泡沫には消えないもの。永遠には残らないもの。

唯純 楽

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番外編

番外編:海鷲の贈り物 7※

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「純愛って、何ですの?」

 色んな情報を一度に詰め込まれ、しばし飽和状態にあったグレースが我に返ったのは、アランと腕を組んで広間へ足を踏み入れようとしたときだった。

「グレース皇女? 今、何と……?」

 今夜のアランは紳士であることを自分に課しているのか、それともエスコートをするときには自然と紳士になるのか、物言いも声も、眼差しまでもが優しく柔らかい。

 小脇に海鷲やグレースを抱えていた今までのアランとは別人ではないのかと疑おうにも、つい、うっとり見惚れてしまい、グレースはハッとした。

「あ、あの……ドレスを贈ってくださったと聞きました。ありがとうございます」

「あ、ああ。うん、想像通り、よく似合っている」

「……あの、その……ありがとうございます。これまでも、ドレスを贈ってくださっていたとか。でも、私は一度も着ていなくて……」

 アランは大きく目を見開き、次いで一瞬視線をさまよわせたものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「皇帝陛下のお許しがなければ、着てもらうことはできないとわかっていて贈っていたから、気にしなくていい」

「いつからですの?」

「えっ」

「どれくらいの間、贈ってくださっていたのかと……」

「大したことではない」

 穏やかな笑みがやや引きつっているようだ。

「四、五回くらいでしょうか?」

 侍女たちの『ようやく』という口ぶりから、二、三回ではないだろうと予想する。

「何か飲んではどうだろう? 果実酒なら、それほど強くもないし……」
  
 アランは、あからさまに話題を変え、給仕から受け取った桃色の杯をグレースに差し出す。
 これまでは、果汁で薄めた葡萄酒しか飲んだことがなかったが、甘さと爽やかさが同居した味わいに、なかなか美味しいものだと思う。

「十回でしょうか?」

「何か食べたくはないかな? あちらに、美味しそうな料理が並んでいる」

 再び話題を変えたアランに導かれて、豪華な料理の並ぶテーブルまでやって来たグレースは、促されるままにいくつかの料理を平らげた。
 特に、魚料理には興味があり、味と共に調理方法を推測しながら、海魚の方が好みの味だということを発見した。

「で、二十回くらいでしょうか?」

「ああ、この曲なら踊れそうだ。一曲、お相手願えるだろうか」

 まったく答えるつもりのない様子のアランを訝しく思いながら、正面から向き合ったところで、グレースはハッとした。

 踊るということは、つまり……。

 ぐいっと腰を引き寄せられ、思わず左の手を逞しい腕にかけると、右の手は絡め取られるままに掲げられる。大きくて温かい手が背中に添えられると、もう逃げられない。

 男性と踊るのは初めてではないのに、足は右左どちらを先に出すべきだったか考えずにはいられない。
 じわじわと滲む汗が、繋いだ手にまで及びそうで、緊張のあまり上手く息ができなくなる。

「そこまで意識されると思わず押し倒したくなる……」

 ぼそっとアランが何かを呟いたが、自分の心臓の音がうるさすぎて聞こえなかった。

「え? 何か?」

 問い返した声までが震えていて、恥ずかしさに身悶えしたくなる。

「落ち着いて。私も、そんなに難しいステップはできないし、大勢の人間がいるんだ。何となく踊っているように見えればいいんだ」

「で、でもっ……」

 皇女たるもの、みっともない姿を見せてはいけないと主張しようとしたグレースは、ハッとする。
 アランの前では、むしろみっともない姿しか見せていない。

「顔を上げて、私を見ていればいい。躓いて足を踏んでもかまわない。何か失敗しても、私に見惚れていたせいだと思われるだけだ」

 言われるままに顔を上げたグレースは、逆光で黒くさえ見える焦茶色の瞳を見つめる。

「そう、それでいい……」

 耳元で、低く艶やかな声で囁かれると、腰の辺りに甘やかな痺れが走った。

「んっ」

 ビクリと身体を震わせると、アランが息を呑む気配がした。

「グレース……?」

 再び囁かれると膝から力が抜けそうになる。

「あっ……」

 ドクドクと心臓が跳ね回り、身体中が熱くて仕方がない。
 深く息をすることができずに、喘ぐように浅い呼吸を繰り返し、支えを求めて目の前にあるアランの逞しい胸に寄りかかる。

