【BL】王の花

春月 黒猫

文字の大きさ
25 / 33

誓い

しおりを挟む
「ランシェット、起きてるか」

「…グリゴール?…構わない、入って」


翌朝、控えめなノックに続いてグリゴールが声をかけてきた。

昨日はアムリのマッサージと香のお陰かすっかり深く眠り、久しぶりに爽快な目覚めとなった。
アムリが朝食の準備の為、部屋から出ていったのを見計らっていたようだ。

「昨日はついてやれなくて済まない。
    …イーラがあの剣幕だったからあの後部屋から出して貰えなくてな」

「いや、大丈夫だ。気にしてないよ」


どちらが護衛だか分からない。
そう思いランシェットが苦笑したのを見て、グリゴールの様子がにわかにぎこちなくなる。


「あ、その…昨夜は起きずに朝まで眠れたか?」

「ああ、朝までゆっくり寝れたよ」

「そ、そうか!なら良かった!」


グリゴールは意外と色事には慣れていないのかもしれない。
イーラは部屋決めの前から皆の前でグリゴールを誘っていたし、昨夜は勿論そうしたのだろう。

ランシェットと王との夜伽の際は、隣の部屋で侍従が待機しているのが常だったので、特にランシェットは気にしないつもりでいたが、
これも騎士であるグリゴールからしたら有り得ない事なのかもしれないとやっとその時思い当たった。


「グリゴール、そういう事は気にしないで愉しんでくれたらいい。
    王との夜伽は常に誰か外にいるのが普通だったし、イーラ殿下もそうだろうから」


昨日乱入してきたのは昼間からそういう関係でもないアムリに、王という存在がありながら体を委ねきっていたのが見過ごせなかったに違いない。


「…本当に…そういう所は王族と俺は馴染めない…」


グリゴールは耳まで赤くしながら顔を手で覆って大きな溜息をついた。



「お話中失礼致します。この中でそれを気にしておられるのはグリゴール様だけかと」


片腕で食事の載ったトレーを二つ器用に支えながら、アムリが帰ってきた。

やはりどこの国でも夜伽中に命を狙われる可能性を考え、行為中でも常に声や音を聞かれているようだ。


「っ…!」

「これで暫くイーラ様のご機嫌が良くなられるでしょうし、夜だけと言わずいつでもお励み下さいませ」


心からの笑顔のアムリと、見たことが無いほど真っ赤になってしまったグリゴール。

その様子を見ながら、まるで初めて王に夜伽を命じられた日の自分のようだなどとランシェットが思っているなど、グリゴールは思いもしないだろう。


「何だよその生暖かい視線は!
    俺はそういう事は…ああ、もう良い!」


こいつらに説明しても無駄だと言わんばかりに手を振ってグリゴールは強制的に話を終わらせようとした。


「ふぅん、そうなんだ。
    気に留めておくね、グリゴール」


いつの間にかアムリに続いてイーラもこっちの部屋にやって来ていた。


「おはようございます、イーラ様。
    昨夜はお悦びの様で大変ようございましたね。
    ちょうど朝食を運んできたところですので、こちらで頂きながら王都へ入る計画を相談致しましょう」

「うん、解った」


やはり何でもない様子で、イーラも上機嫌で部屋の椅子へと腰掛ける。
椅子の横に備え付けられたテーブルへ、アムリは持ってきたトレーから一人分の朝食を手際よく並べた。

胡桃パンと葡萄などの新鮮な果物と、あっさりとしたスープ。
皆で分けるための水入れからグラスに水が注がれ、四人は朝食を摂り始める。


「…暴徒化した民の中には、外部からの鎮圧を警戒して敏感になっている者も居るだろう。
    王も迎えのために王都の入口まで迎えを寄越すと言っていたが、この様子では阻まれているだろうな」

「うん。姉上の方にも側近を置いてたんだけど、合流地点に中々現れなくて怒ったらそう言ってたよ」


イーラたちはこれまでの間に配下とこっそりと連絡を取っていたらしい。

自分の国では無いのに王よりも自由に行き来出来ている状況をグリゴールは苦々しく思ったが、今は彼らを頼る方が良いだろう。

正攻法で突破するやり方では、民衆に怪我をさせてしまいかねない。


「…その側近は命を預けられる程信用出来るか?イーラ」

「まあアムリと同じくらいには、ね」


イーラにとってはそうであっても、ランシェットにどう出るかは確証は持てない。


「…俺とランシェットを一緒に王宮内まで手引きするように命じてくれ」


グリゴールは、片膝を折って心臓に自身の手のひらを押し当て、イーラの前にかしづいた。

それは騎士が命を懸けて主君に仕える時や命を懸けた願いをする時にしかしない、心臓を捧げるという意味を持つ誓いだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...