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心の還る場所
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「…これはマッサージだと…」
「マッサージでも拒否くらい出来るでしょ!?王に会う前にこんな事でどうするの!」
返す言葉もない。
王と居た宮廷では王は湯浴みも何もかも従者に任せておりそれが普通だと思っていた。
共にいた期間、それを見ていたので従者にはされるがままで断る必要は無いと。
「まさか、元塔守のジジイには何もされてないだろうね!?」
「それはありません。塔に入れられてから食料と手しか見ていませんから」
元の塔守は十年前、最初見た時ですら腰が曲がっており、支給された槍を杖のようにして歩いていた。
ランシェットの食事をくすねるくらいが関の山で、そのような元気すらなさそうだった。
「申し訳ございません、ランシェット様。
あまりに外の世界から離れて久しいご様子なので、少し気になりまして。
勿論、マッサージは偽りの無いもので御座います」
「アムリ殿…」
確かに、これがもっとやましい心を持ってランシェットに近づいた者だったらと思うと、背筋が凍る思いがした。
ふと、王宮で男たちに辱められた夜の事が脳裏に甦った。
「っ…」
ここしばらくは慌ただしい日々で思い出すこともほぼ無くなっていた忌まわしい記憶。
意に反して震え始めた体を自身の腕で抱えこみ、必死に荒い息を隠そうとする。
「…え?どうしちゃったの!?…アムリ、お前何やってくれてんの」
「私の責任です。ランシェット様、申し訳ございません。…この香をどうぞ。鎮静作用が御座いますので」
怒気を孕んだイーラの声が、刃のようにその場の空気を一閃した。
アムリの言葉から程なく、幾つかの花や植物、香油等を調合したような複雑な香りが鼻腔を擽った。
嗅いだことの無い、それでいて不思議と懐かしさを覚える香り。
目を閉じているため、香りの中に含まれるもので何か知っているものはないかと無意識に気を逸らせた瞬間、瞼の裏に庭園で佇む王の姿を見つけ、ランシェットは安堵し眠りに落ちていた。
「まだグリゴールは戻らないのか」
「王都での暴動によってあちらへ続く街道が封鎖されているようです」
磨き上げられた白い石造りの王城の広間に、ランシェットとグリゴールの到着を今か今かと誰よりも待ち侘びている男の姿があった。
十年の歳月が過ぎ、ますます威厳を湛える風貌となったヴォルデ国王、フォルストである。
しかし、彼には寵臣に苛立ちを隠しきれないほどの憂いがこの十年増え続けていた。
アリオラ王妃の輿入れから、ランシェットとの別離、他国との勢力争いや宮中の権力争い、民の心の掌握の難しさを嫌という程思い知った。
玉座など手放してもいいと思える程に。
ただ民の平和を願い意に染まないアリオラとの政略結婚を承諾し、心から愛しているランシェットを塔に幽閉までした。
それなのに、この現状である。
ランシェットも自分自身も、籠の中の鳥に等しい。
嫁いできたアリオラもまたそうだろうが、彼女がランシェットにした事を考えると二度と抱く気にもなれず、側室として新たに迎えたリリアが産んだのが第二王子である。
幸いリリアは賢妻であり、息子もまた聡明であった。
誰が見ても皇太子に相応しいのは第二王子であった為、ほぼ全ての重臣が後ろ盾につくことになったが、アリオラや一部の貴族は第一王子こそ正当な王位継承権の持ち主だと態度を硬化した。
それが今回の事態を悪化させた要因であり、ランシェットを塔から救い出す切欠でもあった。
「…私の事を恨んでいるだろうな」
窓からかつて出会った庭園を見遣りながら独りごちる。
恨まれていたとしても、ランシェットに会いたい。
もし自分が王でなくなったら、ランシェットは自分を選んで身一つで着いてきてくれるだろうか。
