は取り上げられなかったが、周りの貴族連中の風当たりは酷いもんだな」
「…っ」
根も葉もない嘘を並べ立てられ、心労が祟った末のことだろうと見てとれて、悔しさが増した。
「グダイユ伯爵夫人は…あれからすぐ離縁されて尼僧になられた。
今アデールの寺院にいるそうだな」
「な…っ…」
母を早くに亡くしており、父には他に側室もいない為、妹のマルールはランシェットにとってただ一人の妹だった。
太陽の光を思わせる金色の髪、薔薇色の頬と口唇が身内ながら可愛らしく、性格も穏やかで、どこへ出しても何の非の打ち所も無い娘だと知る者全てが口を揃えていた。
事件が起こる少し前に十五になり、幼いころから婚約していたグダイユ伯爵家へ嫁いだばかりだった。
その娘の幸せを、自分自身が奪ってしまったのかと大きな罪悪感を感じた。
今まで家族だけが無事であれと、それだけを心の支えに生きてきたのだ。
足元が深い闇に飲み込まれるような錯覚に襲われ、虚無がランシェットの心の全てを支配していった。
「何だ?今度はだんまりか。
自分勝手な奴だな…もう寝るぞ」
「ああ…すまなかった」
ランシェットは力なくその場に崩れ落ちるようにうずくまり、膝を抱えていつしか眠りに落ちていた。
「…おい。朝だぞ。…起きてるか?」
「ん…」
「飯だ」
嵌め込んでいた石が外される音と共に塔守の声。
いつもの水分の抜けた硬いパンを掴んだ手が伸びてくる。
昨日聞いた家族の話がまだ心に影を落としていて、食欲など消え失せてしまっていた。
「いらない…」
「あんだと?…お、いつもこんな贅沢なもん食ってるのか、さすが王の花」
「何が…」
王都から運ばれてくる食事は通常の囚人の食事と同じ堅焼きのパンと、野菜が少し見える程度のスープだ。
取り立てて豪華なものなど何もない。
「ほらよ、ソースだ」
「え?」
最後に置かれたのは、見覚えのあるガラスの小瓶。
中には濃い昏い赤のとろりとした液体。
忘れようもない、王と共に朝食を摂ったときに必ずテーブルに並べられていたものだった。
王が手ずから、二人が出会った庭園で育て、ランシェットの為に用意させていたもの。
「クランベリーソース…なのか?
…何故急に?今まで一度も…」
震える指で瓶を手に取り、小さなその蓋を開けた。
息を吸い込むと、クランベリーの懐かしい、爽やかな酸味が鼻腔をくすぐった。
「大方前の塔守のじいさんが自分で食って入れ物だけ返してたんだろうさ。
良くあるこった」
「…もう王は私の事など…忘れてしまっているとずっと思っていた。
王を…恨んでしまっていた…!」
嗚咽が込み上げてきて、ランシェットはしばらくの間、我を忘れて子供のように泣きじゃくっていた。
これは本来、会えない王とランシェットの心を繋ぐものであるはずだった。
参ったと言うような声色を聞き、噂の根深さを改めて思い知る。
「本当なのか、その…王とじゃ飽き足りず…ってのは」
「皆まだそう思ってるのか?」
「ああ。そう聞いてるからな」
呆れてため息が漏れてしまう。
「執務中以外ほぼ王と居たのに…どうすればそんな噂が出るんだろうな。
王だって馬鹿じゃないんだから噂通りいつも男を咥え込んでいたならさすがに気付かれるだろう」
「そ…そうか…」
「心配しなくても色仕掛けでお前を誘ったりはしないし、あの事件までは王しか俺に触れていない。
お前たちが聞いているのは誰かが流した根も葉もない嘘だ」
「あ、ああ」
明らかにほっとした様子の塔守に触発され気が緩んだのか、今まで渇ききっていた感情が堰を切ったように溢れ出して口をついた。
「父上は…アルグ伯爵はどうした?ご無事なのか!?