「ちょっと待ってくれ……積極的なのは嬉しいが、ここではまずい……」 
 
 グラグラと視界が揺らぎ、目を伏せると、爽やかな匂いに包まれてほっとする。

「なんだか……揺れてます」

「……酔ったのか?」

「……薄めていないお酒……美味しかったです」
 
「一体、何の呪いだこれは……」

 呻くようにして呟くアランがおかしくて、グレースは思わず笑ってしまった。

「うふふ……呪いですって。アラン様、そんなものがあると信じていますの?」

「ああ」

「まぁ! 海賊なのに、怖がりなのですね?」

「海賊ではないが……まぁ、似たようなものではあるけれどな……」

「財宝、ざっくざくですわね」

「ざっくざく、は滅多にないな」

「まぁ、シケてますわね」

「そうでもない。もうすぐ、この世に一つしかない宝物が手に入る」

「もうすぐ? 今すぐではなくて?」

 グレースは、柔らかなものの上に降ろされて、いつの間にかきらびやかな広間ではなく、静かで薄暗い部屋にいることに気付いた。

 何となく、見覚えのある様子と匂いで、自分の部屋だと認識し、そうであれば遠慮はいらないと足をぶらぶらさせて、窮屈な靴を放り出す。

 どうやってここまで来たのか記憶にないが、まっすぐ歩ける気がしないから、アランが担ぐか背負うかしてくれたのだろう。

「いくら海賊でも、人並みの忍耐力はあるつもりだ。ちゃんと待てる……ああ、待てるとも……くそっ」

 アランは溜息を吐きながら、グレースが四苦八苦していたドレスの留め具を外し、息苦しいコルセットを緩めていく。

「ああ……苦しかった」

 息苦しさから解放されて大きく息を吐き、礼を言おうと顔を上げると、やけに真剣な顔をしたアランがいた。

「……これは……待てなくても仕方ないだろう?」

 ぐしゃぐしゃと黒髪をかき回し、じとっとした目でグレースを睨む。

「ええ。私も、待つのは……嫌いです。ひと月も……寂しかった……」

 するりと思ったままの言葉が口をついて出た。

「……グレース」

「寂しかったのに、あんな……あんな意地悪をしなくったって、いいでしょうっ!?」

 一度口に出してしまえば、素直になるのはそれほど難しくない。
 池に落ちたときのことを思い出し、悔しくて涙を滲ませ、目の前の広い胸を叩く。

 もちろん、拳で叩く。

「ああ……悪かった。つい……」

「つい、何ですの?」

「悔しがって泣く顔が見たくなってしまう」

「なっ」

 何を言っているのだと抗議しようとした口を塞がれた。

「んんっ」
 
 熱くて柔らかいものが唇に触れたかと思うと、そのまま押し倒される。
 心地よい重みを受け止めた胸が押しつぶされて、固くなっている一点があることに気付かされる。

「んっ」

 息が出来ないと喘ぐように口を開けば、空気の代わりに弾力のあるものがぬるりと侵入してきた。

「んーっ!」

 驚き、暴れようとしたが、軽く手首を掴まれて、何もできなくなる。

「んぐっ」

 舌を絡め取るようにして吸い上げられ、歯列や口蓋を舌先でなぞられるとくすぐったさと痺れるような快感が走る。
 唇を合わせるのが口づけのすべてだと思っていたグレースには、未知の体験すぎて、どう反応すれば正しいのかわからない。
 ただ、与えられる快感に溺れ、アランと重なるすべての場所が熱くて溶けてしまいそうだと感じる。