そんな考えが脳裏に過ぎるほど、フォルストの心は疲れ切っていた。
「マッサージでも拒否くらい出来るでしょ!?王に会う前にこんな事でどうするの!」
返す言葉もない。
王と居た宮廷では王は湯浴みも何もかも従者に任せておりそれが普通だと思っていた。
共にいた期間、それを見ていたので従者にはされるがままで断る必要は無いと。
「まさか、元塔守のジジイには何もされてないだろうね!?」
「それはありません。塔に入れられてから食料と手しか見ていませんから」
元の塔守は十年前、最初見た時ですら腰が曲がっており、支給された槍を杖のようにして歩いていた。
ランシェットの食事をくすねるくらいが関の山で、そのような元気すらなさそうだった。
「申し訳ございません、ランシェット様。
あまりに外の世界から離れて久しいご様子なので、少し気になりまして。
勿論、マッサージは偽りの無いもので御座います」
「アムリ殿…」
確かに、これがもっとやましい心を持ってランシェットに近づいた者だったらと思うと、背筋が凍る思いがした。
ふと、王宮で男たちに辱められた夜の事が脳裏に甦った。
「っ…」
ここしばらくは慌ただしい日々で思い出すこともほぼ無くなっていた忌まわしい記憶。
意に反して震え始めた体を自身の腕で抱えこみ、必死に荒い息を隠そうとする。
「…え?どうしちゃったの!?…アムリ、お前何やってくれてんの」
「私の責任です。ランシェット様、申し訳ございません。…この香をどうぞ。鎮静作用が御座いますので」
怒気を孕んだイーラの声が、刃のようにその場の空気を一閃した。
アムリの言葉から程なく、幾つかの花や植物、香油等を調合したような複雑な香りが鼻腔を擽った。
嗅いだことの無い、それでいて不思議と懐かしさを覚える香り。
目を閉じているため、香りの中に含まれるもので何か知っているものはないかと無意識に気を逸らせた瞬間、瞼の裏に庭園で佇む王の姿を見つけ、ランシェットは安堵し眠りに落ちていた。
「まだグリゴールは戻らないのか」
「王都での暴動によってあちらへ続く街道が封鎖されているようです」
磨き上げられた白い石造りの王城の広間に、ランシェットとグリゴールの到着を今か今かと誰よりも待ち侘びている男の姿があった。
十年の歳月が過ぎ、ますます威厳を湛える風貌となったヴォルデ国王、フォルストである。
しかし、彼には寵臣に苛立ちを隠しきれないほどの憂いがこの十年増え続けていた。
アリオラ王妃の輿入れから、ランシェットとの別離、他国との勢力争いや宮中の権力争い、民の心の掌握の難しさを嫌という程思い知った。
玉座など手放してもいいと思える程に。
ただ民の平和を願い意に染まないアリオラとの政略結婚を承諾し、心から愛しているランシェットを塔に幽閉までした。
それなのに、この現状である。
ランシェットも自分自身も、籠の中の鳥に等しい。
嫁いできたアリオラもまたそうだろうが、彼女がランシェットにした事を考えると二度と抱く気にもなれず、側室として新たに迎えたリリアが産んだのが第二王子である。
幸いリリアは賢妻であり、息子もまた聡明であった。
誰が見ても皇太子に相応しいのは第二王子であった為、ほぼ全ての重臣が後ろ盾につくことになったが、アリオラや一部の貴族は第一王子こそ正当な王位継承権の持ち主だと態度を硬化した。
それが今回の事態を悪化させた要因であり、ランシェットを塔から救い出す切欠でもあった。
「…私の事を恨んでいるだろうな」
窓からかつて出会った庭園を見遣りながら独りごちる。
恨まれていたとしても、ランシェットに会いたい。
もし自分が王でなくなったら、ランシェットは自分を選んで身一つで着いてきてくれるだろうか。
そんな考えが脳裏に過ぎるほど、フォルストの心は疲れ切っていた。
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