妹は?グダイユ伯爵に嫁いだマルールは!?」
矢継ぎ早にまくしたてるランシェットに塔守は一瞬言葉を失ったが、思い出したようにぽつりと話し出した。
「アルグ伯爵は…三年前胸を患って領地に引きこもった。
王の計らいで爵位や領地は取り上げられなかったが、周りの貴族連中の風当たりは酷いもんだな」
「…っ」
根も葉もない嘘を並べ立てられ、心労が祟った末のことだろうと見てとれて、悔しさが増した。
「グダイユ伯爵夫人は…あれからすぐ離縁されて尼僧になられた。
今アデールの寺院にいるそうだな」
「な…っ…」
母を早くに亡くしており、父には他に側室もいない為、妹のマルールはランシェットにとってただ一人の妹だった。
太陽の光を思わせる金色の髪、薔薇色の頬と口唇が身内ながら可愛らしく、性格も穏やかで、どこへ出しても何の非の打ち所も無い娘だと知る者全てが口を揃えていた。
事件が起こる少し前に十五になり、幼いころから婚約していたグダイユ伯爵家へ嫁いだばかりだった。
その娘の幸せを、自分自身が奪ってしまったのかと大きな罪悪感を感じた。
今まで家族だけが無事であれと、それだけを心の支えに生きてきたのだ。
足元が深い闇に飲み込まれるような錯覚に襲われ、虚無がランシェットの心の全てを支配していった。
「何だ?今度はだんまりか。
自分勝手な奴だな…もう寝るぞ」
「ああ…すまなかった」
ランシェットは力なくその場に崩れ落ちるようにうずくまり、膝を抱えていつしか眠りに落ちていた。
「…おい。朝だぞ。…起きてるか?」
「ん…」
「飯だ」
嵌め込んでいた石が外される音と共に塔守の声。
いつもの水分の抜けた硬いパンを掴んだ手が伸びてくる。
昨日聞いた家族の話がまだ心に影を落としていて、食欲など消え失せてしまっていた。
「いらない…」
「あんだと?…お、いつもこんな贅沢なもん食ってるのか、さすが王の花」
「何が…」
王都から運ばれてくる食事は通常の囚人の食事と同じ堅焼きのパンと、野菜が少し見える程度のスープだ。
取り立てて豪華なものなど何もない。
「ほらよ、ソースだ」
「え?」
最後に置かれたのは、見覚えのあるガラスの小瓶。
中には濃い昏い赤のとろりとした液体。
忘れようもない、王と共に朝食を摂ったときに必ずテーブルに並べられていたものだった。
王が手ずから、二人が出会った庭園で育て、ランシェットの為に用意させていたもの。
「クランベリーソース…なのか?
…何故急に?今まで一度も…」
震える指で瓶を手に取り、小さなその蓋を開けた。
息を吸い込むと、クランベリーの懐かしい、爽やかな酸味が鼻腔をくすぐった。
「大方前の塔守のじいさんが自分で食って入れ物だけ返してたんだろうさ。
良くあるこった」
「…もう王は私の事など…忘れてしまっているとずっと思っていた。
王を…恨んでしまっていた…!」
嗚咽が込み上げてきて、ランシェットはしばらくの間、我を忘れて子供のように泣きじゃくっていた。
これは本来、会えない王とランシェットの心を繋ぐものであるはずだった。
感想 1
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
首輪の契約
はちもく地下の尋問室に、時間はない。
窓のない灰色の部屋で、敵国の工作員が一人拘束されていた。
名も経歴も偽り。
ただ腕がいい、それだけは確かな男。
尋問に対し、彼は白状ではなく提案を持ち出す。
「白状はしない。だが、契約ならする」
敵国のスパイと、帝国の長官。
交渉は奇妙な形で成立する。
「名前は」
「リュシアン」
その日、移り気な猟犬と飼い主の関係が始まった。
やがて、契約は裏切りへ。
裏切りは、追跡へ。
追跡は――執着へと変わっていく。
登場人物
フェリクス・ハルトマン
帝国軍情報部の長官。
感情を見せない軍人。静かな視線で相手を見定める。
リュシアン・モロー
敵国の諜報員。
捕虜の立場でありながら、白状ではなく契約を持ち出す男。
軽口と皮肉を武器にする。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
狂犬Ωは優等生αの檻に囚われる
雪兎「近寄るな。噛みつくぞ」
“狂犬”と呼ばれ、誰も寄せ付けない不良の高校生・黒崎蓮。
喧嘩最強、教師ですら手を焼く問題児――だが、その正体は誰にも知られていない未分化の第二性だった。
ある日、突然訪れた人生初のヒート。
混乱し、逃げ場を失った蓮を助けたのは、学年首席で生徒会副会長の優等生α・白石蒼真だった。
誰にでも優しく、教師や生徒からの信頼も厚い蒼真。
当然、蓮も最初は気に食わなかった。
だが――。
「お前、他のαにそんな顔見せるなよ」
二人きりになると蒼真は別人だった。
独占欲を隠しきれない視線。
優しい言葉の裏に滲む執着。
そして誰にも知られないよう、蓮を守るために張り巡らされた甘い包囲網。
逃げたいのに逃げられない。
嫌いなはずなのに、彼のそばだけが安心できる。
初めてのヒートをきっかけに始まる、
狂犬Ωと腹黒優等生αの秘密のオメガバースラブストーリー。