 口づけの責め苦に耐えていると、不意にアランが身を起こした。

「……三年も待ったんだ。先に少しくらい、分け前を強請ってもいいだろう?」

 三年って、何のことだろうとぼんやり思ったグレースは、不意に胸の中心にある蕾を軽く摘まみ上げられて、仰け反った。

「あぁ――っ!」

 気が付けば、いつの間にかコルセットはどこかへ消え、腹部まで露わになっている。

「い、やっ! やぁっ」

 慌てて胸を隠そうとしたが、アランは腕を掴むと屈みこんで刺激に震えてより固くなった蕾を口に含んだ。

「ひっ! あっ! ああんっ」

 舌先で転がされ、じゅっと吸い上げられるのを交互に繰り返されると、甲高い叫びを上げてしまう。
 ひと通り教わった閨事の作法では、あまり声を上げては、はしたないと思われると言われた記憶があるが、こんなことをされて声を上げずにいられる人がいるのだろうか。

 大きな手の平にすっぽり収まってしまう乳房の柔らかさを思い出させるように、ゆっくりと優しく触れられ、指先で敏感な尖端を押し潰されると、身体が勝手に跳ね上がる。

 媚薬を使った経験はないけれど、おかしくなりそうなくらい気持ちいいのは、アランが媚薬のようなものだからだろうか。

「グレース……」

 温かい手が、足首に触れ、膝を立てるように促される。

 そのまま、ふくらはぎから太股を伝い、腹部まで来ると緩めたドロワーズの中へと侵入する。

「んっ」
 
 アランの指が触れ、そこがぬめりを帯びていることに気付き、驚いて身を起こそうとしたが、伸し掛かるようにして口づけられ、身動きできなくなる。

「んっ……んっ……」

 ぐちゃぐちゃと水音を立てて秘裂の浅い場所を行き来する指に、これまでよりも一段と強い快感が呼び覚まされていく。

「んっ……ああっ」

 悲鳴を封じていた唇は、時折胸へ、鎖骨へ耳へと移動し、もはやどこから快感を得ているのかわからなくなる。
 いつの間にか、狭い秘裂には三本もの指が埋められ、グレースを追い詰めていく。

「ああっ……んぅっ」

 抜き差しされる指が、ある場所を掠めると、爪先まで痺れるような快感が走る。

 その様子を見て取ったアランは、「ああ、ここか」と呟いたかと思うと、その場所を激しく擦り上げた。

「ひっ! ああああっ!」

 あっという間に超えたことのない高みへ放り出される。
 グレースの身体は、一度ぎゅっと引き絞られるように硬直した後、弾けるように解放された。

「あっ……はぁ……はぁっ……」

 荒い呼吸を繰り返し、ぐったりと横たわっていると、アランがいつの間にか涙で濡れていた目元や額に優しく口づける。 

疲れ切り、今にも瞼が落ちそうだったが、聞こえてくる心底悔しそうなアランの様子がおかしくて、グレースはふっと笑った。

「ああ、何だって言うんだ! 一体、何なんだ! 俺は、どうして、果実酒なんか飲ませたんだ。馬鹿じゃないのか……酔ってさえいなければ……」

「酔ってさえいなければ……何をしたかったの……?」

 アランは、黙れと言うように口づけてくる。
 優しく、労わるような口づけをうっとり味わっているうちに、眠気に襲われる。

 アランがいると、あまりに色んなことが起きる。
 有頂天からどん底まで、身も心も翻弄されて、何もかもが目まぐるしく変化し、退屈な日々が懐かしくさえ思えてくる。
 それでも、決して平穏な日々は約束されていないとわかっていても、差し出される手を取らずにはいられない。
 確かめたいこと、訊きたいことがあるけれど、とても目を開けていられない。
 急速に沈んでいく意識を手放す寸前、アランの呟きが聞こえた気がした。  

「何をしたかったかだって? あらゆることに決まってる……」
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